気になるあのひとはどこで本と出会い、どう本に導かれてきたのだろう? 各界で活躍されている方たちがお気に入りの書店を紹介するリレーエッセイ「本は本屋にある」。第17回は、短歌、俳句、エッセイ、小説と幅広いジャンルで活躍中の作家・くどうれいんさんが出会った本屋です。

 岩手県遠野市で初めてその書店の前を通り過ぎたとき、おお、と声を上げたのは古い建物好きの夫だった。

「いまの看板、すごい」

 どっしりした屋敷のような建物の中に大きな看板が立てかけられている。横書きで右から〈内田商店〉と書かれた、黒字に銀色の、大変立派な漆喰の看板だった。車を停めて立ち寄ってみると、今も書店として営業をしているらしい。最新の本や雑誌の並ぶ明るい店内にほっとする。(ああ、町の本屋だ)と思う。暮らしにしっかりと寄り添っているのが店内に入っただけでわかる。その町に根付いた書店があるといううれしさを抱えて退店したが、それがまさかこんな深い付き合いになるとは。いまでは遠野のみなさんが親戚のように感じられて、内田書店のためならできることはしたい、と思うようになった。

 内田書店は遠野市で唯一の書店である。創業は1895年、ということは創立から130年なのだから驚きだ。『遠野物語』の街として知られる遠野は観光客も多い。遠野駅から5分ちょっと歩いたところ、歴史を感じる建物が多く並ぶ中心街で内田書店は本を売り続けている。柳田國男が遠野滞在の際に何度か内田書店に原稿用紙等を買いに来ていたと聞いたときは驚いた。

 店内には本をゆったり読んだり勉強したりできるフリースペースがある。二階には広いイベントスペースがあり、出版記念イベントや勉強会のみならず、「少年少女発明クラブ」の「工作実験コース」や「プログラミングコース」、「遠野書店怪談会」など、なにそれと深く聞きたくなるような催しを行っている。内田書店を見ていると、遠野で幼少期を過ごすこどもたちはいいなとうらやましく思う。本屋が元気でいる街はこどもも豊かに見える。

 店主の内田さんはお店を継ぐために遠野へ戻ってきており、それまでは印刷会社で働いていた。のほほんとしていて、シュールな四コマ漫画に出てきそうな男性。はじめての内田書店でのイベントの日、『桃を煮るひと』という書籍の刊行記念トークを終えて、お客さんもみんな退店したあたりで、内田さんは「ああっ!」と短く叫んだ。

「桃被るの、忘れてた……!」

 なんのことかと思ったら、このイベントのために桃の被り物を買って用意していたらしい。慌てて被ったままがっくり肩を落としている内田さんを見て、(この人、放っておけないかもしれないぞ)と思ったのをよく覚えている。あまりに口惜しそうだったので、がらんどうになったイベントスペースでわたしもその桃を被った。

 内田書店は悪・だ・く・み・として、現金で決済すればキャッシュレス決済の手数料の代わりに1回の支払いごとに 10 円を募金とし、1カ月間貯めたそのお金で毎月5名の遠野のこどもたちに欲しい本を抽選でプレゼントする「キャッシュ deとゲンキン プロジェクト」や、こどもたちが欲しい本をサンタクロースに頼み、その本を大人が買ってあげるという方式の内田書店独自のブックサンタを企画している。大人が読んでほしい本を渡すのではなく、あくまでこどもが自分で選んだ読みたい本を贈るというところにわたしはぐっとくる。書店の営業をするだけでもきっと大変なのに、遠野の未来に対して何かできることはないかと考えて実践しているところがかっこいい。

 これが内田さんの人柄によるものなのか、遠野の気風なのか、あるいはその両方なのかもしれないけれど、内田書店に纏わる遠野の人々はとにかくあたたかく、茶目っ気がある。明るく気さくで、けれど人を敬う誠実さがあってだれと話してもうっとりしてしまう。

 わたしが遠野でトークイベントをすると必ず大きな打ち上げになる。内田書店のほかに、こども本の森遠野という絵本がメインの図書館の職員さん、明がらすという和菓子を売っているまつだ松林堂の若女将、サンホビーというおもちゃ屋さん、移住してきたデザイナー、遠野でビールを飲みまくっている陽気なおじさん……。30代から60代の大人たちが、遠野がもっとよい場所になるために何をするべきか常に柔軟に考えて、みんなで悩みながら試している。内田書店は「町の書店」として本を直接手に取って選んで買うという行為をどうしたら未来に残せるか考えていて、遠野における学校現場以外の教育や文化活動を支えているように思う。

 書店だけの存続ではなく、「書店のあるこの町」の存続という視野を感じる。いま、苦しいことにどの「町の書店」もまさに「書店のあるこの町」のことを考えなければいけない状況に立たされているけれど、遠野の内田書店はその中で新しいことに挑戦しようとしている書店の一つだと思う。

 どれだけ嘆いても地方の人口が劇的に増えることは望めない。だからと言って、今すぐあきらめることはしたくない。遠野市のために誰か一人が躍起になるのではなく、手分けしてみんなでやる。「よい場所であろうとし続ける」人たちと交流すると元気をもらう。わたしもできることをやらなくちゃと素直に思えて、それがうれしい。

 そんなわけで、わたしが「町の書店」と聞いて思い浮かべるのは内田書店のあの立派な漆喰の看板である。

【執筆者略歴】
くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に、小説『氷柱の声』、小説作品集『スノードームの捨てかた』、エッセイ集『うたうおばけ』『湯気を食べる』、歌集『水中で口笛』、絵本『まきさんのソフトクリーム』『スウスウとチャッポン』などがある。近刊に、エッセイ集『もうしばらくは早歩き』。

【関連書籍】 
『氷柱の声』(講談社文庫)
語れないと思っていたこと。言葉にできなかったこと。東日本大震災が起きたとき、伊智花は盛岡の高校生だった。それからの10年の時間をたどり、人びとの経験や思いを語る声を紡いでいく、著者初めての小説。第165回芥川賞候補作。

『もうしばらくは早歩き』(新潮社)
新幹線、車、飛行機、ローラースケート、台車、たらい船、象、そして自分の足──多彩な移動手段を使った先に立ち現れるさまざまな風景。教習所の教官とのやり取りには笑いがこぼれ、自転車と紡いだ学生時代の思い出には切なさがあふれる。短歌から小説まで、言葉と心を通わせてきた書き手が贈る、一歩ふみ出すエッセイ集。

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