『日経業界地図』は今年創刊21周年を迎えました。編集作業繁忙期には、外部から10人を超える校正士を迎え、時間も人数も増やして丁寧に校正していきます。今回は書籍編集に携わった3人の編集者に、作り手だから伝えたい、本書の見どころ、こだわりについて語っていただきました。後編は、編集プロセスや新装したカバーについてです。
索引だけでも4900以上
日経BOOKプラス 細谷和彦(以下、細谷) 『日経業界地図』といえば、圧倒的なデータ量が特徴ですよね。読者からすると、やっぱりどうやって編集しているのか、編集過程が知りたいと思います。いったい、この大量のデータをどうやって調べ上げているのかと。
第1編集部 茂木拓朗(以下、茂木) 日本の多くの企業は3月期決算で、決算情報をまとめて有価証券報告書を提出する期限は基本的に6月なので、そこからデータ更新を始めます。読者の皆様に新鮮な情報をいち早く提供すべく、2カ月という異例の短期スパンで編集し、8月に刊行します。
ただ、非上場などの企業になると我々では情報が手に入らないので、そこは日本経済新聞の記者の取材力がものをいいます。記者の皆さんが、日頃から交流のある企業にお願いして、データを入手してきてくれるのは、すごくありがたいことだなと思います。
更新したデータが正確なのか、相関図に誤りがないかといった内容をしらみつぶしに確認するのが我々のタスクです。1ページを校正するのに丸1日以上かかることもありました。
細谷 3月に決算、6月に株主総会という企業がつくる有価証券報告書を参考にしつつ、上場していないところは独自取材でつくりあげると。
茂木 そうですね。なかなか有価証券報告書が出なくて、3回目や4回目の校正作業でやっとデータの更新ができたページもありました。
第2編集部 栗野俊太郎(以下、栗野) 企業も生き物なので「社名が変わった」「経営統合した」など、いろいろあります。そのたびにデータを反映させます。業界の動きにも注意を払う必要があります。ホンダと日産の提携の動きなども校了ギリギリまで気になっていました。
また、社名の表記を書籍内で統一するのも大変で、例えば中国の自動車メーカーのBYD(比亜迪汽車)はBYDとすべきか比亜迪汽車とすべきか、中国語表記だと「汽車」が付かない場合もあり、どこに合わせるかも苦労しました。表記が違うと読みづらいし、別会社かと誤解されるので、極力そんなことがないように気を付けています。
さらに今年は誌面のデザイン変更もしています。全体的な色合いを落ち着いたトーンに変え、該当企業に日経平均株価構成銘柄であることを示す「日経225」のアイコンを付けたりしています。新デザインは今年の編集作業が本格的に始まる前に完成させ、昨年版のデータを流し込んだ上で事前に確認しています。ページが増えたので、書籍の厚みを感じないように、用紙も一段階薄いものにしているんですよ。
細谷 制作中はニュースへの感度を高くしておかないといけないんですね。この大変な作業は外部から助っ人も呼んでいるんですよね。
栗野 はい。10人以上のプロの校正士の方々が来てくれます。『日経業界地図』に関わって5年、10年という方も多く、一度は毎年の校正業務から離れたものの、「『日経業界地図』が好きなので」と、今年戻ってきてくれた人もいました。
ビジネス書など普通の書籍では、全部のページの校正用ゲラ(原稿にデザインを入れて本番のレイアウトでつくったもの)がいっぺんにDTP(制作)会社から出ますが、『日経業界地図』は業界ごとにゲラが分割してできてきます。業界がとても多いと、もうどれがどれだか分からなくなることがあるので、出たゲラは業界ごとに分けて、「初校」「再校」「3校」※と箱に入れていきます。アナログな手法ですが、これが本書を編集するうえで最もミスのないやり方なんです。昨年まではゲラを入れる箱に段ボール箱を使っていましたが、強度不足だったので、プラスチックのバスケットに変えました。
※(注)初校は最初の校正ゲラ。修正を施し、再校、3校と修正を繰り返しながらゲラを出す。
細谷 「仕分け」にも力を入れたと。だいたい何校まで出すんですか。
栗野 だいたい4校ですね。自動車業界など頻繁に動きがある業界は7校、8校ぐらいまで出して確認しました。
細谷 ゲラがそれだけ出るとなると、索引はどのタイミングでつくるんですか。
茂木 校了直前、最後の最後に、今年新たに加わった企業などの単語リストをつくり、それを昨年のものに付け加える……という作業を行います。
栗野 カバーで「4900企業・団体」をうたっているということは、少なく見積もっても4900の単語が索引にあるということ。大変な作業です。
「業界規模」がひと目で分かる工夫とは
細谷 索引の話が出たので、本のカバーの話も教えてください。今年は結構手を加えたのですよね。
第1編集部 黒田琴音(以下、黒田) はい、多分、この21年間でカバーを白にしたのは初めて。栗野さんは「白がいいんじゃないか」と賛成してくれましたが、今までは赤か黒をベースにしていたので「本当に変えてもいいのか」「のっぺりした印象になるのでは」という意見もありました。デザイナーとやりとりして、インパクトを出すために白だけではなく蛍光グリーンも入れて、さわやかな印象になるように工夫しました。
私にとって「業界」はいろんな企業が組み合わさったブロックのようなイメージ。そこでデザイナーとの打ち合わせ時に「何か構造物を入れたい」と言ったら、デザイナーがビル群のイラストを入れてくれました。
白ですっきりした印象のカバーですが、実はCMYK(青赤黄黒)の4色に加えて、特別の赤、銀、蛍光グリーンと計7色も使っています。私、「7色」を使った場合の見積書を見たのは初めてでした(笑)。通常業務では、最大でも4色なので。
細谷 先ほど「誌面デザインも変更した」とのことでしたが、具体的に変わった点は?
栗野 各企業の売上高・営業利益の増減(前年比)を「△」「▽」で可視化しています。10%以上増加しているなら上向き緑△、10%以上減少しているなら下向き赤▽としています。日経平均株価構成銘柄には「日経225」アイコンを付けています。
また、紙面の右端に「業界規模」を入れました。目盛りになっているので見やすく、「この業界は規模が大きいんだな」「わが社にも参入のチャンスがあるな」とお分かりいただけるのではないかと。
細谷 確かに。業界規模の金額が目盛りで入っていて親切ですね。「明らかに出版業界よりもゲーム業界は市場が大きいな」と分かります。
栗野 確かに(笑)。「アパレル」は8兆円で、「旅行」は34兆円、とパッと見て分かります。
細谷 それから、ページ右上には「関連業界」が入っていますね。
栗野 これも今年からの新しい試みです。その業界に近い業界、その業界とサプライチェーンでつながっている業界を掲載しているので、気になった業界をすぐに調べられます。ページの左端にはインデックスという、色を付けた見出しを入れています。「IT」「素材」「金融」といった大きなカテゴリごとにページを開きやすくなっています。
それから読者の皆様に直接関係はないかもしれませんが、今年から本文に記者の名前を入れています。「こんなにたくさんの記者が取材して書いているんだ」と知ってもらえたらうれしいですね。中には1人で6本くらい記事を執筆してくれた記者もいて、ありがたいことです。
細谷 では、最後に「こう読んでほしい」というメッセージを聞かせてください。
茂木 就活生にとってはB to B 企業を見るのに、すごくいいと思います。B to C企業は生活するなかで接する機会がありますが、B to Bは知らないことのほうが多いですよね。「こんな業界なんだ」「年収はこのぐらいか」とひと目で分かります。
本当にページの隅々まで工夫が詰まっているので、全部のページをめくってもらえたらうれしいです。パラパラ見ているだけでも、「こんな資料があるんだ」と発見がありますよ。
栗野 本当にこれだけ大変な本に関わってくれた記者、編集者、校正士の皆さんに感謝です。
黒田 本当ですね。これだけ集中力が要る仕事もなかなかないのではと思います。就活生からビジネスパーソンまで、幅広い方に手に取ってもらえたらうれしいです。
取材・文/三浦香代子 構成・写真/細谷和彦(日経BOOKプラス)







