今、日本では毎日180冊もの新刊が発売されている。「読みたいけれど本が探せない」「何を読んだらいいのかわからない」。せっかく書店を訪れたのにその情報量の多さに圧倒されてしまい、回れ右をして店を出てしまった経験はないだろうか。そんな人たちにこそ本を届けたい―― 書店のステキな取り組みを追った。

いわた書店店主 全国から届く「カルテ」を元に

北海道砂川市、人口約1万5000人の過疎の街の国道沿いに「いわた書店」はある。売り場面積は約40坪、いわゆる街の本屋さんだ。たくさんの本が所狭しと並ぶ店内で、店主の岩田徹さんが真剣なまなざしで眺めているのが、全国各地の依頼者から届いた「カルテ」だ。

「カルテ」を手に店内で選書をする岩田さん。「全部は無理でも6~7冊、心に響く本を選べるよう心を込めています」と話す

カルテには、それぞれが「これまでどんな本を読んできたのか」、「何歳の時の自分が好きですか」「上手に年をとることが出来ると思いますか」といった質問項目への答えが記入されている。しばらく思案していた岩田さんだったが、何かひらめいたのか、ぱぱっと書棚から数冊の本を取り出すと、大きくうなずいた。カルテを書いてくれた人に是非とも読んでほしい本を選べたのだ。

岩田さんは2007年から、全国の依頼者の読書経験を手がかりに、その人の気持ちに寄り添う1万円分の本(約10冊)を選び出す「1万円選書」を始めた。7年後の2014年にSNSで話題になったことでブレイク。申し込みが殺到するようになった。

毎月200人 衰えない選書ニーズ

1万円選書は年初にいわた書店のHPで募集が開始されるが、現在は毎年、1月中で受け付けを打ち切る人気ぶり。応募してきた人の中から毎月200人を選び、カルテを送ってもらう。岩田さんは毎日5、6人のために本を選び続けては本のリストを送付。そこですでに持っている本だったことが判明すれば、また本を選び直すという非常に手間のかかる作業だ。

これまで本を届けた依頼者は2万2000人。「一生の宝物になった」「人生を変えてくれる一冊になった」。依頼者からの返信は感謝の気持ちで満ちている。

1万円選書から生まれたヒット作もある。

小説「カーテンコール!」(新潮社・加納朋子)は、1万円選書に繰り返し選ばれた結果、同店だけで6000冊以上が売れた。岩田さんのお気に入りは、「あなたは素晴らしい」という作中の台詞。「この言葉を届けてあげたい人が結構いるんですよ」と笑顔で語る。1万円選書に度々選ばれるために重版した作品も数多く、その都度、出版社や作家を驚かせている。

岩田さんは語る。「これまでの読書傾向にはなかった1冊、年代や経験を考慮した1冊を選んでいます。まだまだAIには難しいでしょう」。熟練の書店ならではの自信がある。

詩集「手から、手へ」(集英社、著者:池井 昌樹/撮影:植田 正治/編:山本 純司)も1万円選書で、3000冊以上を売り上げた

いわた書店はかつて閉店寸前だったという。同店をよみがえらせたのは「本を並べて売るだけじゃダメだ」という岩田さんの強い思いだ。「放っておいても書店に来て、本を買う人は2%くらいいる。でも、僕は残りの98%を振り向かせたい」

岩田さんの夢は選書サービスを全国の書店に広げることだ。「人々が『今度は誰に、どこの書店におすすめしてもらおうか』と迷うくらいになったら、書店や業界はきっと元気になっている」

全国の書店が連携 選書サービス「ブックカルテ」

岩田さんの思いは、少しずつ実を結んでいる。

大手出版社小学館の子会社エイトリンクスは2020年、依頼者と書店の仲介役を行う選書サービス「ブックカルテ」を始めた。いわた書店の協力でノウハウを取り入れ、全国の書店にも参加を呼びかけた。参加書店は、選書を行う書店員のプロフィールや得意分野を登録。依頼者は、誰に「選書」をしてもらうかを選んで申し込める仕組みになっている。現在、北海道から沖縄まで20都道府県の書店員55人が参加する。選書ではもちろん小学館の本にこだわる必要はなく、それぞれが、依頼者に合うと信じる本を、心を込めて選ぶ。

ブックカルテの書店員紹介画面。クリックすると詳しいプロフィールや得意分野を見ることができる

岡山県内の書店「本の森セルバ 岡山店」も2021年5月にこのサービスに参加した。いわた書店のように1書店だけで選書サービスを続けるのは大変だが、他書店と一緒にできるシステムであれば参加可能と判断した。これまでに約20件の選書をした書店員の横田かおりさんは「これまでの仕事で一番難しいと思ったけれど、一番やりがいがあった。本当に届けたい形で、本を届けられたと思う」と手応えを話す。

本の森セルバ岡山店の横田かおりさんのプロフィール画面

サービス開始以降、ブックカルテの評判は口コミで広がり、選書依頼は月に数十件に増えている。エイトリンクスでは2025年8月からあらかじめ20冊程度に選書したカタログから本を選んでもらう「BOOK GIFT」というサービスも始めている。同社の担当者・尾崎瑛仁さんは「書店や出版社の垣根を越えて読書文化が盛り上がればいい」と話す。

ビジネス書売り上げ急増の謎 答えがSNSに

人々を書店に向かわせるのは、書店員だけとは限らない。

東京都稲城市の大型書店「コーチャンフォー若葉台店」の統括マネジャー千葉國政さんは2024年12月、ある異変を感じた。1か月ほど前から、ビジネス書のコーナーの売り上げが急に増えたからだ。これ、という本があるわけではない。どのビジネス書もまんべんなく売れており、ビジネス書を読む文化が広がったのかなあと思うしかなかった。

しかし、気になる。何が起きているのか。理由を求めてSNS上を探し回ると、ようやく閲覧数の多い「読書系アカウント」に行き着いた。アカウント名は「ぶっくま」。ビジネス、教養書のレビューを分かりやすく書き込んでいた。ひょっとすると、このアカウントのせいかもしれない…。半信半疑のまま、店内にぶっくまで紹介する本を並べた「ぶっくまコーナー」を作ってみると、女性や若いカップルといった、これまでビジネス書の売り場では見かけなかった客層が目立ち始めた。数日後には「ぶっくま」を開設した井藤慎さん本人がコーナーの噂を聞きつけて来店した。

コーチャンフォー若葉台店に「ぶっくま」コーナーを作った千葉さん(左)と、自身の棚ができたと聞いて同店を訪れた「ぶっくま」こと井藤さん

書籍レビュアーたちの「ツナグ図書館」から書店へ

千葉さんの立てた仮説は当たっていた。

井藤さんから話を聞いてみると、コーチャンフォー若葉台店のビジネス書コーナーに異変が起きた11月は、井藤さんが、SNS上で書籍レビューをする約20人と協力してチーム「ツナグ図書館」を作った時期と一致していた。井藤さんは、信頼できるレビュアー同士が連携すれば発信力が高まるのではないかと考え、チームを作ったと明かした。

千葉さんは早速、ぶっくまコーナーに加え、「ツナグ図書館コーナー」も増設。チームのメンバーのSNS上で「いいね」が300以上ついた本を集めた売り場にした。すでに評判になっている本なので、売り上げは120~150%で推移した。

井藤さんらのアンケート調査では、SNSで本を探し、書籍レビューを読んだ人の約6割が、実際に書店に行ったことも分かっている。コーチャンフォー若葉台店に続けと、ツナグ図書館のコーナーを設けた書店は現在、全国50店以上に上っている。

コーチャンフォー若葉台店自体も、さらに進化。現在、店内の一角には32の読書系アカウントの一覧を張り出し、利用客の本探しの参考にしてもらっている。千葉さんは「書店や本を応援したい人は、ぜひ書籍レビューに『いいね』を押して、書店にヒントを送ってほしい。一緒に盛り上げましょう」と語る。

本選びの参考にしてもらおうと、閲覧数の多い読書系アカウントを一覧表示したコーナー(上)、同店の棚にはおすすめした読書系アカウントのプロフィール画像や投稿内容が飾られている

普段本を読まない人に、本を手にするきっかけを

SNSで話題になった本のインフルエンサーと言えば、1つの小説の魅力を1分ほどの動画で紹介している、けんごさんだ。「普段本を読まない人には『人気作家の新刊』『〇〇賞受賞』といった言葉は刺さらない」と話すけんごさんによると、「読後にどんな気持ちになれるか」を伝えた方が、本を手にするきっかけになりやすいのだという。友だちにすすめられた、好きな芸能人が感想を言っていたと、そんなちょっとしたきっかけも大事だとけんごさん。「本屋の外にいる、僕らの方がそういうのは得意かもしれません」

読書の魅力を届けるため、小説の紹介動画を発信するけんごさん。2023年2月にけんごさんが紹介した「アルジャーノンに花束を〔新版〕」(ダニエル・キイス/小尾芙佐 訳・早川書房)は、大反響を呼んだ

これから「読書」に出会う人に、どうやって本を届けるか。自分が心を動かされた作品を届けたいという書店員、本を愛するインフルエンサーの好循環が生まれれば、書店を訪れる人はまだまだ増やせそうだ。

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数字で見る「新刊書籍の出版数」

新刊書籍の出版数は、2013年がピークだった。その後減少傾向に転じているものの、2024年は年間6万5000点以上、1日約180冊の新刊が出版されており、自分に合う「本を探す」「本と出会う」のは難しい。新刊は約4か月で書店から返品され、一般読者の目の前から消えてしまう。「本の入れ替わりが早すぎる」と表現する書店員も多い。

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