
「過去と未来、行くならどっち?」という会話が発生するたび思う。べつにどちらでもないなあ。どちらがいいか考えたところで実現しないのだし。物語をつくろうとしている人間にあるまじき発言な気がするが、夢がありそうで実はどこにもない妄想話で盛り上がったのちにおとずれる虚しさが得意じゃない。
でも強いて言うなら過去がいい。確認したいことがたくさんある。
たとえば十数年前、私は居酒屋でバイトをしていた。
あのころ一緒に働いた子たちとのグループLINEが一年に一回程度稼働する。最近では私のデビュー作が出たという報告を唐突にしたことから、ずいぶん久しぶりにトークルームがあたたまった。
〈よかったら買ってね~~~~〉
〈買ってくれてうれしいよ~~~(号泣してる絵文字)〉
こんなことを打ちながら、自分の口調が合っているかふいにわからなくなった。当時はもっと遠慮がなかった気がする。親しいからこその口さがなさがあった。「とりあえず買ってくれ」くらい平気で言っていたと思う。
買ったよ、ありがとうというやりとりが何回か繰り返された数日後、遅れてこんな反応を返してきた子がいた。
〈おめでとう!すごいね!どうやって買うの?〉
どうやって買うの⁉ びっくりした。会わないあいだにこの子は俗世を離れて生きるようになったのか? それとも世の読書離れは想像以上に深刻だったのか……。少し迷った末、勇気を出して口さがない自分になってみた。
〈もしかして本屋さんに行ったことない⁉笑〉
これがバイトの休憩時間で生まれた会話だったら、軽く笑いあえただろう。でもLINEだとすごく煽っているかんじがする。保険で「笑」はつけてみたけれど。送信していいのか五分くらい考え、ええいままよと送った。返事はわりとすぐにきた。
〈行ったことない?は棘ありすぎw〉
これは……どっちだ。気分を害しているのか、本当に笑ってくれているのか。wの意味を読み取れない。同じ空間にいないって、空気感が伝わってこないって怖い! どうしたらいいのかわからなくなって、お辞儀のリアクションだけつけて会話を終わらせた。
あのころの自分が、彼女たちとどんなふうに会話をしていたのか確認したい。どこまでの無礼ならゆるしあえていたのか思い出したい。
でも過去に行くことはできない。だから過去が会いに来てほしい。LINE以外の場所で、あのころの私たちに、私たちの関係性にもういちど会いたい。
口調がわからなくても、関係性が変わっていても、顔さえ合わせれば当時と同じ時間がよみがえるんじゃないかと思ってしまう。けれどたぶんその期待は都合がいい。
久しぶりにみんなに会いたいよと送ってみた。返事をくれる人もいれば、くれない人もいた。過去が会いに来れないほどの未来が、少しずつやってきているのだと思った。
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村崎なつ生(むらさき・なつき)
静岡県下田市出身。作家。2024年、集英社ノベル大賞準大賞を受賞し、『片付かないふたり』でデビュー。
