フリーアナウンサー久米宏さんが1日、肺がんのため亡くなった。81歳だった。所属事務所「株式会社 オフィス・トゥー・ワン」が13日、公式サイトを更新し、発表した。TBS時代は「ザ・ベストテン」「ぴったしカン・カン」「料理天国」で“視聴率90%男”として人気を集め、フリーとして報道に転身後はテレビ朝日系「ニュースステーション」キャスターとしてニュース番組の新時代を築いた。放送史、メディア史に多大な功績を残したスーパースターだった。
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「久米の前に久米なし 久米の後に久米なし」。むかし、TBSの局内で聞いた言葉だが、久米宏さんの唯一無二の話術と、テレビ界にもたらした革命の数々を物語る上でこれ以上ないフレーズだと思う。
かつて、これを堂々と言ってのけたTBSの若手アナ(当時)がいて、先輩の元アナが激怒。「久米以外の先輩アナたちに失礼である」と散々グチを聞かされたことがある。その若手にとっては、それでも超えてみたいというあこがれと、そんなスーパースターを輩出した自局への誇りを込めた言葉であったと思う。どちらが正しいという話ではなく、世代を超えて同業者の胸をざわつかせ続ける「久米宏」の存在感に面食らうばかりだった。
久米さんの功績は山ほど語られてきたが、子どもの頃から「ザ・ベストテン」「ぴったしカン・カン」「料理天国」を見てきたド真ん中世代として振り返ると、バラエティーの才能を生かし、「見せるニュースキャスター」として「テレビニュースの新時代を築いた」という点でスペシャルな存在だったと思う。
今もバラエティー番組で多用される「ホニャララ」を“発明”したほどバラエティーの申し子のような人が34歳でTBSを辞め、当時民放4位だったテレビ朝日の目玉新番組「ニュースステーション」で報道に転身。バラエティーと報道の両方で天下をとった最初のアナウンサーで、後進に道を切り開いたという点でまず新しい。
「Nステ」で久米さんは、ニュース番組の常識をことごとく覆していった。当時のニュース番組は大人が見る硬派なものだったが、久米さんは「中学生にも分かるニュース番組」を打ち出し、ニュース番組の新規視聴者層を開拓した。キャスターが私見を述べることなどなかった時代に、皮肉と明るさが絶妙な話術で歯に衣(きぬ)着せぬコメントを繰り広げ、視聴者から絶大な支持を得た。
あえて言葉にせず、ジェスチャーを効果的に使う「見せるニュースキャスター像」も“発明”した。VTR明けで腕を組んだまま黙っていたり、やれやれな表情でずっこけながらトークしたり、いきなり姿勢を正したり。「話にならない」「お察しください」「ここからが本丸です」といった、言葉にしない言葉も雄弁だった。
番組の収録を行った花嫁姿の黒柳徹子と久米宏さん(2013年4月撮影)
04年3月26日、「Nステ」最終回のビールを覚えている人も多いと思う。自身と番組、関係者、視聴者の18年半をねぎらい、手酌でビールを注いで「乾杯!」。一気に飲み干し、おちゃめな久米ワールドで幕を引いた。テレビを知り尽くし、この人にしかできない名場面で楽しませてくれたテレビの申し子。「久米の前に久米なし 久米の後に久米なし」の評伝に納得するばかりである。楽しいテレビの数々をありがとうございました。
【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)

