東京五輪開催の逆風がショックだった
「不安しかありません」
この春、NHKを退局した豊原謙二郎アナウンサーは、本音を隠さず、そう明かした。29年間勤め上げた会社を離れ、新たにチャレンジするものとは何か。そこには、じつは「52歳」という年齢にも大きな意味があった。
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――この先、どうしようと具体的に考え始めたのはいつだったのですか?
「パンデミックでのスポーツに対する逆風が大きかったと思います。世の中が一斉に東京オリンピックの開催に対して否定的になりました。もちろん人命最優先であることを否定するつもりは毛頭なく、それが一番大事だという前提の上ですが、私は絶対にスポーツが必要だと思っていました。仙台局時代に2013年の楽天を1年間見ていたので、こういう時だからこそアスリートが姿を見せることが社会にとって力になる、と」
――ただ、オリンピックが標的になった。
「もちろん、いろんな問題もありました。でも、あの一辺倒な風潮がショックで。リオ五輪で『感動をありがとう』と言っていた人はたくさんいました。スポーツ実況アナウンサーとして、スポーツの大切さやアスリートの魅力を伝えてきたつもりだったけれど、あれ? 本当は何にも伝わってないんじゃないか……そう感じて、とても悲しかったんです」
――スポーツの価値をどう伝えていくかという課題。
「まさに、スポーツ界でも、そもそも『なぜオリンピックが必要?』という問いに答えられた人が少なかった。それも課題かもしれないな、と。これを自分たちの問題として捉えないとまた同じ問題が起きると思ったんです」
言ってみれば、一人会社の社長なんです
――それが会社設立の大きな要因になったわけですね。
「それを伝えきれてなかったのは、自分たちの問題ですから。それに、最近は“スポーツで熱狂はしてもすぐ消費されて終わってしまっている”ような気もしていて。もっと背景に何があるか。その背景にあるものをもっと大事にしませんか、という問題提起をしないといけないと思ったんです。社会を変えるとか、大それたことは思っていないですが、誰かがそれを言い続けることが必要。やっぱりそれは組織にいてはできない。自分が身軽になって発信していくしかないと考えるようになりました」
――新会社のホームページには、ビジョンとして「スポーツの価値を定性化し、社会で共有できるメディアになる」と掲げています。