2025年10月1日、BASE Q HALLにて「第38回東京国際映画祭」(TIFF)のラインナップ発表記者会見が開催され、本年度のフェスティバル・ナビゲーターに就任した俳優の瀧内公美、コンペティション部門より坂下雄一郎監督と中川龍太郎監督が登壇した。
ラインナップ発表記者会見レポート
フェスティバル・ナビゲーター 瀧内公美「通常上映が難しい作品を観れる醍醐味」
瀧内公美は、2021年公開の主演作『由宇子の天秤』で第31回日本映画批評家大賞主演女優賞など国内外で多くの賞を受賞しており、本年も『敵』、『奇麗な、悪』(主演作)、『レイブンズ』、『国宝』、『ふつうの子ども』、『宝島』など、多数の映画作品に出演している。
第38回東京国際映画祭 フェスティバル・ナビゲーターについて
瀧内公美(フェスティバル・ナビゲーター)
この度、第38回東京国際映画祭でナビゲーターを務めさせていただくことになりました、瀧内公美です。
‐瀧内さんは元々、一映画ファンとして東京国際映画祭に足を運んでいたと伺っていますが、当時からどのような存在でしたか?
瀧内公美
はい。映画が大好きで、当時からずっと通い続けてきた映画祭ですので、今回ナビゲーターのお話をいただき、非常にありがたく、嬉しく、そして緊張しています。
‐瀧内さんにとって、東京国際映画祭とはどのようなイメージをお持ちですか?
瀧内公美
やはり一般的にイメージされる世界的な映画祭としては、カンヌ、ベネチア、ベルリンなどがあると思いますが、TIFFは国際映画製作者連盟(FIAPF)が認定する12大国際映画祭の1つです。アジア地域では、インドのゴア、上海、そして東京が認定されていますが、私は東京国際映画祭をアジアの最高峰の映画祭だと認識しています。
また、「アジアから世界へ」というイメージが非常に強く、先駆者的な、歴史の深い映画祭だと感じています。
‐映画ファンとして足を運んでいた身から、ナビゲーター就任の知らせを聞いた時、率直にどのようなお気持ちでしたか?
瀧内公美
まさに青天の霹靂でした。まさか自分にお声がけいただけるとは思ってもいませんでした。
それと同時に、「ナビゲーターって具体的に何をやるのだろう?」という思いもありました。これから皆さんと一緒にナビゲーターとして、何をやっていくか話し合いながらお仕事を進めさせていただきますので、ぜひ皆さま、映画祭に足を運んでいただければと思っています。
‐これまでTIFFに足を運ばれた中で、特に記憶に残っている作品はありますか?
瀧内公美
『百円の恋』(2014年/監督・武正晴/脚本・足立紳/主演・安藤サクラ)です。この作品は非常に印象に残っており、私自身もとても好きな作品でした。
‐1つを選ぶのは難しいと思いますが、今年の第38回東京国際映画祭で特に注目している作品はありますか?
瀧内公美
今からラインナップの発表があるところですが、今回はファーストインプレッションで、「これを見たい」と思った作品を絞り込みました。
私が絶対見たいと思っているのは、コンペティション部門から、パールフィ・ジョルジ監督の『雌鶏』、そして私がお世話になった中川龍太郎監督の『恒星の向こう側』、さらに『パレスチナ36』です。これに加えて、アジアの未来部門の『遥か東の中心で』、この4本は必ず観たいと思っています。
‐改めて、瀧内さんにとって「映画祭」とはどのような存在なのでしょうか?
瀧内公美
映画祭の醍醐味は、やはり国内で通常上映することが難しい作品を見られることにあります。そして、新しい作家との出会いの場所だと認識しています。
映画祭に通って「この監督は素敵だな」と思う作品を見つけ、その後、その作品が劇場公開されたら「また見に行きたいな」と思えるような、新しい原石を探す場所というイメージですね。
「コンペティション」部門 坂下雄一郎監督&中川龍太郎監督
コンペティション部門に選出された日本映画の監督、坂下雄一郎監督(『金髪』)と中川龍太郎監督(『恒星の向こう側』)が登壇。インタビュアーは、東京国際映画祭チェアマンである安藤裕康が務めた。
‐まずは一言ずつご挨拶をお願いします。
坂下雄一郎監督(『金髪』)
『金髪』の監督、坂下雄一郎です。よろしくお願いします。
中川龍太郎監督(『恒星の向こう側』)
中川龍太郎です。私の監督としてのキャリアは、12年前に東京国際映画祭に初めて作品を選んでいただいたことから始まりました。この場所に戻ってこられたことを大変嬉しく思っています。
‐坂下監督にお伺いします。今回はガラ・セレクション部門でも『君の顔では泣けない』という別の作品の上映もあり、同時代に2作品が公開される人気監督という印象ですが、TIFFに対してどのような思いをお持ちでしたか?また、今回コンペティション部門に選ばれたことについて、どう思われますか?
坂下雄一郎監督
東京国際映画祭には、もう10年ぐらい前、私が学生をしていた時、日本映画だけの上映部門「スプラッシュ」があったので、そちらに映画を応募したことがありました。ただ、その時は上映することはできませんでした。
それ以降は、観客として映画祭に足を運んでいました。今回、上映作品として選んでいただくのは初めてとなります。
過去に選出されなかった経験もあるので、時間をかけて、再びこの映画祭で上映させていただけることに、とても感慨深く、ありがたいなと思っています。
‐中川監督はこれまでもTIFFで何本か上映されていますが、TIFFについてどのように考えられていますか?また、今回コンペティション部門に選出されたことについてはいかがでしょう?
中川龍太郎監督
私は大学時代に作った自主映画『愛の小さな歴史』をTIFFの日本映画スプラッシュ部門で上映していただきました。その後、自身の体験を基にした『走れ、絶望に追いつかれない速さで』も上映していただきましたし、2年前には『MY (K)NIGHT マイ・ナイト』でガラ・セレクションに招待していただくなど、非常に縁深い映画祭です。
ただ、コンペティション部門に選出されるのは今回が初めてとなります。過去はコンペ作品を大きなシアターで「見る側」でしたので、坂下監督の作品とともに選んでいただけたことを、大変光栄に思っています。
‐坂下監督の『金髪』について、どういった経緯で、どのような趣旨で制作されたのか、簡単にご紹介いただけますか?
坂下雄一郎監督
前回、一緒に映画を作ったプロデューサーの方々と「次もまた一緒にやりましょう」という流れで、企画が始まりました。
企画のスタートは約4年前なのですが、当時、いわゆる「ブラック校則」がニュースなどで取り上げられるようになっていた時期でした。そこで、校則という題材を、しかもコメディとして映画にできるかという、本当に漠然とした思いから始まったオリジナル企画です。
‐中川監督の『恒星の向こう側』もオリジナル企画だと伺っています。制作の経緯をお聞かせください。
中川龍太郎監督
はい、この作品は完全にオリジナルでしかありえません。元々、2年前にTIFFのガラ・セレクションで上映していただいた『MY (K)NIGHT』の中に、母と娘の話が出てきます。
今回の作品は、親友の話を聞いたことがきっかけとなっていますが、「母と娘が二人で生きてきたものの、母親が余命短く、娘が言いたいことをまだ言えていない」というテーマに、私自身の人生で感じてきた親との関係も重なる部分がありました。
以前、TIFFで上映された自分の実人生と関係のある小説的な作品(『走れ、絶望に追いつかれない速さで』など)を作ってきたことに対して、一つの区切りをつけたいという気持ちがありました。
自分の内側から出てくるものをオリジナルとして、このタイミングで撮り切りたいという強い気持ちがあり、プロデューサーの方が理解してくださり、撮らせていただきました。
‐第38回東京国際映画祭で、特に期待されることは何でしょうか?
坂下雄一郎監督
これだけ特定の期間にまとめて色々な映画が見られる機会というのは、他にはあまりないと思います。シンプルに、映画を見る人が増えてくれることが、やはり最も大きな期待ですね。
中川龍太郎監督
10年以上前に私を選出してくださったプログラマーの部さん、そして今回、市山尚三プログラミング・ディレクターに選んでいただけたこと、両方に大変光栄に感じています。
映画祭は、プログラマーによるキュレーションが重要だと考えています。市山さんの、世界映画に対する素晴らしい「地図」のような選定を、多くのお客さんに見ていただき、新しい東京国際映画祭の素晴らしさを感じてもらえたら嬉しいです。私自身も今年は撮影中で行けなかった前回とは異なり、映画祭に行けそうなので、たくさん映画を見たいと思っています。
‐最後に、今回紹介されたコンペティション部門の作品の中で、個人的に特に興味のある映画はありますか?
坂下雄一郎監督
パールフィ・ジョルジ監督の『雌鶏』です。この監督の過去作である『ハックル』(白黒でセリフがほとんどない映画)を当時見ていて、非常に変わった面白い映画だという印象が強く残っていました。その監督の新作が見られることをとても楽しみにしています。
中川龍太郎監督
私は『虚空への説教』という作品が気になっています。これは「セリフがない映画」だと聞いています。そういった作品は、通常の劇場公開や配信では難しい、映画祭でしか見られない作品です。
また、ドキュメンタリー作品にも関心があります。ドキュメンタリーがコンペティション部門に入っていること自体に意義を感じていますし、ドキュメンタリーは私自身も挑戦したい重要なテーマだと思っているので、ぜひ見たいです。
瀧内公美×坂下雄一郎監督×中川龍太郎監督 記者との質疑応答
‐瀧内さんにお伺いします。先ほど(前述の会見パートで)、コンペティション部門の作品の中から、なぜ『パレスチナ36』を選んで見たいと思われたのか、その理由をお聞かせください。インドネシアではパレスチナを強く応援しているため、関心があります。(インドネシアの新聞記者)
瀧内公美(フェスティバル・ナビゲーター)
ありがとうございます。まずこの作品は、タイトルに「36」とあるように、1936年のパレスチナの出来事を描いたものだそうです。私は、現在問題とされている状況の「原流はどこにあるのか」という部分が描かれている点に、非常に興味を持ちました。
また、日本において俳優が政治的な問題について発言することは難しい側面があり、個人的な考えはあっても言葉にするのは難しいですが、それとは別に、映画祭でしか上映されない作品というものがあります。世界情勢やさまざまなことが絡み合い、劇場公開が難しい状況にある作品を、「今、ここでしか見られない」という理由で選びたいと思いました。そして、一人の人間として今見ておくべき作品だと感じたからです。
‐監督お二人にお伺いします。今回上映される映画の内容について、言える範囲で結構ですので、それぞれの見どころや、どのような作品になったか教えてください。また中川監督の『恒星の向こう側』の出演者の中に河瀨直美監督のお名前があったように拝見しましたが、これをどのように捉えれば良いのでしょうか?(NHK)
坂下雄一郎監督(『金髪』)
『金髪』は、ポスターや画像にもあるように、ある日突然、中学生たちが校則に抗議するために集団で金髪にして登校してくるという出来事から始まる物語です。基本的にはコメディとして制作しました。
この手の「おかしいことに声をあげる」という物語の場合、通常は生徒側が主人公になることが多いのですが、本作ではそれに対応する教師側を主人公にしています。
現代のルールというより「ルールみたいなもの」から少しズレてしまい、問題となっている校則を管理する側を主人公にすることで、それをどう対処しなければいけないのかという点を描いています。
エンタメ、娯楽映画として楽しんで笑っていただけたら嬉しいですし、同時に社会の抱える問題についても考えていただけたら幸いです。
(『金髪』は中学校教諭の市川(岩田剛典)が、生徒たちの金髪デモに振り回される姿を描いた作品で、ブラック校則やネット報道といった社会問題を背景としている)
中川龍太郎監督(『恒星の向こう側』)
(河瀨直美監督のキャスティングについて)本当に聞いてほしいところをありがとうございます。河瀨さん演じる母親役について、有名な方を含め素晴らしい俳優さんたちがやりたがってくださったのですが、私の中では河瀨直美監督一択でした。
皆さんは彼女にさまざまなイメージをお持ちだと思いますが、彼女は一筋縄ではいかない、ある種の厳しさを持った方です。その厳しさ、つまり彼女自身が持つ人間のパワーは、作品に非常に大きな影響を与えると信じています。
私は、俳優にとって感受性や内側にある「やっかいなところ」や「攻撃的なところ」も含めた人間的な力が、作品を面白くする資源だと考えており、河瀨さんはそのパワーの塊です。彼女がいるだけで、共演している俳優さんたち(福士さんや寛一郎さん)も萎縮(ビビる)するほどの存在感があります。
また、(私と河瀨さんの)どちらが監督なのか分からなくなるような迫力もあります。大先輩である直美さんの力を借りて、この作品を撮りたいという強い思いで出演をお願いしました。
‐河瀨直美さんの撮影で印象に残ったエピソードはありますか?
中川龍太郎監督
言えないことばかりなのですが(笑)。一つ、本当に面白かった話があります。
脚本上、夜のシーンで、あるフロアで撮った後、別のフロアで主人公(福地桃子さん演じるキャラクター)と母親(河瀨さん)が大喧嘩するシーンがあったのですが、その準備中に夕日がものすごく綺麗だったんです。
しかし、直前のシーンが夜の設定だったので、普通は夜に撮らなければいけません。すると私のもとに河瀨さんから連絡が来て、「龍ちゃん、そんな光の繋がり(連続性)なんかどうでもええ。感情が繋がるのが映画や」と言われました。
みんな準備がありましたが、直美さんの方が監督である僕より力があるため(笑)、慌てて「夕方だけど撮るぞ」となりました。
しかし、撮り始めたら空が曇ってしまったんです。困ったな、河瀨さんにも申し訳ないなと思っていたら、彼女が「晴れるで。こういうのは晴れるんや」と言ったら、本当に晴れました。
だから、彼女は前世が卑弥呼だったのではないかと思っています。私一人だったら、きっと曇ったままだったでしょう。そのシーンは(使わないと何を言われるか分からないので)ちゃんと使っています。
‐中川監督に重ねてお伺いします。コンペ作品の資料では『恒星の向こう側』の物語が抽象的でよく分からないのですが、話せる範囲で結構ですので、母と娘がどのような関係にあるのか、もう少し具体的にお願いします。
中川龍太郎監督
この作品の主人公の女性は、母親に対して非常に複雑な思いを抱えています。その母親役を河瀨さんに演じていただきました。
河瀨さんに演じていただきたかった意図として、通常の演技指導だけでは難しい、彼女の存在自体が持つ迫力が必要だったからです。彼女は演出家でもありますから、ある種の迫力があります。若い福地桃子さんや寛一郎さんが演じるキャラクターが、その迫力に怯えながら演技をする、というところを私は撮りたかったのです。それが私の狙いで、今回のキャスティングとなりました。
(福地桃子さん演じる)主人公の夫役が寛一郎さんで、河瀨さんから見ると娘婿という設定です。ちなみに寛一郎さんは、河瀨さんの最新作にも出演されており、そういった意味でも繋がりが深いキャスティングでした。
■フォトギャラリー
[記事・写真:三平准太郎]
コンペティション部門出品作品一覧
「コンペティション部門」 応募作品数()内は昨年数:1,970本(2,023本)/国と地域数:108(110)
※邦画作品の本数は76本で全体の中での比率は41.7%(昨年39.7%)
※ワールドプレミア(世界初上映)作品は41本(昨年33本)で全体の中での比率は22.5%(昨年15.8%)
※男女共同監督を含めた女性監督作品は43本(女性のみ36本、男女共同7本)で全体の中での比率は23.5%(昨年は24.4%)(同じ監督による作品は作品数に関わらず1人としてカウント)
※プレミア表記 は下記の通り
WP=ワールド・プレミア AP=アジアン・プレミア
作品名
プレミア
監督名
製作国
アトロピア
AP
ヘイリー・ゲイツ
アメリカ
金髪
WP
坂下雄一郎
日本
恒星の向こう側
WP
中川龍太郎
日本
ポンペイのゴーレム
WP
アモス・ギタイ
フランス
裏か表か?
AP
アレッシオ・リゴ・デ・リーギ・マッテオ・ゾッピス
イタリア/アメリカ
雌鶏
AP
パールフィ・ジョルジ
ギリシャ/ドイツ/ハンガリー
マリア・ヴィトリア
WP
マリオ・パトロシニオ
ポルトガル
死のキッチン
AP
ペンエーグ・ラッタナルアーン
タイ
マザー
AP
テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ
ベルギー/北マケドニア
母なる大地
WP
チャン・ジーアン
マレーシア
春の木
WP
チャン・リュル
中国
パレスチナ36
AP
アンマリー・ジャシル
パレスチナ/イギリス/フランス/デンマーク
虚空への説教
AP
ヒラル・バイダロフ
アゼルバイジャン/メキシコ/トルコ
飛行家
WP
ポンフェイ
中国
私たちは森の果実
WP
リティ・パン
カンボジア/フランス
オープニング作品
作品名
プレミア
監督名
製作国
てっぺんの向こうにあなたがいる
―
阪本順治
日本
センターピース作品
作品名
プレミア
監督名
製作国
TOKYOタクシー
AP
山田洋次
日本
クロージング作品
作品名
プレミア
監督名
製作国
ハムネット
―
クロエ・ジャオ
イギリス
第38回東京国際映画祭 開催概要
開催期間:2025年10月27日(月)~11月5日(水)
会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区
公式サイト:www.tiff-jp.net
TIFFCOM2025開催概要
開催期間:2025年10月29日(水)~10月31日(金)
公式サイト:www.tiffcom.jp