ハリウッドで活躍する日本人の稀少性、は前回12億ドルの興行収入を『ソニック』であげた弁護士兼プロデューサーの中原徹氏かスタジオジブリの鈴木敏夫氏以外にトップ500に存在しないことからも分かるし、そのCG制作を行ったMARZA社、『MINAMATA』に出演したハリウッド女優の岩瀬氏ドキュメンタリー映像としてのKeiko Bang氏のインタビューを通じてそこに加わるハードルの高さを伝えてきた。だが現在“国策”にもなっているロケ誘致、いわゆるハリウッド映画1億ドルクラスの経済圏に日本が部分的にも入りこむことができるのか、そこの解像度を高めるべく、米英をまたにかけるハリウッド「テレビ」ドラマと我々の知る映画とは違う世界で活躍するプロデューサーの石本仁氏に話を伺った。

 

■南極協力隊の父と写真家の母のもとに生まれ、インド・日本・アメリカ育ち

――:自己紹介からお願いします。

石本仁です。Element8 Entertainmentという会社を興してまして、いまは映画・テレビドラマの Producerとして活動しております。手掛けた作品は『The Pinkertons』(2014-15、カナダ西部を舞台にした警察モノのドラマシリーズ)や『Miss Scarlet & the Duke』(2020~、シリーズ6で現在30+エピソードになる米英合作の歴史系クライムドラマ。英Alibi、米PBS公開)など米国や英国のテレビドラマ作品が多いですね。

 

――:2020年からの『Miss Scarlet』は評価高いものの、AlibiやPBSなど日本人からするとアクセスが難しい世界のお話です。どうやって始まったプロジェクトなんですか?

当時わりと米国よりも英国で仕事をすることが増えていて、英国でやりたかったことの一つに、Period Drama(歴史モノドラマ)がありました。19世紀の英国モノってずっと白人の俳優だけで作ってきたんですけど、当時の時代背景を調べると結構国際的でアジア人もいたんです、ロンドンに。今のニューヨーク以上に多民族国家で、黒人もいたはず。それなのに出演者5名の枠に、有色人俳優は1枠だけ、みたいな選び方をしている。実際にはそこにいたはずなのに。それだと間違ったバイアスの中だけで記憶が再生産されちゃいますよね。

そういう時代をよりリアルに再現していきたいなと思いました。1890年当時、日本人の医者がいたり、店のパブのオーナーが東欧からきていたり、インド人なんかも登場させていく中で、「いままではこうだった19世紀ロンドン像」から「こんな人がいるほど多様だったの?」と人々の見方がかわるようなものを作っていきたい、と。

――:すでに6年続く人気シリーズになっています。石本さんはどんな役割で参加されているんですか?

6シリーズ目がちょうど先週(2025年12月末)でましたね。この作品での僕の役割はいわゆるExecutive Producerなのですが、具体的にはファイナンス、プリプロダクション(撮影前の準備)とスクリプト(脚本)、キャスティングなどをやっています。俳優にも直接会って、この人ならいいんじゃないか、というところまでやってます。プロダクション(撮影現場)にも顔は出しますし、ポストプロダクション(編集作業)も見にはいきますけど、だいたいお任せできる信頼できるチームだからあとはちょっとチェックするだけで終わります。現在はシーズン7の制作がもう始まってますね。

ただ1本1本の作品ごとにやることは違ってますね。起業でいうと「会社の立ち上げフェーズだけをやっている人間」という感じです。

――:いわゆる“ハリウッドプロデューサー”として活躍されている石本さんは、世界中をぐるぐるまわられており、インドにも造詣が深かったり、色々と不思議です。どういう育ちなんですか?

ちょっと経緯を全部説明すると大変なのですが、幼稚園入る前に2年ほどインドにいた時代があるんですね。ちょうど父が南極協力隊で2年間不在にしていたときに、母親がJICAの関係でインドに調査の仕事にいっており、そこで私を帯同していたんです。

――:ご両親もすごく変わったお仕事されていたとお聞きしました。どこで出会われたお二人なんですか?

変わっていたのかもしれませんね。父が北海道大学の山岳部でちょうどヒマラヤに旅行していたときに、ネパールにいた写真家の母と出会ったのが1960年代でした。そういう両親のもとで生まれているので、僕自身がどこの国籍か、というのがわりと曖昧な生き方をしています。

――:インドのあとは?

小学校あがるころにはインドから日本に戻って、中学校2年まではそのまま両親と日本に住んでいました。だからちゃんと日本で育った幼少時代ではあるんですが、その後に弟と妹も連れてアメリカに移住しており、再び日本に両親が戻るタイミングで、僕だけそのままアメリカにとどまったんですよ。だから中学校以降は基本的にずっとアメリカベースです。

――:日本生まれ、インド育ち、再び日本で幼稚園・小学校にいって、中学校からはずっとアメリカを中心に生活されている、ということですね。

中学校・高校でカリフォルニアやテキサスなど移動もありましたが、大学がUCバークレーで再びカリフォルニアに戻りました。その時は経済とか哲学の勉強をしていたので今のテレビ・映画の仕事とは全く違いますけど、最初に就職したのが通信会社のAT&Tでした。一時期、日本に赴任して六本木で勤務していたタイミングもあるんですけど、そこで日本やハワイ市場向けのマーケティングをしたり。そこからはニューヨーク(NY)にいったり・・・。もう自分でもよく覚えていないです笑。

  

■映画の世界に踏み出した20代後半、南カリフォルニア大学のトッププログラム入学で脚本賞

――:アメリカ育ち、通信会社勤務の石本さんが、どうやってハリウッドのクリエイティブ世界と接点をもつのでしょうか?

AT&Tは3年強いたんですが(1991~94年在籍)あまり大きな会社は向いていないな、と思うようになりました。会社でサラリーマン、という形そのものが難しいなと思って、ビジネススクールかロースクールにいくのもありだなと考え始めました。でも昔から映画が好きだったこともあってクリエイティブな産業に未練も残っていて、そのときに「Screen Writing」という授業が面白そうだなとNYU(ニューヨーク大学)で単科講義をとってみたんです。ちょうど20代半ばの時代です。

――:よくそんなに無縁だった映画の世界に突然飛び込みましたね?

ちょっと文章などは書いていましたけど、当時はまさか自分がドラマの脚本を書くようになるとは想像もしてなかったですね。当時AT&Tのマーケティング部のアジア人市場をみていたので、その一環で『Y&R(The Young and the Restless:1.3万話にもなる1973年から続くCBSの長編ドラマ)』を制作していた会社のCMのクリエイティブを見学していたときに、「うちで作っている映像を見てください」と言われて、なんかこれだった自分でEditorで作ったほうが面白そうじゃないか?と思ったんですよね笑。そんなきっかけでNYUでの授業が面白くて、その後に進学したのがUSC(南カリフォルニア大学)です。

――:石本さんのお名前は、別途中山がお付き合いしているStoriesの鈴木智也さん(博報堂出身で日米の広告エージェンシーStoriesを起業、USC大学卒業)からも推薦頂いてたんですよね。

私がUSCのプログラムで最初に入った日本人ですね(1995~97年)。その次にきたのがStoriesの鈴木さん(博報堂からの企業派遣で2007~09年)。なので日本人は相当珍しかった時代です。USCのプログラムのなかでPeter Stark Producing Program というのがあって、そこに入りました。

※USC(南カリフォルニア大学):1880年設立のカリフォルニア州で最も古い総合私立大学で、経営学・工学・公共政策などで全米トップ15に入るスクールでもあるが、なによりも1929年という黎明期に映画分野の学位として米国初で設立されたUSC School of Cinematic Arts(映画学部)は映画・映像の分野のほぼすべてのランキングで全米1位、世界1位を誇る業界のトップスクール。1973年以来、毎年アカデミー賞に毎年1人は卒業生がノミネートされ、過去256回選出、78回受賞(エミー賞は473回選出、119回受賞)。Douglas FairbanksやCharlie Chaplinなどを講師として招き入れ、歴代の卒業生にはGeorge Lucas(1967卒、『スターウォーズ』)、Shonda Rhimes(1994年卒、『ブリジャートン家』)、Kevin Feige(1995卒、『マーベル』シリーズ:現ハリウッド興収No.1)など。ジョージ・ルーカス、世界最古の映画学校で、現在も映画・映像での世界を目指す人材が世界中から集まるトップスクール。出身者に。なかでもPeter Starkは2年時より日中は有力な映画会社へのインターンが約束されており、“誰と知り合いになるか”が大事な映像産業において、キャリアの「ゴールデンチケット」でもあるプログラムだ。年25名で定数枠

――:Peter Starkは同期150名程度のUSCの大学院生のなかで毎年25名という「USCのトッププログラム」と聞いてます。石本さんのような“中途”で映画にというのは珍しいのですか?ハリウッドって大学卒業してすぐに映画業界、みたいな人達ではないのですか?

逆にそっちのほうが珍しいと思いますよ。ハリウッドで映画監督やプロデューサーになる人って、日本で言うと「中途」がほとんどで、大抵前職では全然違うことしていた人が多いです。友達でも『ER』とか『ザ・ホワイトハウス』(The West Wing)を書いている仲間がいるんですが、彼も脚本家になる前には普通にワシントンDCでPR・キャンペーンの仕事をしていた人なんです。そういう業務の経験がないと描けないですよね。

私の場合は最初メインの仕事にするつもりはなかったんですが、最初にかいた脚本が賞をもらったんですよ。USCに通っていた時には自分はビジネスの出身だし、ビジネス側で映像業界に入っていけるといいなと思ったんですが、その賞をとったことをきっかけに一気にCreativeのほうに舵を切るんです。「自分にも書けるもんだな」と思いましたね。

 

――:監督といえばジョージ・ルーカスとかスティーブン・スピルバーグのようなコースを描いているのですが、どんなキャリアであがっていくんですか?

これはハリウッドの特徴かもしれませんが、「Screen Writing」から入ってDirector(監督)になっていく人が多くて、逆にProduction(制作進行、カメラマン、エディター、マネジメントなどの各専門職)の専門職からは結構少ないんですよ。たまにLawyer(法律家)やAccounting(会計)からもいきますけど。

――:日本だと映画会社のExecutive Producer・Marketingなどのビジネスサイドと、制作のクリエイティブサイドがパッキリ分かれてますよね。だから社長で映画に名前残してても実はクリエイティブやったことがない人が多い印象です。対して、ハリウッドだと配給会社・制作会社の社長にしても、結構クリエイティブには携わってた人が多いな、と。

ShowRunner(テレビシリーズでプロデューサーと監督を統括する立場にあり、ビジネス・クリエイティブ両面で統括する)というシステムですよね。書いて、まとめて、最後は映像会社の社長になっていくんですが、そうした彼らのキャリアの立ち上がりとしては「書ける」力がなにより大事なんです。

――:日本にはそういうキャリアはないのでしょうか?

日本でもあるんだとは思うんですよね。ただ私自身が日本の映像システムをあまり知らないんです。アメリカでもプロデューサー連中に、「Jin、日本のライターでShowRunnerができる人はいないか?」というのもよく聞かれますけど、私はいつも思い当たらず、答えられない、ということが何度もありました。

 

■ワーナー元社長Bruce Bermanから『Matrix』参加へのゴールデンチケット断る

――:トップスクールのUSCでは現在活躍されているハリウッドのトップ人材とのコネクションもできやすいのでしょうか?

そうですね。例えば大学院では現役の経営陣やプロデューサーを講師としても呼ぶのですが、当時Warner BrothersのPresident、Bruce Berman※と接点ができたことがありました。気に入ってもらって、学校辞めてこっちにきて仕事しないかと言われたけど、その時は学校卒業してからじゃないと、と断ったんですよね。そのままJunior ExecutiveとしてBruceと働いていたほうがすごい機会にはなったと思うんですが、PeterStarkは2年目でのインターン先まで確定されているから、どうせ働けるしと思っていました。

勿体なかったですよね、その時彼がもってきたのが『マトリックス』のスクリプトだったんですよ。でも「これ、いつごろできるものなの?」と聞いたら、「2年待つ。ウォシャウスキー兄弟が書いたものをMillion(百万ドル)出して映画化権をいちおうアタッチメントで買ったけど、いまは寝かせたほうがいいんだ。そのうち銀行を入れて制作を進める」って言ってましたね。 

※Bruce Berman(1952~):ニューヨークのユダヤ人家族に生まれ、写真家になることを夢見ながらベニントン大学からカリフォルニア芸術大学の映画制作学科に入学し、映画制作に注力する。UCLAにも進学し、ジョージタウン大学ロースクールでは法学博士号を取得。学位取得後、カサブランカ・フィルムワークスでピーター・グーパーの助手を経てから1979年にUniversal Picturesに移籍。Sean Daniel(1951~:)やJoel Silver(1952~)の下で働きながら、制作担当副社長。1984年にワーナー・ブラザーズの制作部門副社長として入社しながら、『バットマン フォーエヴァー』 、『JFK』、『逃亡者』 、『ボディガード』などを製作し、1996年に独立してプランB Entertainmentを創業。ショーン・ダニエル、1997~2021年までVillage Roadshow Picturesの会長兼CEO,
※ウォシャウスキー兄弟:もともとはシカゴ生まれの兄弟でLana Wachowski(1965~)、Lilly Wachowski(1967~)はそれぞれニューヨーク・バード大学とボストン・エマーソン大学を中退し、シカゴで大工の仕事をしながらコミック創作をしていた。最初にかいた『暗殺者』が1995年ワーナー配給で映画化し、2作目の『マトリックス』が世界的ヒットになったのちに、『マトリックス リローデッド』と『マトリックス レボリューションズ』では脚本と監督を務めた。2008年に『マッハGoGoGo』に基づく『スピード・レーサー』だが。2人とも性別転換手術を行い、現在は姉妹と呼ばれている。

――:ハリウッドでは作品を10~20本単位で抱えて、座組が決まるまで相当時間がかかります。その「寝かせる」のはなぜなんですか?

スタジオで買う作品っていつできるかわからないんですよ。だからロングタームでいったん権利だけおさえておいて、マーケットがそうした原作に向いてきたなと思ったら交渉をスタートさせるんです。買っておいてライバルの会社に作らせない、というのも一つの戦略で、どこどこのスターがついたらしいとかそういった状況変化にあわせて実現度が変わってくるんです。

Bruceも歴史的に若いプロデューサーだったんですが、そういう「ハリウッドの政治」みたいなものに長けていました。このタイミングだとこういう企画が売れるな、というマーケットを読める人でした。

――:何事も戦略とタイミングなんですね。

いまヒットしているテーマならそのまま制作に出すけど、途中で景気が変わればプロジェクトを売るとか、本当に柔軟に対応してますね。

USCでも先生がよくいっていたのは「Luck(運)がきたときに、仕事がすぐにできるかどうかだ」と。それは運を待つのも大事だけど、それに向けて戦略をもっていくつものオプションを持ち続ける必要があります。アメリカは本当にハングリーな社会で、ちょっとでもこれはチャンスだと思う瞬間に飛びつかないとProducerになれない。一緒に長くやっているチームや人間がいて、そのネットワークで機会が開いた瞬間に一緒にやれるかどうか、なんですよ。競争率は高いですよ、世界中から人が来てますからね。

――:現在石本さん自身はどのくらいのプロジェクトを動かしているのでしょうか?「寝かせている」ものもけっこうありますか?

Development(開発中)で今、進めているのは25本くらいですかね。こういうのは脚本ができる/できないの状態のものが結構いっぱいあるんですよ。どこから資金をもってくるか、どの配給会社とやるかみたいな座組をずっと作ってます。

「Miss Scarlet」も3年間くらいかけて色々なところに売ってきましたが、英国のネットワーク(放送局)は「うちでつくってるジャンルだから必要ない」「このファンベースだとできない」と当初は断られまくりました。他の案件も全部そうですね、基本的にはRejectされることが大半です。

――:相当に根気がいる仕事ですね。驚くのはUSCでも学部生も含めた約500人の新入生に「君たちの中で一流の監督になれるのは0.5人だ。2年に1人しか生まれない。だからコネクションを作って、安定的なジョブを確保しながら機会を待て」という話を別途聞いたことがあります。“トップスクール”ですら、世界中から人材集めながら、その針の孔を通す確率で才能の選別に産学が共犯関係にある、という事実に僕は衝撃を受けます。

 

■儲かるのはテレビ>映画、チームとしても“まちづくり”に近い面白さ

――:映画とテレビの違いはどこにあるのでしょうか?日本の感覚だと「映画>テレビ」でどうしても世界に広がる映画をやることが花形なのかなと思ってしまうのですが。

そうですね、たぶん日本がハリウッドを理解するために重要な視点としては「アメリカは映画よりもテレビのほうが大事」という点ですね。一番大事なシリーズにはハリウッドも外資にタッチさせないんですよ。『バットマン』シリーズとかね。

映画とテレビは明確に分かれているんですよ。映画は外資も入れるんですが、テレビは生粋のアメリカ人・アメリカ企業で作られていて、入れさせない。それは実は映画に比べてテレビのほうがProfitable(利益が稼げる)からなんですよ。おいしいところは外資に負担させず、むしろ成功率の低い厳しい映画の世界に外資を入れていきます。

――:確かに。そう考えると「ハリウッド映画」ではなく「ハリウッドテレビ」に日本人の石本さんがいる、というのは相当稀少ですね。

私はいまは欧州のテレビ業界を中心に動いているんですが、テレビという特性もあるのかアジア人自体をほとんど見ることはないですね。何百人もくる国際カンファレンスで中国、日本で2人くらいずついて、珍しいな!と感じるような状況です。

――:映画とテレビで比較して、何がそんなによかったのでしょうか?

Storyとして「キャラクターが好き」なんですよね。テレビドラマだと本のように深くいけるんです。『Band of Brothers』のショーランナーだったTony To (DisneyスタジオのEVPを経て現在はルーカスフィルム制作部門社長、『The Pafic』なども手掛ける)の印象が強く残っていて、ああいった作品がつくりたいなと憧れていました。『プライベートライアン(Saving Private Rian)』(1998、パラマウント映画)よりも『Band of Brothers』(2001、Dreamworks/HBO)のほうが好きなんですよ。

 

――:なるほど、テレビのほうが作り方としても魅力的なんですね。

すごく魅力的でした。映画って3-4か月キャンプにいってそこで集中した急増チームで撮影だけして、あとは分かれて少人数でポストプロダクションをして完成にもっていく。だから毎回毎回新しいメンバーでやっているんですが、テレビだとそのシリーズをつくっている120~200人が家族みたいにずっと移動しながら創り続けていられるんですよ。だから面白くて。

よく言われるのは、映画は一軒家を建てるみたいな作業なんですが、テレビシリーズは村全体をつくる作業なんです。ここに2-3つこういうのがあったらどうだろう、とか道をつくったり公園をつくったりしながら、建物同士をつなぐコミュニティづくりができるんです。そうやってシステムができると、次に新しい人がはいっても、同じようなクオリティでどんどん村を拡張できる。それがテレビドラマが映画にまさるポイントです。

 

■「映像予算も税制優遇も小さく、使いずらい」日本は映像ロケ誘致では後進国

――:日本も現在はエンタメ産業を輸出基幹産業にすべく、ロケ誘致なども経産省でよく話題になります。日本は映像ロケの場所としてはどういう位置づけなのでしょうか?

あ~…そうですよね。すみません、確かに私も相談あったときには、むしろ日本を回避させちゃってますね。「Jin、●億円の規模で〇を撮ろうと思ってるけど日本で撮影ってどう?」みたいな話が結構くるんですよ。この間の時には「たぶんそれだと日本での撮影は難しいと思う。ニュージーランドかカナダでインセンティブとって撮影したほうがワークするよ。もしどうしてもアジアでっていうなら、若干ギャンブルはあるけどタイが一番いいと思うよ」と進めちゃいました。

――:タイがいいんですか!?

欧州から来た撮影チームがタイにすんでやり方教えて、映画界では「タイはすごい」に今なっていますね。システムが英語でやってしっかりしていて、どのフェーズからでも途中で撮影開始ができる。

カメラとGaffing(光を操る照明技術)が、すごいレベルなんですよ。撮影隊も「このチームをそのままアメリカにもっていきたいよ!」というほどで、欧州からきたチームがタイでやり方を教えたことから始まって、いまハリウッドのなかでは「タイはすごい」というのはだれしも言うようになりましたね。システムも英語にちゃんと対応していて、どのフェーズから入ってもちゃんとしたものが撮影できる。すぐにクランクインして撮影ができるセットアップができている

――:TV制作の歴史で言うと、日本のほうが断トツ長いんですがそんなの映像クオリティでタイに劣後するのでしょうか?

タイのProductionを観てみるとと、日本で同じお金を出して出てくるものとのクオリティの差が歴然ですね。日本は観光資源も多いし、食べ物の良さもあってもちろん魅力はあるんですよ。ただ日本で生まれてくる映像が、やっぱりアピールが弱いんです。もっと時間をかけていれば、よい素材になったはずなのに・・・みたいな作品が多いです。

日本のテレビ映像は出す予算の規模が小さいので、どうしても映像クオリティで競争劣位になってしまいます。私も日本のテレビドラマは見るんですよ。話は面白いんですが、どうしてもお金をかけていないビジュアルの映像が悪目立ちして、すごく気になる。なぜ照明がこんなになっちゃってるのか、と気になる粗が目立ってしまって、ライブアクションだと明確に「レベルが低い」と言われるポイントがあり、それで敬遠されますね。

――:中山もカナダで1997年カナダのマルチメディア税制を使ってゲーム会社を設立した経験があり、00年代のカナダや2002年『ロードオブザリング』や『ラストサムライ』でニュージーランドがロケ誘致の聖地になっていく過程※を実感してました。それ以外の国はどうやって“産業化”していったのでしょうか?

よく候補にあがるのがカナダ、ニュージーランド※、他には欧州でアイルランドとかオーストラリアとかセルビアとかですかね。アイルランドだと『ヴァイキング 〜海の覇者たち〜(Vikings)』 (2013~20年、Netflix)ですね。あれがきっかけでアイルランドが一大ロケ地になりました。

※それまでニュージーランドは『ピアノ・レッスン』(1993)や『乙女の祈り』(1994)を除けば一線級の映像が撮られたことのない“辺境の地”であった。辺境の持つ雄大な自然にCG技術をポストプロダクションで連携させる物語映画、という点で21世紀に入ってロケ誘致一大都市になったのがニュージーランドである(藤井 仁子(2008)『入門・現代ハリウッド映画講義』人文書院)

――:え、そうなんですか!?僕も2013年にカナダでドハマりしてました。最初につくったゲーム(未リリース)はあのVikingsに触発されたタイトルだったんですよ。もう『Game of Thrones』と一緒に夢中で見ていました。

そうだったんですか。『Game of Thrones』で“歴史モノ”が流行していったんですよ。最初にMGMがHBOの『Game of Thrones』に対抗するために企画したのが『Vikings』でした。でもそのヒストリーチャンネルの戦略変更でMGMがドキュメンタリー路線にシフトして、シーズン6で終了させてしまった。その続編をめぐって各社が競争し、新しいプラットフォームで100年後の世界で『ヴァイキング: ヴァルハラ』(2022~、Netflix)が今やっているものですね。

そのMGM時代に私の友人がプロデューサーで入っていたのでよく聞いていたのですが、彼らがアイルランドのロケーションを使って撮影して大ヒットしたために、その後のアイルランド撮影業界においてアクター、ライターなどすべてが大規模になっていくんです。『スターウォーズ』新三部作(『フォースの覚醒』(2015)『最後のジェダイ』(2017)『スカイウォーカーの夜明け』(2019)などもその後、アイルランドで撮影されました。

 

――:ロケ誘致ってそうやって“連鎖”していくものなんですね?

『Band of Brothers』(2001)も当時1時間あたりに英国の映画平均単価の2倍くらいの金額をかけた重厚なシリーズでした(10話累計で1.25億ドル、1話あたり1250万ドル)。しかも映画のように1本でおわるんじゃなくて10エピソード(話)やるわけだから撮影チームも撮影ロケ市場も大きくなるんですよ。それだけの量がとれるならと、英国でアメリカ映画がよく撮られるようになりました。その後英国のインセンティブも使いやすくなって、プロダクション力の向上にも大きな影響を及ぼしています。

オーストラリアも『パシフィック・リム:アップライジング』(2018)をやって成功して、これが撮影できるならと次にマーベル・シリーズがはいっていきました。もし『Shogun』(2024:撮影地はカナダ・バンクーバーがメイン)が日本で撮影されていたらあれが格好のロケ誘致の好材料になったでしょうね。「日本でも大規模な撮影ができるんだ」といえる1作があるかないかが大きいです。

――:日本でロケ誘致に成功した代表的な撮影作品はないのでしょうか?製作費100億円規模の『唐人街探偵 東京MISSION』(2021、万達)が30億円相当の経済効果と言われましたよね。

『Giri / Haji』(2019)も英国のBBC Twoが制作して Netflixで広がって成功しました。『Tokyo VICE』(2022、HBO MAX)で日本テーマのドラマがまあまあのヒットになった。それをみてプロデューサーは言うわけですよ。「「Tokyo VICE」あるなら「Shogun」も日本でつくれるんじゃないか」、と。コロナがあったので結果的には日本では撮影されなかったんですけど。

――:やっぱり口コミなんですね。

そのビジュアルにもとめているサンプルがあるかどうか、ですね。もしくはその場所で働いているよく知っているメンバーがチームにいたりとか。

全部口コミの世界です。いい作品をとったチームのラインプロデューサーが「あそこはひどかった。やめといたほうがいい」という情報があると一気にそのまま広がって誰も使わなくなる世界ですね。皆が情報共有しあっていて、「Netflixの〇はあそこで撮ったらしいんだが・・・」みたいな情報をもとに、じゃあちょっと新しい場所で予算見合いでコストにあった撮影にチャレンジしてみるか、と。

――:石本さん自身も海外ロケされてますよね?あの時はどうやってロケ地を変えたんですか?

「Miss Scarlet & the Duke 」も最初の1年はアイルランドで作っていたんです。ただ予算からみると、もうここで撮ったらオーバーになるというのが見えてきた。その後、撮影地をセルビアに移すんです。色々な国の情報・口コミを集めて、リストをみて比較しながら、じゃあ残りはセルビアだねといった具合です。

――:そうした中で日本の位置づけはどうなのでしょうか?

まずTax Incentive(税制控除)がない場所は基本的にリストには入ってこないです。日本もあるにはあるんですが、一言で言うと「使いにくい」ですね。「このタイミングで撮影隊をいれて、この期間内に撮らないとダメ。税制控除に入る金額はこれこれの用途でないとダメ」などとにかく要件が細かく規定をされていて、「本当に厳しいな」と感じます。

タイはTax incentiveもキャッシュフローでできるし、予算やその使用用途、期間などもクリエイティブ重視で柔軟なんですよ。『White Lotus』(2021~HBOのブラックコメディシリーズ)の今回のシリーズもタイになりましたね、本当は日本でやりたかったんですけど。彼らは観光地のプロモーション手段としても考えているし、ロケ誘致が現地の経済をなりたたせている部分が強いんですよ。1件成功させると、その後どんどん大規模予算の映画が来るようになってくる。スタッフも行政も当然ながら英語ができますし、現地でのエキストラの採用などもやりやすい。

(作品として大ヒットしなかったものの)Netflixの『マルコポーロ』(2014~16、Netflixオリジナルドラマ)はマレーシアで撮影されていたんですが、その時も近くのタイの技術の高いカメラチームが呼ばれてました。

――:あえてアジアで今順番をつけるとどうでしょうか?

アジアの中ではあえて撮影場所の順番をつけてしまうと、タイ、香港、韓国みたいな感じになってしまいますね。日本はほとんど入ってこない、というのが今の前提かと思います。韓国はNetflixが寡占すぎて最近は市場がずいぶん変わってしまってますが、「ここでお金を出して作れば、世界に広がっていく」という感覚があるんですよね。

――:この実写映像分野では韓国を見習うべきものが多い、というのが素直な実感です。

韓国と比べてみると、日本の実写映像は全然外の世界にでていないとは思いますね。アニメは本当にすばらしいと思うけど。私もあまり詳しくないんですが(これだけの量があるとどのアニメからみていいかわからない笑)、アニメ産業の中でやっている人が「もう海外とやりたくない」などという発言を聞くのは気になりますね。

 

■8割がユダヤ人の世界、日本人という圧倒的マイノリティをどう生かすか

――:USCのなかでもその後この業界にいる割合はどのくらいでしょうか?

25名中、2年後にちゃんと卒業できたのが15~16人くらいですかね。半分はアメリカ人ですが、残り10人くらいのうち2人がChinese American(中国系アメリカ人)でインド人、ブルガリア人、オーストラリア人で、日本人が私1人という感じです。年齢もバラバラで、20代半ばの私で真ん中くらい。30代半ばくらいのクラスメイトもいましたね。でもそうした25人のなかで最終的にLuck(運)を掴んで映像系の仕事に就けた人がだいたい4人くらいなので、たしかに狭き門、というのはありますよね。卒業したところで、「この産業だと食えないな」と会計士や弁護士になっていく人も多いです。

何が特殊かというと、やっぱりユダヤでしょうね。USCに入学して最初にもらったのは「ユダヤ語のニュアンス集」でしたから。テレビ・映画業界に一歩足を踏み入れるとすぐに気づきましたけど、本当に8割がユダヤ系の世界なんです。ユダヤ教についてもユダヤの言葉や文化についても、深く理解していく必要があります。

――:日本だと接点がなさすぎて、「ユダヤ人が牛耳る」都市伝説みたいな話ばかりで手ごたえがないんです。

本当に特定の人種でこれだけネットワークが違うのかと驚きます。私もユダヤ人のガールフレンドがいたことがあるんですけど、若いうちからその人種内での広大なネットワークがあるんです。エンタメ系と金融系については親戚、友人のなかですでに有名人がわんさかいて、そういう人たちと若いうちから交流していて、「こうやったらその世界のトップにいける」というパスが見えているんです。だから「そもそも生まれたところから違うんだな」ということを痛感しました。

――:「ユダヤの人脈力」ですね。金融・エンタメなど“誰もなりたがらない業界”だったからこそ、そのネットワークで自分たちの身を守った歴史からくるものだと思いますが。

インド系だとエンジニアリング・医学の世界では近いものがありますね。

日本人は真逆ですよね。日本企業の駐在員と話をする機会があって非常に驚いたこともありました。日本生命のアメリカ駐在の方だったんですが、「僕も駐在は1年と決まっていて、来年は日本にもどるんですがその後はどこに行くかはよくわからない。アジアかもしれないし欧州かもしれないし…英語ができるから必要なところに適宜“飛ばされる”」と。えええ、そんな世界があるんだと逆に驚きました。アメリカだと「どこに飛ばされるかわからない」なんて会社任せなんてありあえなくて。

――:石本さんは「日本人であること」は今のハリウッドのなかで何か有利に使えていることはあるのでしょうか?

あまり使えていないかもしれませんね・・・日本とやろうとした案件が2回あったんですが、最後の最後で出版社でNGとなってダメになってしまいました。個人的にはもうやらない、という決断をするに至った案件で、とても面白い本(話)だし、これはいい映像になるなと思ったんですが、著作権でなぜか出版社が交渉窓口で最初から最後までなにがOKでなにがNGかわからず、ずっと紆余曲折したうえで時間だけかかって、最後はよくわからない理由でNGになる。これではお金をかけたプロジェクトができるはずがない、というのが当時の感覚です。

――:日本の「悪習」ですね。著作権は作家のもので、出版権だけをもっている出版社が映像化権や舞台化権などは「代理人として窓口をする」ことになっているんですが、出版以外のビジネスになれていないことでの機会損失になっています。

それでも将来的には日本作品には携わりたいんですよ、作家さんと直接やれる案件だけですけどね笑。まだ言えない、日本のクリエイターに注目するドラマ作品に今入り始めており、今後は日本に渡航する機会も増えそうな状況です。『国宝』(2025)も素晴らしかったですし、『レンタルファミリー』(2025、HIKARI監督によるコメディドラマ、サーチライト・ピクチャーズ)など日本モチーフのものが流行るようになってきています。

――:生成AIによってハリウッドは現在も激震中かと思います。これからどうなっていくのでしょうか?

このIndustryは量が多すぎて、AIが入る余地が大きいです。今後はリミテッドシリーズが中心になるのか、映画にしたほうがいいのかまだまだ模索段階です。

ただ明確な傾向としてでているのはDisneyなどの大手は1年の製作本数が20本→5本とか、今後は1本1本にものすごいお金をかけた大作中心になりますね。USC時代からの親友のPaul Kewley※(オスカーで2回もアニメーション映画にノミネートされた人です)の作品は、彼がよばれて入った時点ですでに10%もの予算がディベロップメントで使われていて、そこから撮影が終わったときには予算は$200Mになります。さらに宣伝費が$200Mものっかって、合計4億ドル超ですからね。もうその時点で10億ドルの興行収入をとれないとProfitable(利益がでる状態)にならない。

トップタイトルはそんな感じで源泉された作品だけを作り、残りは安いところから買えばいいじゃない、という発想になっていくのではないかと思います。「当たるものしか作らない」状態ですね。

※Paul Kewley(1970~)英国の映画プロデューサー、モーターレース写真家としてキャリをスタートし、ヨークシャーTVのテレビプロデューサーを経てから1995年にUSC入学。Peter Stark Program奨学金を獲得し、『Change』(2011)や『A Shaun the Sheep Movie:』(2015)などを手掛ける。『ひつじのショーンA Shaun the Sheep Movie: Farmageddon』(2019)ではアカデミー賞で長編アニメーション映画賞にノミネート。

――:利益の確保が一番重要ですよね。

ただ一方でProfit(利益)よりもCash Flow(キャッシュフロー)のほうが重視されることもあるんです。それは興行収入さえあがっていれば、ファイナンスで銀行からお金が借りられるんです。業界外からみるとどれだけ映画作品が全世界にインパクトをもたらしえるかというところが重要なので。

テレビドラマは昔からずっとProfitableかどうかでやってきた。それがいまやケーブルカットで売上が落ちてきて、大変になっている。米国でもテレビはドラマが少なくなっており、いまはケーブルFXでなんとかもっている状態です。

――:日本はそんな中でむしろドラマ本数などは上昇傾向なんですよ。

日本だとAdvertiser(広告主)が離れないじゃないですか。それがメリットでありながら、ある意味Weakness(弱点)でもありますね。広告主が納得するいままでと同じようなものをやっていればいいじゃないかという視点が残っており、コストもジャンルもいまのまま、日本で受ければよいというものしかできない。

ハリウッドだと完全に世界のユーザー向けで作っていくから、だから成功すれば跳ねる。特にドラマは失敗という観念があまりなくて、米国内で売れてなくても世界中がマーケットになるのでどこかで当たればという感じで挑戦ができる。うまくいっているものはそのままシーズンが4期、5期とずっと続いていきます。結局ハリウッドがいいのは、「マーケットは世界だ」というのがすべての始まりにある点ですね。

――:どんどん世界に広がる大きな作品を作っていきたい、というのが石本さんのNext目標なのでしょうか?

決して「一番売上があがっている作品を作りたい」というわけではなく、むしろはじめに話した「村づくり」のように色々な村を作りたいなあと思ってます。そこで若いライターやプロデューサー、クリエイティブの人たちの成長や足しになっていけば業界ごと次につながっていくのではないかと思ってます。

 

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