暴き出すのではなく解き明かす。コシンスキーの根底には、人の手によって作られる優れた仕組みに対する深い敬意がある。精巧な時計の製造工程を捉えたドキュメンタリー映像を想像して欲しい。その複雑な内部機構を組み立てる技術を目にしても、時計の価値は些かも減じることがない。かえって、その緻密さとこれを実現する人間の手の御業というべきものに掛け替えのない価値をひとは見出すものだ。
コシンスキーの映画は、メカニズムについての映画だ。冒頭に『トップガン マーヴェリック』は奇跡の映画だと述べた。奇跡は、起きた時点では中身が解明されていない未知で満たされたブラックボックスだ。しかし、人の手によって生み出されたものであるなら解析することができる。その仕組みを学ぶことができる。
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本作『F1®/エフワン』の制作を通して、コシンスキーは『トップガン マーヴェリック』で奇跡を成し得た自らの映画監督としてのメカニズムを、あらゆる視点から見直し、分解、点検、分析し、また再び元通りに組み上げてみせた。
規格(フォーミュラー)化とは、天啓を所与の技術として自らに落とし込む作家の成長を意味する。成された奇跡を解き明かすことを試みた本作『F1®/エフワン』は、ゆえに監督ジョセフ・コシンスキーの〈プロフェッショナルのメカニズム〉を尊ぶ〈作家性〉を示す新たな〈代表作〉となった。
吉上 亮|RYO YOSHIGAMI
1989年埼玉県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。2013年『パンツァークラウン フェイセズ』でデビュー。TVアニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」のオリジナルスピンオフ小説『PSYCHO-PASS ASYLUM』『PSYCHO-PASS GENESIS』(以上、ハヤカワ文庫JA)を手掛け、のちに同アニメシリーズに脚本家として参加。ほかの作品に『泥の銃弾』(新潮文庫)、『テトラド1統計外暗数犯罪』(角川文庫)。
(Edit by Tomonari Cotani, Erina Anscomb)
※『WIRED』によるF1®の関連記事はこちら。
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