マキシマムからミニマムな演出へ

ガガは「The MAYHEM Ball」ツアーの真っ最中で、東京ドームで4公演を行っていた。日本での最終公演は1月30日で、グラミー賞のわずか1日前だった。彼女がロサンゼルスに降り立ったのは授賞式当日の朝で、生放送まで36時間を切っていた。「他のどの出演者もダンサーやバンド、クリエイティブ・チームと一緒にリハーサルをする時間があったのに対し、彼女にはそれができませんでした」とウィンストンは言う。「彼女は文字通り(日本で)ステージに立っていましたから」

通常の状況であれば用意したであろう豪華な演出──ウィンストンの言葉を借りれば「100人のダンサーを従えた大掛かりなもの」──の代わりに、ガガと彼女のチーム(振付師のパリス・ゲーベル、ディレクターのベン・ダルグリーシュ、そして婚約者のマイケル・ポランスキーを含む)は、バンドに焦点を当てたミニマルなアプローチを編み出した。

「The MAYHEM Ball」ツアーのエグゼクティブ・プロデューサーであるアンドリュー・ワットがギターを担当し、共同プロデューサーのサーキット(Cirkut)がシンセを、ジョシュ・フリーズがドラムを叩き、ガガは2台のキーボードを操りながら、モジュラー・シンセサイザーの音色を能動的に微調整した。彼女は「Abracadabra」のロック・アレンジ版でバンドをリードし、その顔は巨大で不気味なウィッカー(編み細工)のヘッドピースに覆われていた。ステージ上のダンサーはガガ一人だけだった。「あまりに異色で、独創的で、壮観でした」とウィンストンは言う。

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