〇目次
0:00~ 概要
1:11~ 鎌倉幕府二代目将軍
1:55~ 北条氏と比企氏
3:10~ 十三人の合議制
3:56~ 幕府の構造の変化
4:26~ 北条氏と源実朝
5:08~ 梶原景時の変
6:48~ 比企能員の変
8:08~ 修禅寺幽閉
8:45~ おわりに
今回は社会の日本史、鎌倉時代編でしたが
大学受験レベルの日本史を視覚支援を使って
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再生リスト/日本史
#日本史 #教育 #授業
36 Comments
絵が間違いなく頼家ならいい男ぶりだね武者の血を引き勇気はあったね。政治家としては義経並みの無能男だが。
戦国者なので、詳しくは、ないのですが血族で骨肉相食む争いが、あったことは、なんとなく知っています。
創作でしょうが、修善寺物語の救いのなさも、血族の深刻な争いの一辺を記していると思います。
信じるか、どうかは、おまかせしますが、息子は、平家の落ち人の血を引いています。
八幡宮に、連れて行くと、必ず気分が悪くなります。
政子は子供よりも実家を優先させたんだな。
ドロッドロの人間関係面白い。
しかもあの鎌倉のような狭い土地で…
そして誰もいなくなった感((゚□゚;))
政子の心情を思うと何ともやりきれない。
比企一族、比企理恵さんがいますね。
実母より乳母が大事なのは珍しい時代じゃないしね。
新大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」でここら辺がどのように描かれるのかとても楽しみですね!
肖像画から2代目ボンボン感すげー
受験生です。息抜きがてら日本史の復習も兼ねて動画見させて頂いています。
高校の日本史では出てこない細かいストーリーや人間関係が面白くて、却って単純な暗記よりも記憶に残りやすいです。
受験が終わっても、更新していただければ、江戸時代や近代史など見てみたいです!
資料は信じ過ぎてはいけませんよね。参考になりました。
二代目鎌倉殿の頼家って肖像画見る限りではこの時代の人物としてはかなりのイケメンって印象です。
時政は実朝も暗殺しようとしてるから怖いw
まだ朱子学の影響受ける前だから、忠義という考えがないですね。邪魔な主君は殺す。
埼玉に比企郡✨比企氏のゆかりの地妙本寺が鎌倉にあります😃
ちょうど比企能員の変について知りたかったのでわかり易かったです。
流人として20年を過ごした頼朝は直属の部下がほとんどいない。ゆえに自分の後ろ盾とするために有力豪族の娘と結婚しようとした。政子と知り合う以前に伊東氏の娘といい仲になったこともある。挙兵してからも頼朝は有力豪族の神輿であり豪族が神輿を放り出したら一歩も進むことはできないという自分の立場をよく分かっていた。だから御家人に公平にふるまうことにものすごく気を使った。ここが自ら戦うことで自分に絶対の忠誠を尽くす部下を育てた父の義朝や義経とは決定的に違う部分。政子が頼家を養育したいとの希望を持っていたにもかかわらず頼家を比企氏に預けたのも北条氏一辺倒とみられることを気にしたからだろう。ただ頼家は一見独裁者としてふるまいながら道理と現実の調整、公平の演出に身をすり減らし続けた頼朝の苦労をもう少し理解するべきだった。頼家の没落は確固たる忠誠をささげてくれる側近が乏しい中一つの豪族を偏重することの危険性をよく示している。捨てられた神輿は一歩も動くことができないということを頼朝は理解していたがそれは頼家の代で現実になってしまった。頼家がもう少し前に生まれていて源義朝、義仲、義経のように自ら戦う経験を積んだらもう少し何とかなったかもとも思う。
とてもとてもわかりやすくて面白くて最高です!
授業で受けて分からなかったところをこの動画で確認したらすぐに頭に入ってきます!
これからも頑張ってくださいね!
政治の天才(人によっては政治馬鹿、戦争を知らない政治屋)頼朝も、自分の子供の育成は失敗したというか、子供のために体制整えていたつもりが自分が暗殺?されたことであっさりとそれが消滅してしまってそのしわ寄せが子供の代に来てしまったという意味では、頼家も考えようによっては頼朝の被害者かもしれないね
同じ50代前半で世を去った幕府の創始者尊氏も、嫡男義詮は家督と将軍職継承したときには28歳と37歳で世を去ってしまうまでの短い期間とはいえ、父尊氏のやり残したことや嫡男義満にとってそれなりに有利になるように内政面などを頑張ってたの見るとなんだかなあ
傻逼
教科書で頼家信頼されてないやんwって思っちょったんよな〜笑
頼家も実朝も、北条からしたら孫なのにやっぱり産みの親より育ての親なんだな
結局頼朝最大のミスは範頼、義経ら兄弟を含む身内をことごとく粛清してしまった事だと思う。自分の死後、若い子供たちの後ろ盾になって源氏の血を守ってくれる身内がいなかったから北条氏に乗っ取られたし。
昔から気になっているのだが、どうして頼家のイントネーションは普通にヨ↓リ↑イ↓エ↓なのに、親父と弟はヨ↓リ↑ト↑モ↑、サ↓ネ↑ト↑モ↑なんだか?他は頼政、頼常、頼義ほか、すべて発音は↓↑↓↓なのに、この二人に限って特異な音韻が定着してしまっている。言語学、音韻学の先生方に是非お聞きして見たいもの。
政子の最愛の息子頼家は幕府のために殺害された。幕府が盤石で無かった時、将軍頼家と多くの御家人が対立。更に嫁の実家比企が台頭し北条が滅亡する可能性があった。この状況を打開するため、比企を滅ぼし頼家を将軍から解任させ修善寺に幽閉した。この時殺害も視野に入れていたのだろう。幕府成立に貢献した頼朝の弟範頼も修善寺に幽閉され殺害されたので修善寺幽閉は死罪に近いものだと思われる。
大変わかりやすいご教授
有難うございました!
修禅寺物語ってのがありますね。
嘘の噂を流すことで梶原が滅亡し、そこから御家人13の溝が生まれて崩壊し些細なきっかけで権力闘争に発展、人間とは恐ろしい生き物。
弘道会の高山が北条氏で、
潰された稲川ヒデキが、頼家みたい・・・
吾妻鏡が信憑性が低いとすると、他にどうやって勉強すればいいのでしょう?勉強の仕方を教えて下さい
流人時代に物資贈ってもらった比企氏に恩があるばかりに比企氏を贔屓というか、厚遇した結果が自分の息子が暗殺されるという頼朝の配慮裏目にしか出なかったという
自分の死後のこと考えてなかった頼朝の限界だろうな(そういう意味では頼家は被害者かも)
大河でも観たけどあれだけ待望されて
生まれた頼家が最後は風呂であんな最後って
昔は恐ろしい世の中ですな😅しかも23歳で
後に江戸幕府を開く事になる徳川家康はこの鎌倉時代の北条氏等の有力御家人や室町時代の管領(細川・斯波・畠山)が力を持ちすぎた事によって起こった失敗の反省を大いに活かしていますね。
「鎌倉殿の十三人」では頼家暗殺も善児が・・・・怖。
各家間における複雑な関係や事件が、コンパクトながら分かりやすく解説されていて、素晴らしい!
これだけ激しい権力争いだと、中には優秀な人でも、優秀さを隠し、権力から遠ざかった人もいると思いました。
張良のように…。
肖像画の雰囲気は母親似。