ksr:3(キサリ)と読む。その不可思議な字面を記憶しているリスナーも少なくないであろう令和8年、遅れてやってきた超新人類が、『Hypebeast(ハイプビースト)』発の音楽ディストリビューション・レーベル「Hypetrak(ハイプトラック)」から、1stアルバム『DANCE LIKE NOBODY IS WATCHING YOU』をリリースした。2025年発表したEP『so』然り、続くシングル『Ain’t for you』然り、その自由度の高いヒップホップ・スタイルはデビュー作でも踏襲している。
本作の発表を記念し、『Hypebeast Japan』では独占インタビューを敢行。ラップ、ビートメイク、ミックス、果てにはマスタリングまで自ら手がけるアーティストは、どのようなバックグラウンドを持っているのか。彼の素性を暴くために、アルバムに参加し、親交を深める真っ只中のSEEDA、otuyyuto(Miles 優人 Daniels)、safmusicの3人を招き、彼らとともにksr:3の底知れぬ正体に迫る。
とにかくフィジカルな場所が欲しかったんですよね
Hypebeast:ksr:3さんのバックグラウンドからお聞きします。
ksr:3(以下、k):19歳くらいからヨーロッパに渡り、こそこそ音楽を作り始めました。現地ではフルタイムで大学に通いながら、時間ができればいろいろな国を訪れて、多くのことを学びました。2024年に帰国し、日本で本格的に音楽に取り組もうと、自分のスタジオを作った、という流れです。
渡欧の目的は音楽修業と聞いていますが、大学含め、具体的にどのような修業を積んだのでしょうか?
K:もともと人間として面白くないんですよ、僕。でも「音楽でご飯を食べる!」という目標を掲げていたので、「じゃあ、まず何を作ればいいんだろう。とりあえず誰も行かなそうな遠い場所にしよう。アメリカとかベタだから……やっぱヨーロッパっしょ。UKロックもダンスミュージックも好きだし」っていう理由からですね。
場所はどこに決めたんですか?
K:ラトビアに決めました。
safmusic(以下、sa):どこ(笑)。
K:当時付き合っていた彼女と「海外、一緒に行きたいよね。どこの国にしようか?」っていくつかルーレットアプリで出たのが決め手の一つでした。
ラトビア以外の選択肢というのは?
K:イタリアやドイツ、フランスもあったんですけど、先に渡欧してから別れてしまって彼女が来ることは無く。「名前も聞いたことある国だし、あったかい土地だろう」とか思って準備もせずに現地入りしたら、ゴチゴチの北欧で完全に見誤りました。
大学生活もひっくるめてラトビアはどうでしたか?
K:大学は出願したら2週間くらいで通ったんで、ルーレットから約1カ月後にはビザも取得していろんな国に行けるようになりました。ただ、住んでいた場所はアジア人が僕だけで、街を歩けば「なんかいる」みたいな視線を向けられるので、とりあえず筋トレを始めました。大学で通うことになった学部は僕しか入学生がいなかったので、授業はシグネ先生というラトビア人のおばあちゃんとマンツーマンで、先生が淹れてくれた紅茶を飲みながらのフルタイムでした。
sa:それもう塾じゃん(笑)。
K:なので授業はめちゃくちゃ早く終わるんです。そこでまとまった休みが取れるので、パリやロンドン、モスクワ、リトアニア、エストニアなど9カ国くらいは回りました。ちなみに学部は「ksr:3の考え方はロジカルだから」っと勧められて音楽とは無関係の社会学部でした。
カルチャーショックはありませんでしたか?
K:違いすぎて(ショックを)受けているヒマがないというか、生きるために集中する毎日でした。クラスメイトもいなかったし、先生の授業は相づちを打つくらいだったので、楽曲制作のレコーディングで「あ、1週間ぶりくらいに声出した」みたいな感じでしたね。
他国での修業はどのような刺激を受けましたか?
K:スタジオに連絡してレコーディングやミックス/マスタリングの勉強をさせてもらったり、現地のクラブイベントにも遊びに行ったりしたんですけど、風の音だけが延々と流れるレイブとかが特に印象的でした。同じヨーロッパ圏内でも影響や刺激を受けるものは国によってバラバラで、その土地にはその土地の母国語があるんですけど、コミュニケーションとして英語が機能してる感じなので、土着性がありつつ、愛国心もサラッとしている。日本は庭先に国旗を掲げていたらメッセージ性を強く感じそうですけど、ヨーロッパはそうじゃないというか。音楽のジャンルで言ったら、IDMや変拍子、ジャズとかが好きだったんですけど、それ以外のダンスミュージックのジャンルも理解を深めるとより楽しく接することができるようになりました。
振り返ってみて、ヨーロッパで体得した修行の成果というのは?
K:こだわりすぎず音楽を作る、ということですかね。出てきたものをそのままやりたいというか、完璧を求めすぎず、マイナーな修正はあれど、“自分”というフィルターを通って出来上がった作品であることを大切にする感覚でしょうか。
話を聞いていると「帰国しない」という手段もあったように思えますね。
K:勉強も楽しかったし、普通に成績もよかったんですよ。修士課程に行くと思われてたんですけど、並行して遠隔で日本の友達と曲も作っていたんです。そのタイミングで「日本でやってみないか?」とレーベルから声がかかったこともあり、「帰国してちゃんと形にしてみよう」と思ったのがきっかけになりました。
帰国後はすぐに借金をしてスタジオを作りました。とにかくフィジカルな場所が欲しかったんですよね。友達と集まって曲を作れる場所、プライベートでクローズドな空間を。昔からの友人にSadajyoがいるんですけど、スタジオができてからは夜通しセッションしたり、「そう、こういうのやりたくてスタジオ作ったんだよなあ」って改めて感じさせてくれたり。最初のうちは他アーティストのエンジニアリングなど制作のお手伝いで生計を立てつつ、ソロの制作に入ったのは2025年の6月くらいだったと思います。当初はボーカル(ラップ)だけだったんですけど、ビートメイクにも興味が出てきて。SEEDAさんの『If My Heart Was a Palette』を作り始める半年くらい前くらいだったような気がします。それと同時期くらいにMiles(otuyyuto)も日本に帰ってきていて、デビューアルバムを作り始めた頃からsafmusicに会いたくて、後にリンクアップして制作する形になりました。
静かなる狂気の解凍作業
SEEDAさんから見たksr:3の第一印象は?
SEEDA(以下、S):スタジオに入って10人くらい人がいたときかな、みんながみんな「デモを聴いてくれ!」って感じになって、そこでksr:3からもデモももらったんですけど、5分も話さなかったと思うんですよ、その時は。その後、自分の制作に入ったときに何か引っかかるものがあって、「あ、ksr:3だ」って思い出して一緒に曲やろうって連絡しました。とにかく才能に溢れていて、発揮する機会を必要としてる、って印象でした。型にハマらずに、一緒に曲を作れて楽しかった。
K:実はSEEDAさんと会う前、忙しさや環境の変化、ソロで始める覚悟とかいろいろ重なって、鬱とパニック障害の症状が出ちゃってたんです。そんなときにSEEDAさんと会って曲を作れる機会に恵まれて、どんな意図があって僕に声をかけてくれたかわからなかったけど、「とにかくがんばろう、ちゃんとやらなきゃ」って気持ちになりました。
S:俺と伸平くんのやりたいことをビートや楽器で翻訳してくれたのがksr:3だったので、とても頼もしかった。
その時期くらいにMilesさんとも会うんですよね。
otuyyuto(以下、o):lymphっていう共通の友達がいるんですけど、彼と曲を作ったのが2024年の夏くらいで、その時からksr:3の名前は知っていて。当時はニューヨークからハワイに引っ越したタイミングだったんですけど、翌年に日本に行くことになったんで、せっかくだからライブのブッキングも入れたいなと思ってSNSでポストしたら、「スタジオあるよ」ってksr:3から連絡がきたんです。で、スタジオ行ったらすぐ仲良くなって、「今日の朝作ったビートなんだけど」って渡されたビートで1時間半くらいで完成した曲『WYTD』をアルバムに収録することになったり、普通に遊んでいても楽しい仲間です。というか、今日初めて彼の人生を聞いてビックリしてるんですけど(笑)、もともとプロデューサー志向だと思ってたんですよ。ビートも作れて自分のスタジオも持ってるから。
あまり自らの人生については多くを語ってこなかった?
K:音楽で出会った人たちは音楽でコミュニケーションを取るのがほとんどだったので、言うほどでもないかなって。
o:こういうところも好きです(笑)。
アルバム『DANCE LIKE NOBODY IS WATCHING YOU』の収録曲のクレジットに目を落とすと、Milesさん『PLEASE HOLD YOUR APPLAUSE』とsafmusicさん『HIDE//SEEK』が参加している楽曲のみ“feat.”ではなく“with”表記になっていますが、その理由は?
o:もともと僕が自分の作品として出そうと思ってたんですけど、やめたんですよ。
K:それをMilesから聴かせてもらったときに、自分の今回のアルバムのストーリーテリングにぴったりハマるピースだったんです。Miles自身がビートを作って、RECもミックスも終えた作品だったんですけど、「僕のアルバムに入れたい」とMilesにお願いして、結果タイトルもそのまま、僕のヴァースをちょこっと足してアルバムに収録しました。
o:ksr:3の気持ちがめっちゃ伝わったというか。
K:アルバムを聴いてもらえたらわかると思うんですけど、オーケストラを観ている感覚というか、座って音楽を鑑賞しているイメージ。Milesはフックで「アンコール」と歌っているんですけど、僕の物語的にこの曲までが第1部で、第2部が始まるインタールード『Winston Interlude』を挟んでSEEDAさんとの『DONT STOP THE MUSIC』に入る。1部は僕が“見られたい自分の曲”で、Milesの曲を境にすごくパーソナルな曲だけを集めた2部は、僕として“あまり聴いてほしくない曲”です。
でも『DONT STOP THE MUSIC』なんですね。
K:音楽だけは絶対に止めない意思は強かったんです。SEEDAさんにも1回のセッションでダメだったらやめようと思ってお願いしました。
S:俺のパートがなくても、何回も感動して泣いた曲でした。だから、入るのに凄くプレッシャーがありました。
K:SEEDAさんには一番グロく美しい作品に入ってほしかったので。
一方でsafmusicさんは見られたいほうの1部での参加です。
K:ずっと会いたかった人。lymphのパーティで「あ、safmusicだ!はじめまして、ksr:3です!」から、その3人で曲を作れることになりました。
sa:そのちょっと前くらいにksr:3の『Ain’t for you』を聴いていて、「こいつヤバ」って自分に近い存在を感じたんですよ。結構アングラをディグってきてるつもりだったんだけど、「なぜ俺はksr:3を知らなかったんだ? この実力でこの再生回数はおかしい! 」と思ったら海外在住だったからかと納得したんですけど(笑)。lymphのパーティで会ってからの付き合いになるんで、まだ会って3カ月くらいなんですよね。
K:『HIDE//SEEK』はSEEDAさんとの曲の2日前に作った曲で、とにかく出たとこ勝負で曲を作りたくて。3人のスケジュールが合う日にスタジオを押さえて、「完成したら収録。しなかったらまた今度」という賭けのもと、初めて3人がリンクアップする曲になったんですけど、めちゃくちゃうまくいきました。
sa:良い曲ができるときって1日もかからないんですよね。とにかくなんでもやってみよう、スタジオに入って「ギター弾く? いいね。じゃあ俺ビート作るわ。俺、ベランダで歌詞書いてくるわ。俺がフックやりたい」みたいな感じで進めていって、結果的に3人が同じことを考えてたり。
K:「これはイケるな」って感じた瞬間に「ビデオも撮ろう」って話になって。
sa:ちょうどその日、ドキュメンタリーを撮影してもらってる学生の子を連れてきてたんで、メシで「中華、食いに行こう」ってなったときにビデオも回してもらってね。
そこまで来たら「完成しなかったらまた今度」にはしたくないですしね。
開花する才能の解放作業
3人との繋がりを聞けたところで、2部構成である今回のアルバムはどのようなコンセプトで進めたのでしょうか?
K:ひとりで生活していることがほとんどだったので、起きてから寝るまでほとんどヘッドフォンをしてたんですね。用もない限りクラブにも行くこともなかったので、24時間のうち16時間はヘッドフォンをしているような生活。そこから聴こえてくるものが、僕の世界のすべてだったんです。その感覚のまま帰国して日本のクラブに遊びに行ったとき、ステージで演者がすごく楽しい曲をパフォーマンスしてるのに、しかめっ面で腕組んでる人たちがいたんですよ。でも、友達らしき演者がパフォーマンスを始めたら、めっちゃ盛り上がる。その時にふと「何のためにお金払ってライブを観に来てるんだろう?」って感じて。大きい音で音楽を楽しむのがクラブなのにもったいない。いや待て、ここで僕が踊り出したら「ダサい」って思われちゃうのかな? つまり、ほかのみんなもそう思ってるのかな? と。誰のためでもなく、好きな新譜を自分の部屋で、踊りながらでもMV観ながらでもいいし、「ウェーイ!」な感じをクラブでもできたらいいな、そんなアルバムを作りたいと思いながら制作してました。
そうした制作で常に意識していることはありますか?
K:最近のインスピレーションは水や泥のような液体、形を持たないものが制作の源泉にあって、はっきりとした形にしないまま続けている感じです。言語化が難しいんですけど、流動性のような感覚ですかね。現行のサウンドもめっちゃ意識するんですけど、めちゃくちゃしてしまうからこそコンプレックスも感じてしまうんですよね。ハードな面もなければ面白い言葉も出てこない。でも、そんなコンプレックスまみれでいいかなって。それをアルバムという形にできて、見せたいものも見せたくないものも正直に出すことができたので。
sa:いや、ガチでかっこいいと思うよ。ビートも作り始めてまだ1年くらいでしょ? 数ヵ月前まで音楽理論とかもわからなかったんですよ、ksr:3。ビートメイクってドラムにその人のエモーショナルが投影されると思うんですけど、ksr:3はすでに低音やグリッチなサウンドとか、しっかり自分の音を出している。それをシグネチャーなものにしてほしいし、これからもブレずに極めていってほしい。
o:たとえ何かに似ていたと感じても正直にやってほしいよね。ksr:3には自然に出てくるものを大切にしてほしい。
S:自分のサウンドを作り上げためちゃくちゃヤバいヤツですよ。みんなビビると思う。
o:ホントお疲れさまだよ。
K:ありがとう。世界中の音楽を聴いてきたけど、こんなにかっこいい人が日本にいたんだって感じさせてくれて、しかも一緒に曲を作ることもできて本当に心強いです。基本、僕はMilesとsafmusicのファンですから。今回はめちゃくちゃファンサしてもらった感じです。
sa:ファンサで1ヴァース蹴っちゃったんだ(笑)。
K:そもそもSEEDAさんに声をかけてもらってなかったら、このアルバムはスタートしなかったので、本当に背中押してもらって感謝です。真剣に向き合うきっかけ、音楽をやる本当の意味を与えてくれたのはSEEDAさんですから。
S:もうやっべーよ、存在価値が!(笑)
アーティスト:ksr:3
タイトル:DANCE LIKE NOBODY IS WATCHING YOU
配信日:4月15日(水)
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ksr:3
ヨーロッパでの異文化体験を背景に独自の音楽性を築いてきたセルフプロデュースアーティスト ksr:3。19歳で渡欧し、各国を巡る中で得た感覚をサウンドへと昇華。帰国後は自身のスタジオを拠点に本格的な活動を開始した。デビューアルバム『DANCE LIKE NOBODY IS WATCHING YOU』は、「家で一人で聴くダンスミュージック」をコンセプトに、フロアから切り離されたパーソナルな身体性を提示する一作。全17曲・52分の大半をセルフプロデュースで構築し、SEEDAら多彩な客演を迎えた。誰も見ていない場所で踊るための、内省的かつ没入的なサウンドが刻まれている。

WACOCA: People, Life, Style.