「成功とは何か」といった抽象的なテーマのビジネス書が気になって買ってしまう。なぜなのか。組織開発専門家の勅使川原真衣氏は「成功哲学を扱ったビジネス書が売れ続けるのには、明確な理由がある」という――。


※本稿は、勅使川原真衣『人生の「成功」について誰も語ってこなかったこと 仕事にすべてを奪われないために知っておきたい能力主義という社会の仕組み』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。


図書館の本棚から本を選ぶ人

写真=iStock.com/Zephyr18

※写真はイメージです



人の感情を左右する技術

何かものを売りたいとき。世のなかに広く、それを買う動機となるような価値観、危機感を植えつけたいだろう。ただ、「きれい」なものを作ろう、とか「面白い」小説を書こう、というのは難しい。人それぞれに「きれい」「面白い」「楽しい」は多様だからかもしれない。しかし、これはどうだろう?


汚い

怖い


は、「きれい」などの感覚と比するとそこまでの多様性はないのではないか。


というのも、私にはこんな原体験がある。汚い、怖いは「作れる」のだな、と思わされた若き日の経験だ。


それは、私が大学院1年生の頃。修士で就職を考える学生は、修士課程に入ったら4、5カ月で当時就活が始まった。興味本位でとある消費財メーカーのマーケティング部門の就活プロセスに乗っかっていた。結果から言うと最終面接で落選したのだが、その選考というのは、生々しいほど実践的で、その会社のコアバリューを就活生にも惜しみなく開示するような刺激的な内容だった。あれから4半世紀近く経つわけだが、私はいまだに覚えている。


「ニーズはそこにあるのではない。こちらから創出するものだ」

「それをずばり『アンメットニーズ』と呼ぶ」


と。


「あれがあったらいいな、これがないと大変だな、の多くは、本人が気づいていない。だから僕らが『あれがないから大変なのかも?』『これがあればもっと楽で素敵な毎日なのに』と思わせてさしあげる。これが僕らマーケッターの仕事です」


と。


日本人を一瞬で縮み上がらせる言葉

一体どういうことか。たとえば、こんな謳い文句を耳にしたことがないだろうか。


「ただお風呂やシャワーでしっかり体を洗っていても、でかける際に汗をかいては、においのもととなる菌を放置することになる。出先では常にこういうスプレーを脇に当てて……とやらなきゃ、人として、女性としてダメ」

「これがお出かけ前のエチケット」


といった類だ。


これはもちろん嘘ではないのだろうが、「エチケット」と言われると、はっ! とするのが人の(特に日本人の)性さがだろう。周りへの配慮を貴ぶ文化に生きる私たちを一瞬で縮み上がらせるもの。それは、


「あなた、周りに迷惑をかけてますよ」


である。


これがきれいですよ、この映画面白いですよ、なんてことより、あなたは人として成ってない、と言われたほうが圧倒的に不安と恐怖を煽られる。福祉社会学者の竹端寛氏は「迷惑をかけるな憲法」とまでこの風潮を呼ぶ。もちろん、先のマーケッターの諸先輩方が「恐怖を煽りましょう」と言っていたわけではないが、価値観をじわじわ植えつけるようなマーケティング戦略であった。


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