[べらぼう] 栃木の豪商・善野喜兵衛&伊兵衛と歌麿の知られざる関係とは? [大河ドラマ/解説]
※概要
歌麿と栃木には意外な関係があった!? 狂歌好き豪商・善野喜兵衛(通用亭徳成)が依頼したことをきっかけに、あの名作「深川の雪」「品川の月」「吉原の花」が生まれた。栃木が生んだ歌麿との不思議な縁を徹底解説!
【関連動画】
2025年、NHK大河ドラマ「べらぼう」解説動画です。
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こんばんは、きりです。 ラトです。 こです。 歴史はエンターテイメント鹿増歴史チャンネルへようこそ。今日はね、歌まと栃木の関係についてね、お話しようと思うんですよね。歌まと栃木って何の関係があってね、なんか唐突って思った方もね、多いと思うので、ま、あの、結構ね、深い関係があったんですよっていうところをね、お話ししようと思います。 中でもね、ドラマで出てきた人じゃないんですけれども、歌まロとの栃木を結びつけるキーパーソンとなった全の騎兵という人物と宇まろと不思議な絵西というのをご紹介したいと思います。 [音楽] ドラマの方では、あの、お笑い芸人の裕二浩司さんって栃木出身のあの人がマスコさんがされてたあの人とは 違う人。 あの人のおいっこの話がまだね、あるわけなんですね。 だから、ま、決縁関係なんだけども、なんかおいきなりおじさんがと思ったんですけれども、今日、ま、まずお話するのはそのおいっこさんの、ま、栃木の称の全の騎兵という人物になるんですけど、ま、ただね、全の騎兵って聞いてもね、誰だよっていう人がほとんどだと思うので、まずはね、江戸時代の栃木ってのはどういう場所だったのかっていうのをね、知っていただきたいんですけども、今だとちょっと田舎ってイメージが強いと思うんですけど、あの、有事工事の自虐ネタじゃないけども、北関東の中でも今さびれてるみたい うんはですね、毎年京都から日光へ遣される兵士というのが通る兵士街道っていうね、そういうの中の宿町として非常に栄えていた町だったわけなんですね。 一方でその栃木っていうね、宿場を流れる渦川っていう川が直接こう江戸につがっていたので、つまり江戸とのこの水運の要としても境いていて、で、栃木から江戸に米とか木材を運んだり、江戸からろんな物資をも運び返したりっていうので非常に栄いていた街でもあったわけなんですよね。 うん。 うん。 で、元々あの全の家っていうのはあの大御商人滋賀のね山ってところの出身の大商だった。 たんですけども、江戸中に初代の全の機材 っていうのが栃木にやってきて、カヤって いう父とか醤油なんかを始めたんですね。 この初代の前の機材さんっていうのは自分 が作ったカや機材だからカ巻きって呼ばれ てたんですけど、このカ巻きをですね、2 代目の騎兵に譲った後にこの初代がすごい んですよ。そのままね、もう2代目に映っ たから居するじゃなくて、同じ栃木宿に また別の七夜をね、新しく作っちゃって、 それでまたすごい境させたんですよ。名前 もその時にね、さって変えたんで、新しく できたその七谷は鎌谷のさ部兵だからって 呼ばれるようになったんですね。鎌や サジ部だったからね。うん。うん。 この店は構いっていうね、いう風に呼ばれてたわけなんですね。 今の言葉のご服はが着物でしょ。 で、太ごご服太物太 太 太って何? あ、あのね、ご服も太物も着物のことを指すんですけども江戸の当時ご服っていうのは犬の着物のことね、ちょっと上等の着物のことをご服って言いまして、で、麺とか朝とかいうね、ま、日常の着物のことを太ってんで区別してたんですよね。 なんかと太ってのは別の場合もあるし、この構井さんのように合体してね、もう全部一食にして売ってる店なんかもあったわけなんですね。なので、ま、この栃木のね、え、構いというお店は、ま、高級品のキの着物も扱えば日常品の、ま、麺とか朝のね、着物も扱うというね、両方扱う店だったわけなんですね。 うん。 スタジオとか歌まの時代には栃木にはこのカ座かいっていうね 3 つの全の家があってもうそれぞれ非常に裕福な商人としていていたんですけれどもちょっとね後になるんですけど方 4年1833 年の栃木の長者番付っていうのがあるんですよね。 そこに鎌谷や騎兵のきが行事、鎌やさのそのかさが肝元で鎌や異兵構井が大関っていう風にね、その長番付に書かれているので、ま、 3つのね、全系が栃木の中でもトップ 3 の大金持ちだったっていうことが分かるわけなんですね。 うん。え、今のなんか行事とか関心元 うん。 肝心元ね。 肝心元がお金持ちっていう表現になんの? うん。大体 江戸時代の番付けっていうのはさ、相撲の番付を元にして作られてるわけなんですよね。で、当時は、ま、 1 番は横綱じゃなくて大関なんですよ。あの、江戸時代横綱っていないからね。大関っていうのが 1 番上だったんでね。で、だからその大関に、ま、名前つられてるのもう 1 番ってことでもあるんだけれども、ただその大関は、ま、壺でもそうなんだけど、ちょいちょい変わったりするわけですよね。 色々その工業の度にね、負けちゃったりすると落ちちゃったりとかあるけどでも 真ん中に書かれてる行事とか肝心元っていうのはもう変わらずに真ん中に書かれている人たちなので長者番付けに限らず江戸時代のなんちゃら番付けっていうので行事とか肝心元っていうので書かれてると今だとさ結決とかさ動入りみたいなも変わらないもうこぐれはもう勝負にならないよもこれはもう別だよみたいな意味合いだったわけです うん。なので行事に元にって書かれたの家っていうのはもう栃木でもトップ 3 の大金持ちだったっていうのが分かるわけ。 爆末の頃の話なんですけど、あの水戸の 天狗っていうのがこの辺までね、資金調達 にやってきたことがあったらしいんです けど、このカと鎌座ね、行事と元のね、 この2つの家はそれぞれ500もね、 現金したっていう記録が残ってるので、ま 、その頃まではもう栃木の1にお 争う金持ちだったっていうのは間違いない かと思います。うん。ということは 栃木自体が結構潤的に潤って 感じなんだ。その人たちだけ。 じゃなくて、そういう福な人がいるからやっぱり、ま、お金も動くしいみたいな感じになったかな。 そうなんです。そうなんです。あの、なので、あの、今だとちょっとイメージしづらいかもしれませんけど、でも今も栃木の方にそのものすごいクのね、倉敷が並んでるその立派なそういうところが保護みたい残ってるんですけど、もう江戸時代はそんなね、立派なね、暗屋敷が並ぶほどにすごいね、豊かなね、言うただったっていうことなんですよね。 [音楽] うん。うん。 歌まとね、全の家の関係なんですけど、あの、これは元々ね、あの、牧の 4 代目の、え、全の騎兵が強化が大好きで、で、江戸のあの、からゴキ州先生に、ま、指示してまして、強化を学んでたわけなんですよ。 カラゴム機州っていうのは太田南保で明光と共に天名の 3大教科師ってね、呼ばれた 1 人でね、詳しくはね、過去に動画も作ってるのでね、詳しく知りたい方は、ま、そちらご覧いただければと思うんですけども、天名の河ブームというのは江戸だけじゃなくて日本各地にいたお金はあるし、文化的なことにも興味もあるけど江戸からはちょっと遠いところに住んでいるという人たちの間にも爆発的に広がってまして、で、この栃木の全の騎兵さ さんも、ま、そんな流行に乗った地方号の 1人だったわけなので、このカ巻き4代目 の全土騎兵っていう人は通用特成なりね、 共鳴強化の名前を持ってて数多の強化を 作ってるんですけど、ま、ちょうどこの頃 ってドラマでもやってましたけどほら歌を 教会絵本で売り出してた時期になるわけな んですよ。 あの絵本虫選とかね、塩のとかね、取り強化合わせとか言ったの教会本っていうのは、あの、全部基本的には入銀本つまり、あの、お金を強化載せたい人が払って自分のね、強化を本に載せてもらう。で、しかもその本には憧れの太田南ぽ先生やらね、野明先生やら、あら観光先生やらとかってネームの強化も載っている。その本に一緒に自分の強化も乗るわけですからね。 これはね、もう金出すたちなんか山だと思いますよね。しかもその歌まの各差し絵の方も素晴らしかったね。もうそれはもうどんだけ金出してももう逆に自慢になりこそする不満だとかっていう人なんかね全然いなかったと思うんで。そりゃそうだ。自分の憧れてるしさんてかねそういう人が自分の歌とかなんかにこう写真も入ってどお金持ちさんだったらバンバン [音楽] 出すよね。 うん。 なんかこう自分のなんかないポムとかにさ、憧れのさんがさ書いてくれるとかって言ったらそれこそさ、もうでお金を余ってるわけですから、もう何もでも出しますってなっただろうなと思う。 お金持ってた。私はなんか申し訳ないになるかもしれないんだけどなんか どんなクオリティが低くてもお金さえ出せば載せてもらえてたわけ。 いや、まあ、その辺はさ、さすがにね、そこまでひどいのはね、あの、読む方もそれだけの、ま、才能のある人たちだからやっぱり、ま、多少はね、お金で下履かせてもらってはあるにしろ、その、あの、オ田プとか明らかんくほどではないにしろ、ま、土地ではちょっとね、教会やめる方だよみたいな、そういう自慢できる程度のね、ま、レベルではあったのかなとは思うんですけどもね。 ちなみにね、歌まロの絵本虫エラみっていうのは、ま、虫の絵が描かれてて、で、あの、塩ひのっていうのは、あの、塩ひ狩と貝のね、絵が書かれてて、百チ取わせっていうのは、あの、千取ね、鳥の絵が、ま、書かれた教会絵本で歌まの教会絵本 3 部作とも呼ばれる、ま、傑作なんですけれども、あの、実はタジとしては他にもね、このシリーズで教会本を出す気だったらしいんですよ。だから 3 部作で終わらせる気はなかったんですけれども、ただこの 100強化合わせを出したよ。 年にこの松田信のね、出版規制で贅沢な本出しちゃだめだとかいうのに捕まっちゃったんでね。ま、なのでこの手の豪華本っていうのは出せなくなっていた状況なんですが、なんですが江戸ではそうだったんだけど地方にいる教科好きの将たちがこんなね豪華な教会絵本読んで自分の教科にも宇ま先生の差し絵書いてほしいなんて思ったとしても、ま、おかしくはないわけなんですよね。 うん。 さんもどうやらそんな人だったようで、それでこう自分の強化とか栃木の強たちのその知り合いの強化の差し絵をまず宇まに依頼したんですよ。 おお。 で、そのがいた肉の写線を引く美人っていう絵があるんですけども、これはね、こっち側に絵があって、こっち側にこの強化が載ってるんですけど、そこに、ま、おそらく栃木のたちだと思われる 5 人の強化が載ってまして、で、その中にこの 4 代目のカ通帝特りの強化も書いてあるわ。 うん。 クオリティどうだったのかしら。どんな感じの強化だったのかしら。気になる。 そんなにすごい手の混んだって感じではないんだけれども、あのちなみにその通用手徳の強化は思い溝恥ずかしやわり寝えか風かと母の問うまでっていう強化でまこれっていうのは好きな人ができて恥ずかしやだから思い切ってちょっと推理するとその好きな人とできちゃったっていう意味にも取れるわけですよね。 恥ずかしい身になっちゃったわってことな んで、ちょっと声がね、裏返っちゃって 変わったの。 お母さんがどうしたの?寝え風でも引いたのって聞いてきたみたいな感じでちょっとこう恥ずかしくて声が裏がっちゃったの母さんにね、あの病気かって勘違いされちゃったみたいな歌なんですけれども、もちろんこれね、あのそういう好きな人思ってた時にいきなりお母さんに声かけたんで、え、何とか言って声がひっくり返っちゃって、え、どうしたの?その声風何?ネビえ何でもしたみたいなそういう意味っていう、ま、可能性もあるんですけども、まあまあ江戸の強化なんでちょっとエロチックな意味も加されてるかもしれないみた みたいな感じでね。 そのこのエルチックなところは桐さんの妄想も入ってるかもしれない。 入ってる。入ってる。 そう。江戸出しな。ほぼそっちが入ってるって感じやねんね。 まあなんていうかこうほらあっさりしすぎてるんでね。ま、ちょっと深読みした方が面白いかな。うん。 あと元時代の下りました 8 代目の全の兵さんていう人がご先祖様の話として伝え聞いてた話をま、語ったっていうで残ってるエピソードがあるんですけどそれによるとどうやらか 4 代目の全の騎兵さん通徳成さんが歌まを栃木に招いてあの画解ま歌まの絵を描いてもらってそれを売るみたいなねそういうねを開催したんだけどどうやらそれが失敗したらしく で、歌まの懐に全然お金が入らないって いう結果になっちゃったらしいんですよ。 せっかく読んだのに先生に書いてもらって 先生にも受けてもらおうと思ったのに売れ なくてなんか読んだのにちょっとね自分の 呼んだは自分の面が潰れるし歌先生に も申し訳ないみたいな状況になっちゃった のでそれでその4代目のおじさんにあたる ドラマで出てきた裕二浩のねカの前のイ井 さんていうのが歌まにま雪と月と花を題材 にした肉質画の依頼してそれでまに歌 の傑作とも言われる深川の雪と、え、品川の月、吉原の花というのが書かれたんだっていう、ま、エピソードが残ってるわけなんですよね。ま、なのでこれはあの聞き語りなんで本当かどうかっていう確証はないんですけれどもでもね、あの作品自体は残っているのでね。 だからもしそうね、栃木との関係がなければ宇まの傑作のね、深川の雪とか品川の月とか吉原の花生まれてなかったかもしれないって考えるとね、やっぱりあの裕二浩司さんありがとうっていうか、その全のイさんありがとうっていう気にはなりますよね。 この他にも最近その栃木のね、市内にある いろんな旧暇から歌の肉室の女だるまず だったり消図だったり三福人のスモーズと かっていうのがま、これもね完全に歌ま だろうぐらいでまだちょっとあの確定はし てないんですけどもでも一応歌まで だろうって言われてるのが発見されてで あの今年なんかはねやっぱりスタジのあれ があるんで栃木の倉の町美術館ってとこで 公開されたりもしてるのでなのでやっぱり まと栃木の繋がりっていうのはまきっかけ は ね、巻き目の騎兵ね、徳成さんとの繋がりだったとは思うんですけど、その後ね、他の栃木のたちとも繋がっていったっていうのはね、十分考えられるので、後にはその栃木と歌まろっていうのは深いつがいになるのかなっていうことなんですね。 うん。うん。 いやぱその栃木の強の方々っていうのも目が超えてたから、ま、歌まの良さも分かったって感じよね。そこがわかんなかった。 ただ有名だからではなくてそこにやっぱり歌まの技術とかそこら辺の良さも分かる人たちがっていうのもあんのかもしれないよね。 ま、だから結局ほらあの江戸とも近い栃木というところでで栄えてて裕服でお金持ちが多くてお金持ちが多いってことはそういうねんなその学問したり芸術したりっていうね、ま、あの吉原の旦那種集と同じですよ。 を楽しむそういう人たがいっぱいいるからで江戸で生えてることをやり始めてでそれをまた呼べるだけの力もあるし、ま、あるいは依頼するだけの力もあるしでちょうど江戸ではただ信のぶ君がね契約って言ってちょっとね下びになってたからじゃあって言うんでこう地方の方に行ったっていうね、そういうタイミングなんかもあるわけなんですね。 なるほどね。 ということでね、今日は歌まと栃木の、ま 、関係、特にね、え、カ巻き4代目の全の 騎兵こと共鳴通なりとの関係についてお 話してみました。栃木にね、そんな人がい たんだって思った方はチャンネル登録、 グッドボタンをよろしくお願いいたします 。全然関係ないですけど髪の毛をオレンジ にしてみました。そのコメントをXの方で もよろしくお願いします。 なんかこないだからライティングがうまくいかなくって画面が暗くなったり明るくなったりするのが今日久しぶりにひどくてあ、またなった。 [音楽] うん。 これが気になってきさんの話がさっぱり入ってこなかったので後でもう一度聞き直そうと思います。そうやって桐リさんの話を一逃したくないわと思っているそこのあなた是非メンバーシップ。 ではまた次の動画で米にかかりましょう。 ああ、またこれだった。 あとね、あの、これドラマではやってなかったんだけれども、私個人的にこれもう半分も妄想なんですけど、タ野と栃木の強のね、橋渡したのは多じゃないのかなと思ってるんですよ。 お というのも滝沢馬金艇馬金って江戸の頃は言ったんですけどもこの人が書いたあの岩出物期っていうま東のことを書いたねそのなんか表伝みたいな本があるんですけどその中にね天明末に津谷やブロ鶴明えモントラと共にあと 3 東京も入ってるんだけどね日光中前時に産経したっていう記事があるんですよ。だから天名の末年ちょうど今ぐらいですよね。完成元年を今ドラマでやってるからね。 このぐらいの時に津とその鶴屋さんと三東京が日光に行ったっていう記述があるんですよね。 で、ま、普通は江戸から日光に行く時は日光海道を通っていくんですけどもでもちょこっと回り道すればあのわゆるその元々京都から日光に行く海道に栃木ってあるからだから江戸から日光行く時もちょいってこうねちょっと脇道にそれると栃木経由して日光にも行けるんですよ。 これ風妄想なんだけどひょっとしたら結局 その鶴屋さんとか三頭協殿と日光へお参り に行くついでにƠ銃が強化とかで関係の あった栃木に寄り道してそこのね言った合 であるカの4代目の通徳なりとかなんかに ちょっと江戸の方で今ねփոでああな本と かも出せないんでどうですかいみたいな 感じで売り込んでいったので前の騎兵さん がじゃあ言うんで歌丸をねこの読んで開く みたいそういう企画したんだとかっていう 流れだとしたら面白いなってこう妄想し たりなんかするわけなんですよね。ま、 もちろんその手紙のやり取りでも済むんだ けどでもなんかスタジオせっかく同じ時期 にね、ちょうどこの時期に旅行してるんで ね、もし歴史小説だったらこれは絶対利用 だなみたいなそういうエピソードが残って たりするんでね。なかなかね、ドラマで 超い出くて残念だな。津田とつさんの旅行 なんて見てみたいじゃんていう。ちょっと それは見てみたかった。 ちょっと見てみたかったじゃんて。で、それがなかったのが残念っていう。 スタジュとかもこう営業先をちょっとね、変えてみようみたいなのをやるタイプかもしれないもんね。確かに。 そう。で、オ来いもとかで色々地方のね、そういう所と付き合いがあって、で、江戸が今ちょっと売上落ちてるなってなったら地方に強化しようかな。日光参りのついでによりは栃木寄れるし、もう絶好の機会っていうんで 言ってたら面白い話になってただなと思うんですけどね。ま、この辺は妄想です。 もそうなんですけれども、歌まろとその栃木の栃木の賞たちの間に、ま、ひょっとしたスタジもこうね、繋げるために 1 枚噛んでたかもしれないなって考えてみるのも面白いかなと思った次第でございます。 うん。 [音楽]
42 Comments
江戸は倹約令なので栃木に行って豪華な肉筆画を歌麿さんが描いたの良いですね❤
歌麿の雪月花、以前美術番組で知りました。歌麿の絵にしてはかなり異色の大作ですね。描かれている人物も多人数で、さすがは浮世絵の大家らしい名画だと感じます。深川の雪、品川の月、吉原の花という当時の遊里トップの格式や質の違いが描き分けられているそうです。栃木の豪商は、パトロンだったんでしょう。
太物は、”あきない世伝 金と銀”の中でも、主人公幸が呉服(絹)から太物(麻、綿)にまで商品を広げていくという場面が描かれていましたね。
歌麿の画本虫撰の美しさが富豪を感動させ、肉筆画の依頼がきた。家に飾る一点ものであれば、高価で名声も高まる。歌麿の経済的基盤ができたこと、パトロンを得たことが、後の蔦重との分離を生む下地のように感じられた。
蔦重と鶴屋の道中物語、スピンオフでやってくれないかな〜
ラットさんの髪色、すぐ気付きましたよ〜。色白だから似合うなぁ、オレンジも🍊!
思い違いかもしれませんが、吉原の桜って行方不明になってた絵じゃなかったでしたっけ?それが発見されて…というような美術系番組をNHKスペシャルで観たような記憶があるような…🤔が、全ては朧…😂。
スピンオフで蔦重と鶴屋さんの旅行、やって欲しい。それ観たい!
たしか、きりゅうサンは「平安時代」が一番好き!と仰っておられたと思いますが~江戸文化の知識も滅茶苦茶に凄いですね😉いまさらですが🤭・・・蔦重の歌麿と栃木の豪商との仲立ち=妄想とかのレベルではなく、私も全然あり得る話だと思いました❗
大奥で使われる費用を巡っての攻防、大崎の罷免、天皇の実父への尊号授与の拒否と次々策を講じる定信に、徳川治貞の諭した説が良かった。性急に事を運ぶことのリスク、悪を徹底的に排除することはできない、己の指標だけを盲信する危険性などである。ある意味一途で目標に邁進する定信を止められるかもしれない意見であったが、かえって彼を奮い立たせ、我が信じるところを成し遂げなければならないと言わせてしまった。治済との対話でも、少々強引なやり方を非難されても、多くの難題(武士の暮らしの安定、金蔵の立て直し、市中の風俗、蝦夷問題、朝廷との折衝)山積みの中、この役目(老中職)を引き受けられる者は誰もいないだろうと、自信たっぷりだった。有能な人物だけに、自分で悟るまでは自身の施策の有効性を信じて疑わず突っ走る姿勢がありありと見られた。
解説ありがとうございました🙏❣️ 栃木と歌麿の関係には驚きですが、栃木の豪商のお陰で、歌麿も名作を残せたのですね♪
ラットさん、髪の色素敵です😄👌これからの紅葉🍁の季節にピッタリでは?❤
栃木県の県庁所在地が栃木市じゃなく、宇都宮市だが、もともとは栃木市の前身、栃木町だったというややこしい話
すみません。関西人にこの辺の地理はよーわからんのですわ
蔦重もそうゆう江戸を離れた田舎の金持ちと連携すればよかったのにと思います。
ひと月前に山田五郎さんの美術系のチャンネルで歌麿と栃木の関係を知って今回のドラマで栃木の豪商と聞きおぉっと思いました。
https://www.youtube.com/watch?v=-yEncnU3lJo
蔦重と鶴屋と山東京伝の旅の話は
面白そうですね
世の中がギスギスしている中で
キヨさんと歌麿が一緒にいて楽しくて
幸せ一杯で見ていて癒されますね
釜屋喜兵衛こと善野喜兵衛についての解説ありがとうございます。歌麿のことをよほど知っている方でなければ、大河ドラマで善野喜兵衛が出てきても、地元栃木市の方以外の視聴者はほとんど知らないと思うので解説いただき勉強になります。喜兵衛こと狂歌師通用亭徳成の詠んだ狂歌までご紹介していただきありがとうございます。栃木市蔵の街美術館に歌麿の肉筆画「女達磨図」や「鐘馗図」が展示されていますね。
栃木が裕福だった、とは隣の群馬と共に養蚕が盛んだったからでしょうか。
【西の西陣、東の桐生】ともいわれるし後に【富岡製糸場】もできるし。
北関東は江戸時代絹産業で結構栄えていたってことですかね。
私の実家も例幣使街道沿いにあります。栃木は蔵屋敷の並んだ巴波川沿いの景色も素敵です。駅からちょっと遠いですが旧例幣使街道沿いの古い商家の並びも見事です。ぜひ一度おいで下さい。
まさかごめんねごめんねの人が出てたとは気づきませんでした
歌麿と栃木の繋がりは山田五郎さんのチャンネルで知りましたが山田さんの解説より詳しくて勉強になりました。山田五郎さん超えてますね。
ラットちゃん、オレンジになった〜!って思いました😊ラットちゃんの髪色やファッションいつも楽しみにしてます♡
蔦重、鶴屋さんと旅トモなんてすっかり仲良しですね♡山東京伝も同行してて楽しそう〜。江戸以外の人たちとの交流エピソードも新鮮でした。せっかくだから栃木市立美術館、行ってみようと思います!大河のおかげで東博や浮世絵展を見に行くようになり、すごく楽しいです。大河にゆかりのある場所に色々行くのも楽しいですね♪
字幕が、きりゅうさん青、ラットちゃん緑、く〜さん赤、かしら?マグカップと同じ!と思ってみてました。てぃさんのセンスでしょうか🎉
ラットちゃんの髪色ステキです❤
出る杭の打たるる事をさとりなば
ふらふらもせず
後くひもせず(通用亭徳成)
地方のパトロンを得て、芸術家が土地に傑作を残した様子がよくわかりました😊
定信の改革も江戸から地方への文化の伝播に貢献したのですね😅
北関東なまりにホッとするのですが、もともと近江商人の出だったのですね。きりゅうさんの見解もすごいです😊🟠素敵なラットちゃん、💡点滅するく〜さん
蔦重とツルヤさんの旅行見てみたいです🎉
なんか、今回の蔦重と定信の空回りがシンクロして見えて、あぁ😞って感じでした。2人ともまだまだ未熟者でしたね。
今回も解説ありがとうございます。
お国訛りもあってか、ド田舎のように思っていましたが、実際は江戸に及ばないものの陸路と水路の要衝たる大都市だったんですね。そんな街のお大尽が奮発して依頼してくれたおかげで、現代まで残る文化芸術があると思うと、感謝に堪えません。
蔦重一行の日光参り、見てみたかったですね。時系列的にもう無理かもしれませんが、意識したエピソードとか今からでもやってくれないかなー。
ドラマでは、急に伊兵衛さん出てきましたが、今納得✨ U字工事の益子さんは、江戸時代に違和感なく😄 いつもありがとうございます!
ラットちゃん髪色素敵です✨栃木にそんな大棚が(゜o゜;だから肉筆画を!!教えて頂いて有難うございます😊🙏いつもながら台本も無くすらすらと語るきりゅう先生凄すぎです(≧∇≦)bあこがれぇ〜
栃木には「栃木と歌麿の関係を発信している歌麿交流館」があります。
ボランティアの方が解説しているのですが関心ある方には楽しめるのでは?
12日からは各種和綴じ本の販売もするようです。
栃木の蔵のまち美術館は閉館しちゃったんですね。今は栃木私立美術館に統合されたのかな?市立美術館には行ったことないので行きたいけれど意外と遠い。
U字工事の益子さん、演技が上手いなぁと見直しました。
べらぼうでは益子さんの相方の福田さんが演じられるみたいですね
今作は、もう初回からず~っと舞台が江戸なので(新さんとおふくさんがどこかの農村にいる画はありましたが)、蔦重と鶴屋さんの日光旅行はぜひとも描いてほしいと願っていたんですけど、どうやら省略っぽいですね。
そしてもう1つ、省略しないで!ぜひ観たい!と思っているのは、先回も書きましたが本居宣長を訪ねての伊勢国松坂旅行。
今回のオープニングで「本居宣長記念館」の文字を観て、え?まだ早いのに?と不思議に思っていたら、治貞の口から本居宣長の名前が出ました。
蔦重に対して話されたわけではないけど、蔦重が松坂まで脚を運ぶストーリーが観られるのかどうか、気になっています。
ラットさんの髪の毛の色素敵すぎる。ハイキュー好きなんですか?
> おもひそむ 身ぞはづかしや ・・・
「恋患い」ですがなw
> 蔦重と鶴喜の日光参拝
通油町の講で行ったとか・・・
行きは日光道中、帰りは栃木から巴波川下り
優雅ですな
山田五郎さんのyoutubeでやってましたね。
栃木市周辺の支配関係はめちゃくちゃ複雑ですが、ざっくりと乱暴に割り切ってしまうと、(旧)「宇都宮県」(宇都宮氏)と(旧)「栃木(十千木)県」(皆川氏)となります。近隣の小山氏、結城氏、佐野氏、壬生氏、足利氏など、今の地名に残る氏族の大半は源氏の支流で、ほとんどがみんな親戚。古河公方、なんてのもそうですね。皆川氏の居城は、現在の栃木市の北西にあり、現栃木市は特産品の集積地、物流拠点でした。なので、倉庫街としての〝蔵の町〟。旧栃木町の特産は、材木と石灰、でしょうか。今に残る大店は、肥料屋さんが目立ちます。水運の巴波川は、旧名が「宇津間川」(ウヅマガワ)で、繋がる赤津川や永野川を遡っての水源は、前日光山系。日光を開山した勝道上人(修験道)の修行エリアの一つで、その影響下にあったためか、栃木周辺地域には、星の宮神社(金星)や妙見神社(北極星)の建立が、複数みられます。因みに、善野サジヘイ、釜サ、と、地元では、濁らないのが今の通称かと。
誤りがあるかもしれませんので、何かお気づきがあれば訂正してください。
(栃木に何の関係もありませんが、私のご先祖は、木谷藤右衛門/きやとうえもん 十代目、です。(@^^)/~~~)
いつもありがとうございます
ラットさん髪色綺麗ですね😊
蔦重と鶴屋さんの旅観てみたい😂なんか5分くらいでやってくれないかな(笑)
やっぱりお金があると文化的な物に触れたくなるんですね。倹約してたら手を出せないですもん😢
オレンジ、似合ってます!
きりゅうさんの妄想(?)面白いです! 蔦重と鶴屋さんの仲良し日光旅行、そんなの見てみたいに決まっているし♡ それを利用して栃木辺りで営業して、新たな販路を切り拓こうとする如才の無さ! 意地になって江戸で孤立する先日のドラマの彼よりずっと、私たちが思い描く蔦重に近いような気がします。そういう柔軟さのある人でしたよね。脚本家の方のいろんな思惑があると思うので、ドラマはドラマで楽しみますが、ちょっと今回ばかりは「べらぼう」見るのがしんどかったです。
いつも楽しく拝見しています。
いよいよ一橋治済の思うように動き始めて来ましたね。ドラマでは島津家当主が一橋家によく出入りしてしますが、どういう人物だったのか、茂姫以外の関わりなど、気になることいっぱいです。
ロシアが通商に来たり蝦夷開発で、松前はドラマでも描かれましたが、島津も幕末に向かってどんどん力をつけていった流れが知りたいです。
きりゅうさんの大河解説で、歴史が楽しくなりました、ぜひぜひ流れを教えてください。
栃木市には歌麿まつりというのが今もあるのですね。歌麿の愛した町、栃木市だそうです。知らなかったです!教えていただきありがとうございます。
「例幣使街道が通る栃木の宿は、東照宮に参拝する西国の諸大名も通り、にぎわいをみせた。 この例幣使街道の一部が今の中心街をなす大通りや嘉右衛門町通りであり、その両側には黒塗りの重厚な見世蔵や、白壁の土蔵群が残り、当時の繁栄振りを偲ばせている。」だそうです。
水戸の天狗党と聞いて芹沢鴨を思い出しました。三谷幸喜さんの新選組!が今月からNHKオンデマンドで初の配信となるので、また見返したいです。
栃木市の学校に通学してました。例幣使街道、巴波川など懐かしく聞きました。私が通学してた頃は寂れた街でしたが、今はなかなかの観光地になってます。