『女性の休日』を見てため息をついた理由

「めちゃくちゃ元気になったし、すごくいい映画だった。『私も声をあげたい!』と思った。でも、『私は休むから』と夫に子どもを託して出かけられるのか……。実際には、私も参加したかったなぁ、と思いながら行くことができない自分が想像できて、ちょっと絶望もした」

10月25日に公開された映画『女性の休日』。公開早々、友だちのA美とK子の3人で、映画を観に行った。先の発言は、40代で小学生と中学生の子どもを持つA美がカプチーノの泡をかき混ぜながらつぶやいたもの。

夫と高校2年の息子と暮らすK子もため息をつきながら言う。

「わかる……。うちの夫や息子に『私、明日は仕事も家事もしません』と宣言しても、『何言ってんの⁉』扱いで、朝になればいつものように朝食が出てきて、お弁当を作るのを待っている気がする。そして、デモに行く前に朝食とお弁当、それ以上に夕飯の作り置きもしてしまいそうな自分の姿が見える……」

映画を観てエンパワメントされたものの、良かった点を話すほどに同時にため息が出てしまったのだ。なぜため息が出てしまったのか……。

私たちは映画を観た後、トコトン話し合った。その中には、多くの女性たちが共感する意見も多く出た。そして、現在SNSでも多くのコメントが集まるTBS火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』にまで話が及び、最終的にある答えにたどり着いた。その一部始終をお伝えしたいと思う。

1975年まではアイスランドも日本も同じ

まず、映画『女性の休日』について簡単に説明をしたい。

この映画は、1975年にアイスランドで起きた「女性の休日(Woman’s Day Off)」と呼ばれる女性たち自身が女性たちのために起こしたストライキが行われるまでの出来事を描いたドキュメンタリーだ。

©2024 Other Noises and Krumma Films.イメージギャラリーで見る

当時のアイスランドは男女の賃金格差が大きく、同じ仕事をしても女性の給料は男性の60%だったし、出世はできなかった。船長や弁護士になりたいと言っても「女の子はなれない」と言われた。フェミニズムの団体レッドソックスはそれらの問題への提起をしてきたが、「大きな連帯」が必要だと考えた。そして女性たちが一斉に仕事や家事、育児などの労働を休むことで、女性たちの労働にいかに重要な意味を持ち、女性たちがいないと社会が動かないことを知らしめようと立ち上がったのだ。

弁護士になりたいと言った女性は「女の子だからなれないよ、18歳で結婚するんだから」と言われていた。当時そう言われた女性の証言もある 映画『女性の休日』より©2024 Other Noises and Krumma Films.イメージギャラリーで見る

活動は最初、草の根的だったが、1975年10月24日、最終的には国民の9割の女性が家事育児を含めた仕事を「休み」、歌いながら一同に会した。そしてアイスランド社会を大きく動かしていったのだ。その伝説的なストライキがなぜ実現したのか、アメリカ人の監督が多くの証言を集め、当時の映像やアニメーションとともに映画にしている。

映画『女性の休日』より©2024 Other Noises and Krumma Films.イメージギャラリーで見る

映画を観て、最初に衝撃を受けたのは、“あのアイスランド”が1975年まで、こんなにも男女不均等で、女性が虐げられた社会であったことだった。現在のアイスランドは、ジェンダーギャップ指数16年連続1位の記録を持ち、世界一女性が生きやすい国として認知されている。ちなみに、2025年版の日本のジェンダーギャップ指数は148ヵ国中118位……。G7の中では長く最下位であり、同じアジア諸国の韓国101位、中国103位にも大きく後れを取っている。日本で初めての女性の高市早苗総理が誕生したことで、2026年版のジェンダーギャップ指数の順位は多少変わるだろうが、1位のアイスランドとでは、女性の政治参加や賃金格差や教育、健康対策などの面で「大差」がついている。

これは私の勝手な思い込みだったのだが、ジェンダーギャップ指数が高いアイスランドや北欧諸国は、もともと男女平等で、そういう考え方が根付いた思考があり、国民性があると認識していた。しかし、ストライキを起こす前のアイスランドの状況は、「女は家庭のことをすればいい」とばかりに、職場や組合で意見を言っても女性だと通らない、男性と同じような仕事はさせてもらえないし、仕事をしたとて賃金は安い……。1975年のアイスランドの女性たちは日本の女性たちとほぼ同じ悩みを抱えていたのだ。

「女性の休日」のあと、初の女性大統領が誕生した ©2024 Other Noises and Krumma Films.イメージギャラリーで見る

「でも、アイスランドはここでアクションを起こしたことで国の意識が大きく変わった。私たちは1975年のころより少しだけよくなっただけで、女性の悩みは今も大きく変わっていない……。やっぱり動くこと、声をあげることって大事なんだ、と改めて頭を殴られた気がした」

と、A美は言った。

本当にそうだ、私たちも同じ悩みを抱え、時として声は上げるが、それは大きなアクションにならず、周囲からは「愚痴」や「ぼやき」と捉えられてしまうことが多い。どうして、日本ではアイスランドのようなアクションが広がらないのだろうか……。

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