その勝利に大きく寄与しているのは、Armyの存在だ。この国際的なファンダムは、SNS上でBTSの存在をアピールし、コンテンツを十数カ国語に翻訳し、BTSの姿勢を反映するキャンペーンに数百万ドルの寄付を集める。Armyとは「BTSへの純粋かつ惜しみない愛の表れ」なのだ、とキムは言う。

「BTSユニバース」の誕生

だがどれほど熱烈なファンに囲まれていようと、そのグループがいつまでも活動できるという保証はない。キムは「K-POP製造工場」について説明してくれた。「世界中どこを探しても、これほど大量の音楽を組織的に若い人向けに投下し続ける音楽産業はほかに存在しません。ほぼ毎日のように、誰かのティーザー映像やミュージックビデオやアルバムが発表されるんです」。この競争の激しさゆえ、「アイドルの活動期間は非常に短命になりがちです」とキムは説明する。

BTSの寿命を伸ばすため、パンは大胆な手段に出る。リーダーのRMは言う。「HYBEからはいつも、スター・ウォーズやマーベルのような『ユニバース』をつくり上げることが重要なんだ、と言われていました」

BTSのミュージックビデオは、観る人の没入感を深めるようなものでなければならない、というのがパンの方針だった。「ふと思ったんです。ただ1本のミュージックビデオのためだけにプロットを考えるのではなくて、すべての背景に共通の大きな物語があると考えてみたらどうか、とね。そのほうがファンも、BTSの世界にどっぷりとハマれるんじゃないでしょうか?」

この方針の実験は、15年のシングル「I Need U」から始まった。そのミュージックビデオには、より大きな物語の存在を暗示するイメージが溢れていた。全体が暗い色調に彩られ、映画のようなシーンが続くそのビデオには、明るい色も手のこんだ振付も一切登場しない。映像は暗いストーリーを連想させる。

ひとりの少年が無表情のままバスルームの鏡の裏にしまわれた錠剤に手を伸ばし、もうひとりの少年は血にまみれた自分の両手をじっと見つめる。これがいわゆる「BTSユニバース」への最初の入り口だった。この代替世界のなかでは、7人のメンバーの代替バージョンが次々と襲ってくる悲劇のサイクルにとらわれ、そこから逃れ出ようともがき続けるストーリーが描かれる。

この空想上のシナリオは、ファンのなかに新たな熱狂的ファングループを生み出した。パンの狙い通り、ファンたちは膨大なファンアートをつくり上げ、各エピソードの意味についてさまざまな仮説を立てて意見を交換し合った。

BTSに関してHYBEが設定した方針はふたつ。メンバーたちがファンにとって身近な存在に感じられると同時に、フィクション化されたキャラクターとしてのメンバーたちは、さまざまな媒体にフランチャイズ化して展開できる存在であるということだ。

現在BTSユニバースからは27本のオフィシャルビデオがリリースされているだけでなく、その世界は書籍やウェブトゥーン、ビデオゲームにまで拡がっている。「前は、自分たちのことをただのアイドルだと思っていました」とグループ最年長のJin(ジン)は言う。「でもいまは、映画の主役を演じ続けているような気がするんですよね」

Enhypenとバンパイア

年に1度、2日間に渡って行なわれるWeverse Con Festivalは、HYBEの力を見せつけるための大規模なショーケースだ。24年6月のフェスティバルの会場となったのは仁川だった。ライブストリーミングを観るために、18,000人のファンが1番組ごとに66ドル(約9,800円)の料金を支払う。

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