NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、戦後の混乱期を生きる人々の姿を描き出す物語だ。長期にわたる帯ドラマは、俳優の顔と名前をお茶の間に浸透させる大きな舞台であり、出演者にとってキャリアを広げる転機となる。今作に出演する俳優たちは、その勢いのまま同じ夏クールの民放ドラマにも登場している。異なるジャンルの作品を掛け持ちすることで見えてくるのは、俳優が見せる役柄の“振り幅”である。ここでは、原菜乃華、中沢元紀、鳴海唯、中島歩、七瀬公の5人に注目したい。
原菜乃華

『あんぱん』写真提供=NHK
『あんぱん』で原が演じるメイコは、朝田家の三女として物語に柔らかな彩りを与える存在だ。天真爛漫で好奇心旺盛な性格は、家族の空気を和ませる役割を果たしており、祖父・釜次(吉田鋼太郎)からも溺愛されていた。パン作りを手伝うシーンでは不器用ながら懸命に挑戦する姿が印象的で、その健気な姿に癒やされた方も多かったはずだ。恋心を抱きながら成長していく過程も描かれ、物語の中で最も“純粋さ”を体現した人物と言える。
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一方、『ちはやふる-めぐり-』(日本テレビ系)で演じる月浦凪は、瑞沢高校かるた部のエースという全く異なる立ち位置にいる。卓越した技術と冷静な判断力でチームを牽引し、後輩からの憧れを集める存在だ。彼女の視線や仕草は鋭く、言葉数は少なくとも圧倒的な存在感を放っている。メイコは家族の愛情に包まれて育つ守られる存在だが、凪は仲間の期待を背負い、自らの力で勝負に挑む戦う存在。その振れ幅こそが、原が見せる演技の広さをはっきりと物語っている。
中沢元紀

『あんぱん』写真提供=NHK
また、『あんぱん』で中沢が演じる千尋は、嵩(北村匠海)の弟であり、物語の転換点を担った重要な存在だ。幼少期は病弱であったが、努力を重ねて柔道に打ち込み、やがては逞しく成長する。その姿は“家族に希望を与える存在”として描かれていた。成長してからは海軍少尉として戦地に赴き、兄に「なんのために生まれて何をして生きるかが、わからんままおわるらあて そんながは嫌じゃか」という言葉を残してあの世へと旅立つ。戦争という時代の残酷さと、若者特有の未来への渇望。その両方を背負わせた千尋は、朝ドラにおける象徴的な人物だった。
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一方で『最後の鑑定人』(フジテレビ系)での都丸は、現代の刑事ドラマにおける若手ポジションを担う。科学捜査を信じ、鑑定人・土門(藤木直人)とコンビを組むが、理詰めの土門に振り回されながらも事件解決へ真っ直ぐ突き進む姿は、視聴者に爽快感を与えている。現場で駆け回るアクティブな所作や、時に感情を爆発させる熱血漢ぶりは、『あんぱん』の繊細で思索的な千尋とはまるで別人だ。中沢の二役を比較すると、その演技のスイッチング能力が際立ち、彼が次世代の主役候補と言われるのも納得できる。
鳴海唯

『あんぱん』写真提供=NHK
『あんぱん』で鳴海が演じた小田琴子はのぶ(今田美桜)の同僚記者という立場で物語に登場する。入社動機は「結婚相手を探すため」という意外性を持ちつつ、普段は控えめで落ち着いたキャラクターだ。しかし酒が入ると一変して饒舌になるなど、二面性を備えており、コミカルな要素でドラマに緩急を与えていた。衣装や仕草も上品で、昭和の女性像を軽やかに体現している点が印象的だ。
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対照的に『ちはやふる-めぐり-』では、アドレ女学院の競技かるた部の顧問として登場した。教師として生徒を見守る立場に立つことで、役柄に包容力と落ち着きをまとわせている。鳴海自身が俳優を志すきっかけとなったのが『ちはやふる』シリーズのエキストラ出演であったことを考えると、今回の出演は感慨深い。今回もメインの役どころではないが、鳴海の演技の緩急は素晴らしいものがある。控えめでありながら、ここぞという場面で温度を上げられるのは、鳴海が持つ確かな強みといえるだろう。