本好きな著名人のオススメ本や書店に対する思いを語ってもらう特別企画「書店応援団」。今回は、東京都千代田区長の樋口高顕さんです。千代田区内にある神田神保町は、本の街として今、海外からも大きな注目を集めています。樋口区長自身も、「本の虫」を自称し、推理小説から政治の書籍、ビジネス書、中国の古典まで、様々なジャンルの本を読破してきたといいます。活字の大切さ、神保町への思いまで、様々に語ってもらいました。

(以下、樋口さんのインタビュー)

手触り、色合い… 紙の本への特別な思い

インタビューに応じる樋口さん(千代田区役所で)

紙の本には特別な思いがあります。小さい頃、父親に神保町に連れて行ってもらったのがうれしかったですね。新刊の書店さんで、海外の古代遺跡が特集されたカラー刷りの図版を買ってもらいました。図版の内容や手触り、色合いは今も鮮明に思い出します。ですから、神保町は私にとって特別な場所になっています。2025年には、英誌「タイムアウト」で神保町が「世界で最もクールな街」第1位に選ばれました。区長としてこの街を支援する立場になり、心から誇りに思っています。

探偵小説や歴史小説をむさぼるように読んだ少年時代

小学生の頃は、明智小五郎と小林少年が活躍する少年探偵団(江戸川乱歩著、ポプラ社)をよく読みました。「怪人二十面相」とかね。そこから、コナン・ドイルやアガサ・クリスティー、ハヤカワ・ミステリ(早川書房)にはまりまして。星新一さんのショートショート(超短編小説)もよく読みました。(中高一貫校の)巣鴨学園(東京都)では美術班に入り、油絵を描くなどしていましたが、通学時には本を読んでいました。学校の図書館に司馬遼太郎さんの著作のほとんどがあって、片っ端から読みました。そこから日本史が好きになり、戦国時代の武士や幕末の志士たちが活躍する姿にあこがれるようになりました。

子どもの頃から「本の虫」だったと自称する樋口さん

これは!と思った本の著者には、会いに行くことも

今も移動時間や昼休み、寝る前などに時間があれば、大体、本や資料を読んでいます。ある分野を知りたいと思うと、その分野の本や論文をまとめて読み、自分なりの「視座」を作るようにしています。一方で、田中角栄元首相が現場を知るために長靴をはいて田んぼに入っていったように、地元を歩いて感じた「空気」や「鼓動」を行政の施策に生かしていくようにしています。それは山間部や海沿いの自治体でも、千代田区のような都市部の自治体でも、本質は変わらないと思います。書籍と現場を行ったり来たりしながらチェックをすると、最適な「解」が出せると思っています。

「これは!」という本に出会うと、著者に会いに行くこともあります。東京都議会議員だった頃、中央卸売市場を築地から豊洲に移す話があり、また公園や舟運、漁業などの政策の立案に生かそうと、関係する書籍や論文を読み続けました。その中で、「水の都市 江戸・東京」(講談社)に出会い、著者の陣内秀信先生にもお会いしました。「近代日本の橋梁(きょうりょう)デザイン思想 三人のエンジニアの生涯と仕事」(東京大学出版会)の著者、中井祐先生にもお会いしました。中井先生のお話は後に、千代田区の公園づくり基本方針に生かされて、2025年度グッドデザイン賞で金賞をいただきました。

樋口さんは本を読んで「自分なりの視座」を作っている

自治体経営の観点から経営学の本も読みますが、ここ数年は、中国の春秋戦国時代の諸子百家や「貞観政要(じょうがんせいよう)」などの古典、近世だと荻生徂徠の「政談」や山田方谷の「師門問弁録」を読んでいました。今は、欧米の「自由」や「民主」の思想や価値観に興味があり、源流をたどっています。二千数百年前にも人間の知の営みがあり、当時の政治家や哲学者がどう感じていたのかを知るのが、楽しいんですよ。まず、ホメロスの「イリアス」や、ヘロドトスの「歴史」とかを読んでいます。

オススメの本は…

ですから、「オススメの一冊」を聞かれても絞れないのですが(笑)、特に感銘を受けた本の中から、いくつか挙げてみます。

京都大学の学生だった頃、興味を持ったのが政治です。大嶽秀夫教授のゼミに入りました。ちょうど、小泉純一郎首相による「郵政解散」(2005年)の頃でした。大嶽先生は「ポピュリズム」を研究されていて、ゼミ生のテーマは「政治家のリーダーシップ」でした。田中派のリーダーシップの系譜として、田中角栄元首相から始まり、竹下登元首相、金丸信元副総理、小沢一郎衆議院議員について、ゼミ生で分担して調べました。さまざまな書籍を読む中で、角さんにすっかり魅せられてしまいまして、いわゆる「角栄本」はもう全部読みましたね。

そうした中で出会ったのが、「派閥―保守党の解剖」(渡辺恒雄著、弘文堂)です。1958年、渡辺さんが32歳でこの本を書いたというのは驚きです。新聞記者が派閥の実情にここまで迫るのかと。政治集団を客観的に、はつらつと分析していて、文章の「熱量」がすごいです。

「派閥―保守党の解剖」(渡辺恒雄著 弘文堂)

続いて、「政治とは何か―竹下登回顧録」(講談社)を挙げたいです。御厨貴さんらによる竹下元首相のオーラルヒストリー(口述筆記)です。町議、県議だった当時の竹下元首相が夜行列車で上京する場面が描かれ、地方政治家の心情や胆力に興味が湧きました。まさか十数年後、自分が地方議員(都議)になるとは思いもしませんでしたけど(笑)。

「政治とは何か―竹下登回顧録」(竹下登著、講談社)

小説では、梨木香歩さんの「家守綺譚(いえもりきたん)」(新潮社)です。本の持つ「世界」に入り込みましたね。幻想的で、かつリアルでもある。四季や自然の描写が優しくて繊細で、はかないけども温かい。自分が住んでいた京都には鴨川が流れ、東山、北山、比叡山もあります。疎水の近くで季節の移ろいを感じながら暮らしていましたから、小説の雰囲気や描かれる風景が、京都の街と重なりました。1章1章、毎晩大切に読んだのを今でも思い出します。

「家守綺譚」(梨木香歩著 新潮社)

そして、「チベット旅行記」(講談社)。河口慧海というお坊さんが、1897年(明治30年)に「本当の仏教を学びたい」と、経典を探しにチベットに赴く旅行記です。神戸を出港し、インド、ネパール経由で鎖国中のチベットに入国し、ラサでダライ・ラマに拝謁(はいえつ)します。当時は英露のグレート・ゲームの渦中で、ついにチベットを脱出して、最終的には日本に戻ってくるわけですが、百数十年前の大冒険が描かれていて、びっくりしました。河口は求道者(ぐどうしゃ)だったので、知的で丹念な筆致でつづられていますが、どこか明るさやユーモアもある。当時のチベットやネパール、ヒマラヤの文物や風景、風物が生き生きと描かれていて、面白かったですね。

「チベット旅行記」(河口慧海著 講談社)

ふらっと本屋を訪れる楽しみ

今も、休日にふらっと本屋さんを訪れるのが楽しみです。本屋さんは私にとって、今も昔も「偶然の出会い」を提供してくれる場所ですね。書店員さんが選んだ本が並ぶ書棚を見ながら本を探していくと、内なる好奇心を刺激され、思いがけない一冊との出会いもあります。SNSも使いますけど、SNSの情報は「ユーザーが見る時間をいかに長くするか」という設計のもと、アルゴリズムによって、プラットフォーマー側が「これは、あなたのお好みの情報ですよね」と流してくるものです。それは、自ら外に出て出会う体験とはまったく違うと思います。

人間の脳には「認知バイアス」がありますから、最初に触れた情報とか、繰り返し何度もやってくる情報、わかりやすくぱっと結論を出してくれる情報を真実だと思い込んでしまう癖があります。また、不安や怒りを高める情報に出会うと、どうしても拡散してしまいがちになる。日本のように言論の自由が保障された社会ほど、「ナラティブ」(物語)が流行しやすい面があるのだろうと思います。一人一人が情報を読み解く力(情報リテラシー)を身につけることが、これまで以上に大事になってきました。

子供の頃から本を読んできたので、活字に親しむ大切さは実感しています。文字・活字は知の探究であり、文化を育み、理性を涵養(かんよう)する上で欠かすことはできません。感受性の鋭い子ども時代から本に親しめば、想像力や表現力が育まれます。そして読書習慣があれば、語彙(ごい)が増え、幅広い知識や教養、論理的思考も培われるようになると思います。情報の信頼性を判断する力もつきますね。千代田区では全国で初めて「ちよだリテラシー教育」を区立学校の教育課程に位置付けました。一人一人の情報リテラシーをどう涵養していくかに、力を入れようと思っています。

神保町への思い

「千代田区こそは」という思いは、神田神保町についても持っています。千代田区は新聞社、出版社、書店、古書店だけでなく、その源流である紙の卸、印刷・製本といった産業が集積する、世界的にみてもまれな街です。中でも神保町は約130の古書店が軒を連ねる世界最大級の「本の街」、まさに「知の集積地」です。

神田神保町支援について語る樋口さん

特にユニークなのは、古書の取引が行われる「東京古書会館」と、その古書市場の存在にあると見ています。いってみれば「神保町の中央卸売市場」ですね。豊洲市場(東京都)にマグロや寿司ネタ、タコ、エビなどのエキスパートがいるように、全国から集まってくる最高品質の書籍を、ジャンルごとに専門家が評価しています。そして、古書店主は誰よりも商品の価値に精通しています。大学や研究者が求める第1級の資料とか、海外のコレクターが探し求める本などを、買い手につなげるネットワークも持っている。まさに市場や流通をつかさどる核心の街です。

今、古書店街の活性化に向け、建物の建て替えやリノベーションをどう支援できるか、快適に滞在・回遊できる歩道空間をつくれるかなど、具体的な施策に取り組んでいます。

街の未来は、すべて「持続可能性」にかかってくると思います。古書店オーナーの多くは3代目、4代目ですが、紙の本が売れにくい時代です。事業を自分の子ども達に引き継ぎたいと考えている方はそう多くないと聞いています。ですが、ただ公費を投入すればいいという話ではない。産業の発散する魅力や湧き出る活力を育みながら、時代に即した事業形態に発展していくための手助けも、必要だと思います。

そんな中、最近は「シェア型書店」などで、比較的若い人たちが新しいビジネスをしようと神保町に集まってくる傾向があります。「活力」につながるうれしい動きです。そうした力を取り込みながら挑戦していけば、神保町の未来はきっと明るい。地域の方々と一緒になって取り組んでいきます。

【プロフィール】
樋口高顕(ひぐち たかあき)
1982年8月生まれ。大学で「政治の現場を学ぼう」と小池百合子衆院議員(兵庫6区→東京10区、現東京都知事)の事務所でインターンを4年間務める。京都大法学部卒業後、電通国際情報サービスの営業職を経て、2017年から東京都議を1期務める。21年の千代田区長選で当選、現在2期目。家族は妻と娘。

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