二週連続でタイトルに「裁判」の二文字が入っている映画を観ました。先週は『恋愛裁判』、今週はこれです。私は法廷モノがけっこう好きなのですが、どちらも裁判劇にはほど遠く、かなりがっかりしました。映画の出来どうこういう以前にマーケティングでいうところのターゲット客のはるか外側に私がいたということなのでしょう。好みの問題はいかんともし難いということですね。

この題材で私の好みを押し付けてしまうなら、もっと近未来ディストピア感をきっちりと描写してくれたら、興味を持って観ることが出来たかな。その雰囲気はこの作品では最後のオチの部分で多少は匂わせてはおりますが。裁判に「効率」という言葉はなじまないと思いますが、近未来ではAI判事が効率を重視し、疑わしきは罰するの方針のもと、どんどん被告を有罪にして処刑してゆく−−それを複数の被告で見せるみたいな流れだったら、私にとっては興趣をそそる映画になっていたかもしれません。この作品では途中からAIが感情を持ち始めてる感があり、なんだか中途半端な感じがしました。

またディストピアの方向には行かず、まともな裁判を見せるという手もあったとは思います。検事がAI、被告側の弁護士もAIで、判事と陪審員が人間とかの組み合わせなら、観てみたい気もします(逆に検事と弁護士が人間、判事がAIでもいいですが)。要は現行の裁判の仕組みのままで人間とAIが絡むところは観てみたいです。

この映画では被告になった主人公が寝起きのところをAI判事の前に拘束されたまま引きずり出される(しかもそこには検事も弁護士もおらず、AI判事と被告が一対一)ところから展開してゆきますが、自分の無実を90分以内(!)に証明しなければ即処刑の旨をAI判事から告げられた被告は、最初の2-30分は喚き散らしっぱなしです。90分などという短時間を設定するAIもAIなら、時間のムダ使いをする被告も被告ということで、脚本が雑な感じもします。その後、冷静になった被告(実は刑事だったりもします)が外の同僚を動かして物語を前に進めるということになります。で、外の出来事は物語の都合でどんどん展開してゆくわけです。一方、内の裁判のほうは、元々まともな裁判ではなかったので事実の積み重ねも証拠の提示もなく(そもそも検事がいないのでそんなこと望むべくもないのですが)、ひょっとしたらAIの作ったフェイク映像の可能性もある外の様子を映しながら進むという「トンデモ裁判」になります。

まあでも、ツッコミどころ満載なのにあまり対処もせず、雑な脚本もそのままで、いい加減な作りと言ってしまえばそれまでなんでしょうけど、あまり深く考えずにさらっと作ってしまったので、逆にそれがそこそこ楽しめるB級映画に結実したと言えなくもありません。思いっきりハードルを下げて、ところどころで「んな、バカな」とかの茶々を入れながら観るとけっこう楽しめる映画だとは思います。実は私もそれなりには楽しみました。でも、結局のところ、「AI裁判」というコンセプト自体が個人的に気にいらなかったんでしょうね。「AIなんぞに裁かれたくはないわ」と思ってしまいました。そう言えば、最近、スマホでニュースサイトを閲覧するのはいいのですが、アルゴリズムとやらで、読む記事の傾向が似通ってくるのが気になり始めました。AIはAIとして活用すべきところでは活用すればよいと思いますが、常に自分で考え、感じることを大切にしたいと思う今日この頃です。

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