近年、女性の後半生や終活を描く小説に人気がある。『今度生まれたら』『すぐ死ぬんだから』などで知られた故・内館牧子さんは、その種の作品の大ベテランで、“高齢者小説”などというジャンル名まで生んだ。
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本書『遠い約束』(小石はる・著)は4作をおさめた短編集だが、どれも、“高齢者小説”の様相を見せながら、ひと味ちがった香りを漂わせている。
たとえば『女たちの四重奏』は、50歳を過ぎた独身女性3人が、いっしょに北海道の小樽へ移住し、喫茶店をひらく物語である。過去には、3人それぞれ、恋人がいたり、結婚直前までいったりした時期もあったが、諸事情で、この歳まで独身だった。
なぜ小樽なのかというと、「私」がかつてここで、「ふと見かけたナナカマドの実が白い雪を被りながら真っ赤に染まって美しかった。ただ、それだけで決めたのだ。」という。
これに対し、「なんで、小樽なんて辺鄙な場所にしたのよ」と文句をいうものもいるが、それでも、はじめての体験のせいか、3人ともどこか楽しそうで、まるで遠足に出かける小学生のようでもある。
物語は、3人の中心的存在である「私」の一人称で展開する。会話部分になると、その「私」のことばが、そのまま地の文に組み込まれる。この文体が小説全体に、ある種のリズムを与えており、なかなか新鮮である。

「ナナカマドの実(画:後藤良二)」に秘められた主人公の想いとは
実は、似た展開の小説は、いままでにもなくはなかった。だが本作には、他の追随を許さない、ユニークな“仕掛け”が、二点ある。
まず、女性3人の物語なのに、タイトルに「四重奏」とある点だ。
たしかに、女性3人の暮らしがはじまるのだが、ここに、1人、「チャーリー」とあだ名で呼ばれる青年が加わるのである。小樽運河沿いの硝子工房で働いており、「私」が、“番犬”がわりに「道端で」「拾った」青年で、「防犯になるわよ」などという。
こうして、「四重奏」がはじまるのである。
中年女性3人+青年1人で、ひとつ屋根の下に住むとなると、なにやら妖しい空気が生じるような気もする。だが、そこは女性たちのほうが、人生の達人である。「お風呂とか覗いたりしないだろうなあ」なんていいながら、青年をうまくあしらい、さっぱりした毎日である。チャーリーもまじめな性格で、特に問題が起きるようなことも、ない。
物語は、3人の女性の過去を、少しずつ明かしながら進んでいく。やはり、誰もが、一筋縄ではいかない人生を歩んでいた。
それらが明かされていく過程で、実は、われわれ読者は、ある“仕掛け”に、「だまされる」ことになる。それをここで明かすわけにはいかないが、これが、もうひとつの、本作のユニークな点である。
このあたりの著者の構成テクニックは、なかなかのもので、このままTVドラマか映画になるような気がする。ぜひ、実際に読んで楽しんでいただきたい。その“仕掛け”が、ある意味、人生の応援歌になっており、ラストで、「私」がナナカマドの意味をあらためて悟るところなども見事である。
「四重奏」というと、弦楽四重奏団を思い浮かべるだろう。内外に、有名な弦楽四重奏団は数知れずあるが、メンバー変更なしで長年つづく団体は、あまりない。多くの団体では、ある程度の時期を重ねると、必ず脱退者が出る(なぜか、第2ヴァイオリンに多いようだ)。
本作の「四重奏」も、現実の弦楽四重奏団なみに、脱退者が出るのだが、その脱退者のその後を追った、続編的な“スピンオフ小説”が、つづけて収録された『ひとりの家路』である。
今度は、その脱退者の一人称で描かれる。それが誰で、どんな物語なのかは、興を削ぐので、ここでは述べない。これもぜひ、実際に読んでいただきたい。意外な展開に、物語作者としての著者の力量に、またまた感心するだろう。
本書には、ほかに2編、短編が収録されている。
『オープンとクローズ』は、亡くなった妹の旦那と、その子どもと同居する「私」の生活に、奇妙な闖入者の娘が加わる話である。
ラストで、その娘とともに、「私」が、どこへ「行く」のかは、読んでのお楽しみ。
もう1編、書名にもなっている『遠い約束』は、40年前の女子高生時代に交わした約束をめぐる、ちょっとせつない物語である。
こうして4編をつづけて読むと、どれも、前向きに生きようとする女性の姿がとても心地よく、元気が出てくる作品ばかりである。
また、どの作品にもちょっとした“仕掛け”が隠されており、かすかにミステリーの香りがある点も、楽しい。
冒頭で“高齢者小説”と書いたが、実際には、この4編に登場する女性たちは、今の時代、“高齢者”と呼ぶには、まだ若さを感じさせる年代である。だが、たしかにあと数年で、“高齢者”と呼ばれてもおかしくない、微妙な年齢だ。
そんな時期を「おひとりさま」で貫くのも美しいが、やはり人間は、何歳になっても、家族や友人、あるいは、いまはなきひとの面影に助けられながら生きていくものであることを、この4編は、しっかりと、しかし、やさしく教えてくれる。

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