中村哲という大河を源流まで遡る、驚くべき本格的評伝

 北九州市若松区白山の河伯洞(かはくどう)は、作家火野葦平(ひのあしへい)の自宅兼玉井組事務所だった。今は作家の記念館になっている。館長の玉井史太郎(たまいふみたろう)氏(作家の三男、故人)は、「見た目も気性も外孫(そとまご)の哲(てつ)が一番似ている」と、一枚の集合写真を見上げた。そこには、揃いの法被(はっぴ)を着た郎党に囲まれた初代組長玉井金五郎が、腕組みをしてカメラを見据えていた。玉井組は石炭を船に積み込む仲仕(なかし)(ごんぞ)の口入れ業者で、芥川賞作家は二代目組長でもあった。

「外孫の哲」とは、葦平の妹秀子の長子、中村哲。確かに似ている。ずんぐりとした風貌も、確としたまなざしも。そして、中村の決断と行動の背後には、伯父葦平が『花と龍』に描いた祖父金五郎親分の影が揺曳(ようえい)している。

 戦乱に荒廃し、どの家にも火器があるようなアフガニスタンで、「丸腰が一番強いのだ」と言い切り、事業に邁進した中村哲は、歩く憲法九条であると同時に川筋者(かわすじもの)の面目躍如だ─そんなふうにわかったつもりになっていたことがいかに浅薄だったかを思い知らされた。中村哲の初の本格的な評伝が出たのだ。

 山岡淳一郎『炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅』。
 著者には、徳洲会を築いた徳田虎雄の評伝(『神になりたかった男 徳田虎雄』平凡社、二〇一七年)があるが、今作の冒頭近くにこの徳田が出てくる。はて、と首を傾げて読み進めると、徳田と中村の接点が明らかになる。これには驚かされた。そしてこの伏線は、二人の医師を対照させたあとがきでみごとに回収されるのだ。その読後のカタルシスたるや。

 自身はあまり語らなかった学生時代を含め、中村をめぐる群像が能(あた)うる限り呼び寄せられ、心情を語らされ、人によっては出自まで遡って活写される。真っ直ぐに人を愛する大きな人物が大勢を巻き込み、何かを目覚めさせ、人生を決定的に変えてしまう。生憎なことも、苦難も悲哀も歓喜も、すべてが滔々(とうとう)と流れて中村哲という大河になる。その水面(みなも)にはやはり聖性が漂っていると言うしかない。

池田香代子
いけだ・かよこ●ドイツ文学翻訳家

青春と読書

2026年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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