誰かを待つ時間、その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに、そんな「待つ時間」をテーマにして選曲&言葉を綴っていただきます。
未だ夢の裂け目にとどまったまま朝に溶けきらない街は、闇を越えた光を纏ったとしても、白く脆くあまりに尊い
あの人の歌が耳の奥に沈むと、季節は輪郭を失い、時間は緩やかに歪みはじめる
いまこの時は春の到来ではなく、無謀な争いの渦中に訪れる平和の残光として、静かに君の感受性を侵食してゆく
交差する人の流れ、無数の淡い影の行進
誰もが同じ速度で進みながら、平穏からは遠い場所に密かに連れ去られて
旋律だけが、その均衡を裏切る
忘却の底に沈めた感情が、名前を持たぬまま浮上する
初恋のような痛み、触れれば崩れる体温
新しい春は優しさの仮面をかぶりながら、確実に君の希望を剥ぎ取ってゆくようで
坂道はわずかに傾き、街はゆっくりと軋む
風に混じる微かな温もりは、既に過去の失われた世界の気配
ガラスに映る顔は、もはやひとつの像にすぎなくて、此処に生きる確信さえ、光の中では希薄になる
搾取に過敏であるなら、この世界に適応するための唯一の器官なのだから
その歌は、何も救わない
ただ、崩れゆく均衡のなかで、沈黙とともに在ることを許す
始まりと終わりの境界で、すべては曖昧に溶け合う
スクランブル交差点の信号が変わり、群れは再び動き出したのに、君も僕も群れから遅れている
遅延を選ぶ本能こそ、かろうじて君と僕が世界に出来る反抗なのだから
街は何事もなかったように息をし、その無関心のなかでだけ、微かな真実が点滅している
君と僕は、ただ春を生きているだけなのに

折坂悠太『春』(2020年、 ORISAKA YUTA / Less+ Project.)
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