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2026年1月、マーク・アーモンド約6年ぶりの来日公演が、ビルボードライブ東京・大阪で行われる。ということで、当方死ぬほどマーク・アーモンドファンなので、マーク来日の第一報を知ったその日から居ても立っても居られず、取り急ぎ逸る心を落ち着けようとマーク&ザ・マンバス「Empty Eyes」を朗々と歌いながら柱にガンガン頭突きしたりしているわけだが、そんなんで平静を保てるわけもないので、このRolling Stone Japan WEBを通じてマーク・アーモンドの経歴とその特異な魅力、はたまたこれまでの来日公演(東京公演は1986年の初来日から毎回行ってます)につきまして、これでもかとご説明(ソフト・セル『Bedsitter』MVのマークぐらい瞳孔の開いた瞳をグルングルン回しながら)。

ソフト・セル:左からマーク・アーモンド、デイヴ・ボール。1981年9月撮影(Photo by Rob Verhorst/Redferns)
ソフト・セル〜ザ・マンバス「退廃の美学」
マーク・アーモンドは1980年、デイヴ・ボールとのシンセポップユニット「ソフト・セル」のボーカリストとしてデビュー。1981年にはグロリア・ジョーンズのカバー曲「Tainted Love」が爆発的ヒットとなり、シングルチャート全英1位(105万枚売上で年間2位)、全米8位(ビルボードTOP100に43週連続チャートインはギネス記録)。続く1stアルバム『Non-Stop Erotic Cabaret』のビッグセールスとともに、イギリス本国では80年代ニューウェーヴの象徴的な存在の一つとして記憶されている。スロッビング・グリッスルやキャバレー・ヴォルテールのノイズ/インダストリアルとノーザン・ソウル、これらまったく異なる2つの影響源が有機的に合体した時、ソフト・セル独自の艶めかしいエレクトロ世界が先鋭的に轟く。デイヴ・ボールが一手に担う楽曲はメランコリックで扇情的なメロディラインを心拍数上げ気味に電子音調理、そこにエモーショナルの権化ともいえるマークの夜に属する粘液質な歌声が盛り上がり過ぎて半音上がったりして乗ることで、ソフト・セルというフリーキーテイストの異端児ポップが鮮やかに現出する。
マーク・アーモンドについて、その異形の歌が最大の魅力あるのは言うまでもないが、毒々しくもキュートでポップなルックスが彼の人気を狂熱たらしめているのもまた事実。初期にはフェリーニ『サテリコン』の登場人物もよもやの黒いアイラインを塗りたくったグロカワいいメイクを施し、眼球がデザインされたシャツを着て人骨と思しき禍々しい首飾りをぶら下げ、ゲイを公言している彼のプリティー溢れる立ち振る舞いと愛くるしい笑顔。もう好きにならずにいられる訳がない。国を問わずコンサート会場に女性ファンが多いのも頷ける。
1982年、マークはソフト・セルの活動と並行して、より内省的な表現を行う自身のユニット、マーク&ザ・マンバスを立ち上げ2枚の傑作アルバムを発表。1st『Untitled』ではThe Theのマット・ジョンソンをソングライターに迎えた退廃的なタイトル曲や、スコット・ウォーカー、ルー・リードといった病みの世界の住人たちの名曲の美麗なカバーを収録。2nd『Torment And Toreros』ではフラメンコ等のスパニッシュ要素を取り入れたストリングスとドラムマシンの邂逅サウンドに、マルキ・ド・サドやジョルジュ・バタイユが見え隠れする死とエロスの色濃い耽美な歌詞が痛くも美しい。経歴の初期、20代半ばにしてこれら完全試合のようなアルバムを2枚も作り上げた早熟な才能には脱帽する他ない。
特に初期、マーク・アーモンドの歌詞には「安っぽさ」や「猥雑」を偏愛する表現が頻出するのも、ファンにとってはたまらない要素だ。ソフト・セルの1stのカバーフォトのマークは、チープなペラペラの合皮ジャケットの襟を立てて着用し何らかのイリーガルなブツの売人っぽい様相、ガサガサ質感のヤバげな紙袋を懐から半分出してとことんスリージーであろうとしているし、なんならマーク&ザ・マンバスの1stシングルのタイトルはまんま「Sleaze」(安っぽい)。1980年頃のロンドンSOHOの薄汚れた裏路地の不健全なアトモスフィアを真空パックして見せる。

ソフト・セル『Non-Stop Erotic Cabaret』、マーク&ザ・マンバス『Untitled』のアートワーク
マーク・アーモンドには隠花植物のエロスと食虫植物のタナトスが混在し綯い交ぜになった独特の魅力がある。エロ・グロ・猟奇・SMの全部入り、気持ちいいまでに健全な表現がひとつもなくて素敵と言うしかない。マーク&ザ・マンバスの代表曲が「Torment」 (苦痛)という時点で聴く者を選ぶ音楽だと即座に理解できるし、故に不道徳な表現をこよなく愛する者は皆自分のための音楽だとしてとんでもなく熱狂する。ソフト・セルの1stに続く既発曲ダンスリミックスミニアルバム『Non Stop Ecstatic Dancing』のリード曲である「Sex Dwarf」のプロモーションビデオは、端的に猟奇的かつストレートに淫猥。なんらかの肉塊がぶら下がる真っ白な部屋の真ん中、裸で処理台に鎖で縛り付けられ恐怖に怯えるブロンド美女。成人用玩具店で購入した安物の偽皮ビキニパンツ姿のマークがさぁどう料理してやろうかとまさぐり目をギラつかせ、人体処理肉屋のデイヴがテキサス・チェーンソー・マサカーよろしく電動ノコギリを振り回し、その周りをあられもない姿の女たちが組んずほぐれつの肉弾パーティーを繰り広げるという素晴らしすぎて気絶必至の内容。まぁ、当然の如く放送禁止&即お蔵入り。そう来なくっちゃあいけません。
ソロ活動〜ソフト・セル再結成
1984年、ソフト・セルを解散、その2カ月後にマークはソロ活動を開始。演奏を担当するウィリング・シナーズ(The Willing Sinners)はアニー・ホーガンなどマーク&ザ・マンバスのメンバーが中心となっているため、同グループを発展解消させたものと見ていいだろう。ソロになってからはマーク自身がほぼすべての曲を書いている。歌詞はかつてのどストレートなエログロ要素満載のものから大人から子供まで愛されるポピュラーな表現に変わったものの、時折よく聞くと結構ヤバいことを歌っていたり相変わらずのマークで頼もしい限り(『Mother Fist and Her Five Daughters』というタイトルはトルーマン・カポーティーの短編小説『Nocturnal Turnings or How Siamese Twins Have Sex』から来ているものだというが、内容は端的に手淫の歌。シングルのジャケットが刺青だらけの男性の裸体の絵で相変わらずのどストレート)。マークのソロではソフト・セルと同じくカバー曲によるヒットが出ることがあり、1989年にジーン・ピットニー「Something’s Gotten Hold of My Heart」のカバーを彼と一緒にデュエットしたテイクは全英1位を4週連続獲得。マークのソロ活動での一番のヒット曲となっている。
2001年にはソフト・セルを再結成し、2002年に4枚目のアルバム『Cruelty Without Beauty』を発表。2018年にロンドンのO2アリーナで最後だと銘打った大規模コンサートを行ったものの、その成功によりまだやれることを確信しコンサート活動続行を決意、2021年コロナ禍のイギリス国内5箇所でライブを行う。2022年には5thアルバム『Happiness Not Included』(ナイスなタイトル名)をリリースし、翌2023年にはツアーも敢行。だが、2025年10月22日、6枚目となる次のスタジオアルバムの録音を終えた数日後、デイヴは自宅で眠っている間に亡くなった。ここ数年体調不良によりいくつかのツアーをキャンセルすることがあり万全の状態とは程遠かったものの、66歳の死は早すぎるという他ない。これでいずれ日本でソフト・セルのコンサートを観たいという淡い希望は叶わぬものになってしまった。残念でならない。
ソフト・セル、2023年のライブ映像
