2026/03/06 19:00

夜々
「クラウドナイン」所属のシンガーソングライター、夜々(よよ)。彼女のファースト・アルバム『0:00』は、時計の針が刻む一日の流れをコンセプトに、孤独や余韻、希望、温もりなど、さまざまな“夜”の感情に寄り添う12曲を収録した作品だ。制作には川谷絵音、トオミヨウ、いしわたり淳治、Kaz Kuwamura、p.e.t、Night Tempo、andropなど、多彩なアーティストが参加。インタビューでは、夜々の音楽遍歴からアルバム制作の裏側まで、じっくりと語ってもらった。
さまざまな“夜”の感情に寄り添う12曲
INTERVIEW : 夜々

インタビュー&文 : 坂井彩花
撮影:つぼいひろこ
公民館で開催される発表会で歌い始めたのが、今のルーツ
──まずは夜々さんの音楽遍歴から、お伺いしていければと思っております。そもそもご両親が音楽好きだったとか。
夜々:そうですね。物心ついたときには、家や車のなかでずっと音楽が流れている環境でした。お母さんは、八神純子さんや中森明菜さんがすごく好きで。車のなかでコンサートDVDを何回も見返して、一緒に歌ったり踊ったりしていました。中森明菜さんの「サザン・ウインド」は、今でも振り付けつきで踊れます。お父さんは、若い頃にディスコへ通っていたらしく、海外のディスコミュージックを聴いていましたね。私が小さい頃の動画には、ディスコサウンドに合わせてフリースタイルで踊っている様子なんかもあって。両親の影響を受けて、和洋どちらも嗜んでおりました。
──小さい頃から、歌ったり踊ったりするのがお好きだったんですね。
夜々:はい。でも、人見知りだったから、家の外ではあまり表に出せなくて。幼稚園の頃なんて、朝礼で人前に出るのが嫌すぎて、泣きながら園長先生の横に立っていたくらい。今になってみれば、そっちのほうが絶対に恥ずかしいと思うんですけどね(笑)。小学生の頃も、手を挙げて発表とかはできない引っ込み思案な女の子でした。
──その後、人前に立てるようになるきっかけが、何かあったのでしょうか。
夜々:ダンスを習い始めた影響が大きかったと思います。小学生のときに、市民体育館でやっているダンスレッスンに友だちと一緒に通うようになってから、表現するのがどんどん楽しくなっていって。次第に他のダンススクールにも行くようになり、最終的にはいろんなスクールに通いました。

──当時は、どのようなジャンルを踊っていたのですか。
夜々:ガールズヒップホップみたいな感じです。最初の発表会では、ファーギーさんの曲を踊りました。ちなみに、初めて買ったCDもファーギーさん。ダンスを始めてから、どんどん音楽が好きになっていきましたね。
──初めて自主的に好きになったアーティストは、どなたでしたか。
夜々:『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』に出てくるハンナ・モンタナちゃんです。小学校高学年の頃は、本当に憧れの存在で。「ポップスターってかっこいいな。歌って踊って、キラキラしてる人って素敵だな」と初めて思ったアーティストなんです。演じているマイリー・サイラスさんの可愛さはもちろん、自分よりちょっとお姉さんなのもハマるポイントだったんでしょうね。サンタさんにアルバムをもらったり、部屋にポスターを飾ったり、真似して踊ったりしていました。今でも私の核のひとつになっていると思います。
──そこからどんなふうに、音楽への興味が広がっていきましたか。
夜々:歌うようになったのは、中学時代の部活動の影響で。ダンス仲間がみんなギター部に入るから「じゃあ、入ろうかな」と。当時はまだダンスレッスンにも通っていたので、金曜日と木曜日はダンスレッスン、他の曜日は部活でギターを触る日々を送っていました。それから定期的に公民館で開催される発表会で歌い始めたのが、今のルーツかなと思います。
──ギター部では、どんな楽曲を練習していましたか。
夜々:最初に練習したのは、ゆずさんの「さよならバス」です。一番上手く弾き語りできた子が、発表会で歌えることになっていて、見事に選ばれました!そのほかにも、阿部真央さんの「ふりぃ」や「I wanna see you」なんかも弾き語りしました。2つ上の代の部長が、歌もギターもとても上手で、当時は「先輩みたいになりたい!」と思って、必死に練習を頑張っていた覚えがあります。

