名著には、印象的な一節がある。
そんな一節をテーマにあわせて書評家が紹介する『週刊新潮』の名物連載、「読書会の付箋(ふせん)」。
今回のテーマは「岬」です。選ばれた名著は…?
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岬は海に突き出ているから断崖絶壁になっていることが多い。そのために自殺者も出る。高知県の南西端の足摺岬も断崖で知られる。
昭和の作家、田宮虎彦の「足摺岬」(一九四九年)は昭和前期、軍国主義が強まるなか、貧しくかつ肺を病んだ大学生の「私」が将来に絶望し自殺しようと足摺岬にやってくる物語。
岬の近くには四国八十八箇所のうち第三十八番札所の金剛福寺がある。お遍路のための宿もある。
「私」は小さな遍路宿に泊る。年老いた遍路と行商の薬売りと一緒になる。雨が降り続きやむなく宿に何日か泊ることになる。
ある雨の日、岬まで行ってみる。荒波のうねりが断崖にぶつかり砕け散る。
その荒涼たる風景に思わず立ちすくむ。
宿では「私」の様子がおかしいと気づいたのだろう。老いた遍路と薬売りが「私」を気づかい励ます。その結果、「私」はなんとか自殺を思いとどまる。
この作品は一九五四年に新藤兼人脚本、吉村公三郎監督、木村功主演で映画化された。「足摺岬」と他の二篇「絵本」「菊坂」を組合わせ脚色されている。
吉村の回想記『映画のいのち 私の戦後史』(一九七六年)によると田宮は実際には岬に行かずに書き、ロケして作られた映画を見ていい所だと驚いたという。
現在、足摺岬には田宮虎彦の文学碑があり「砕け散る荒波の飛沫が崖肌の巨巌いちめんに雨のように降りそそいでいた」と本書の一節が刻まれている。
