ナチスが政権を握り、スターリンが独裁体制を固めた1930年代。芸術への圧力が強まる時代にあって、後世に受け継がれるべき傑作がいくつも生まれた。今月はそんな作品の数々を、勢いある中堅指揮者のタクトでお送りする。
深い絆で結ばれたテツラフ兄妹による滋味豊かなブラームス《二重協奏曲》[Aプログラム]はブラームスの《ピアノ四重奏曲第1番》。ナチスから逃れ、アメリカ西海岸に亡命したシェーンベルクにとって、この作品をオーケストラ用に編曲することは、敬愛する作曲家がいかに先進的だったかを世に知らしめるとともに、自分自身とヨーロッパの伝統との結びつきを、改めて確認する作業でもあった。
オリジナル編成の演奏では、しばしばピアノの厚い和音が、デリケートな弦楽器の動きを覆い隠してしまう。シェーンベルクの編曲の狙いは、すべての声部をクリアに聴かせることだった。彼は「ブラームスの書法を忠実に守った」と語っているが、果たしてそれはどうだろう。完成した編曲はまぎれもなく、1930年代に書かれたシェーンベルクの音楽である。それはともかく、この曲は今やオーケストラの重要なレパートリーとなり、各地で頻繁に取り上げられている。
ミヒャエル・ザンデルリンクは、大指揮者クルト・ザンデルリンクを父に持つ、著名な音楽ファミリーの出で、ドイツ音楽を得意とする。11年ぶりとなるN響定期に先立って、ベルリン・フィルやヘルシンキ・フィルでも同じ曲を指揮する予定。

《ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲》は、ブラームスが仲違いしかけていた親友のヴァイオリニスト、ヨアヒムとの関係修復を願い、自身をチェロに、ヨアヒムをヴァイオリンに見立てて書いたという。
それが理由なのか、2つのソロ・パートは常に寄り添い、時にはオクターヴでユニゾンを奏で、境目を見失うくらい密に絡み合う。まるで8つの弦を持つ1つの楽器のようだ。下手をするとメリハリのつかない、平板な演奏にも陥りかねないが、クリスティアン・テツラフとターニャ・テツラフにとって、そんな心配は無用であろう。7歳違いの兄妹である2人は、室内楽のメンバーとして度々共演し、この曲でも何度となく共にソリストを務めてきた。
兄クリスティアンによれば、これは「暗いことを語りながら、常に慰めを与えようと努めている」音楽だ。深い絆で結ばれた2人による、滋味豊かな演奏を期待したい。
指揮 : ミヒャエル・ザンデルリンク
ヴァイオリン : クリスティアン・テツラフ
チェロ : ターニャ・テツラフ
ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 イ短調 作品102
ブラームス(シェーンベルク編)/ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 作品25
不穏な時代に書かれた日本とドイツの音楽―山田一雄、ハルトマン、須賀田、ヒンデミット
[Bプログラム]の1曲目は、“世界のヤマカズ”山田和樹が指揮する“元祖ヤマカズ”の意欲作。マーラーの弟子、プリングスハイムに師事した山田一雄である。彼は作曲家としてだけでなく、N響の前身・日本交響楽団の専任指揮者として、戦前から戦後にかけての苦しい時代を支えた。
《若者のうたへる歌》は、新交響楽団(当時のN響)が主催した作曲コンクールの入選作で、1938年2月にローゼンストックの指揮により初演された。タイトルには、“若き日の充実した日記”といった意味が込められている。青春の光と影を織り込み、その最中にいる自身の荒々しくたぎる血潮や情熱を凝縮した作品だという。暗雲が立ち込める世相の中、安直なナショナリズムに与せず、本格的なオーケストラ作品を目指した作曲者の気概が感じられる。
続くハルトマンは、ナチスに抵抗の意思を示し続けたドイツの作曲家。ヴァイオリン協奏曲である《葬送協奏曲》も、1939年にチェコスロバキアを併合した政権への抗議声明である。
第1楽章には、チェコで宗教改革の狼煙を上げたフス派のコラール《神の戦士たちよ》が、第4楽章にはロシアの革命歌が引用され、悲しみと怒りに満ちた2つの中間楽章を縁どる。
強いメッセージのこもった難曲に挑むのは、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の第1コンサートマスターで、山田和樹の友人でもあるキム・スーヤン。

《画家マチス》は、16世紀のドイツ農民戦争で、農民と共に立ち上がった画家を主人公とするオペラである。ユダヤ人音楽家との協働など、ヒンデミットのふるまいを快く思わなかったナチスによって上演が禁じられ、これを批判した大指揮者フルトヴェングラーが公職を追われるという“ヒンデミット事件”の発端になった。同じ素材を用いた交響曲は、オペラの完成に先立って1934年に初演され、好評を得ている。
須賀田礒太郎も山田一雄と同じく、プリングスハイムに作曲を学んだ。《交響的序曲》は、NHKが主催した皇紀2600年を祝う作曲コンクールの入賞作で、《画家マチス》を下敷きにして書かれている。金管のコラール主題とそれを彩る弦楽器、中盤のアレグロ主題など、一聴してそれとわかる、いくつもの類似点があることから、ヒンデミットと組み合わせて聴くのは、面白い試みではないかと考えた。
不穏な時代に書かれた日本とドイツの音楽は、私たちに多くの示唆を与えてくれるだろう。
2026年5月14日(木)7:00pm
2026年5月15日(金)7:00pm
指揮 : 山田和樹
ヴァイオリン : キム・スーヤン*
― N響100年特別企画「邦人作曲家シリーズ」 ―
山田一雄/小交響詩「若者のうたへる歌」
ハルトマン/葬送協奏曲*
須賀田礒太郎/交響的序曲 作品6
ヒンデミット/交響曲「画家マチス」
ポーガがスケールの大きな指揮で迫る、ショスタコーヴィチの問題作[Cプログラム]の《交響曲第4番》は1936年の完成直後、ショスタコーヴィチ自身によって初演が取り下げられ、日の目を見るまでに25年待たねばならなかった。《歌劇「ムツェンスクのマクベス夫人」》が、ソビエト共産党の機関紙で「荒唐無稽」と激しく批判されたことを受けての判断だったと言われる。
確かに、両端の楽章が極度に長いいびつな構造、渦巻く不協和音、マーラー風のグロテスクな舞曲など、チャレンジングな要素がいっぱいで、この曲がわかりやすさを求める社会主義リアリズムの理念から、遠くかけ離れたものであることは明らかだ。発表すればスターリンに弾圧されたであろうことは、容易に想像がつく。
だからこそと言うべきか、近年、ヤニック・ネゼ・セガンやアンドリス・ネルソンス、クラウス・マケラといった、今を時めく指揮者たちが、競うようにこの曲を取り上げているのは注目に値する。混沌と矛盾に満ちた音楽は、作曲された時代の写し絵というだけでなく、21世紀の先取りのようにも感じられるのだ。
アンドリス・ポーガも、《第4番》に強いこだわりを持つ一人である。過去4回の共演で示した、スケールの大きな指揮ぶりで、多様な解釈が可能な問題作に迫るだろう。
プログラム前半では、ポーガと同じラトビア出身の作曲家、ヴァスクスへの共同委嘱作品を日本初演する。彼は旧ソビエト政権下、周囲の人間が次々収容所に送られるという悲痛な体験をした。30歳近くになって始めた作曲は、理不尽な社会に対する抵抗の手段だった。希望と痛みが共存する独特の音楽は、多くの人々の心をとらえており、筆者自身、最も好きな現代作曲家の一人である。《感謝の歌》と題された弦楽合奏のための新作が待ち遠しい。

2026年5月29日(金)7:00pm
2026年5月30日(土)2:00pm
指揮 : アンドリス・ポーガ
ヴァスクス/感謝の歌(2025)[NHK交響楽団、ラトビア国立交響楽団、ミュンヘン室内管弦楽団、オーストラリア室内管弦楽団 共同委嘱作品/日本初演]
ショスタコーヴィチ/交響曲 第4番 ハ短調 作品43
[西川彰一/NHK交響楽団 芸術主幹]
