書籍不況と呼ばれる中、ひときわ元気を発信し続けている本のジャンルがある。それが「絵本」だ。書店では今、売り場面積の多くを割いて絵本の専用コーナーを作っている。活字離れに加え、少子化も進んでいるにもかかわらず、なぜ絵本がブームになっているのか?

10年で売り上げ1.2倍 コロナ禍を機に再評価

出版科学研究所がまとめた「出版指標年報」の2025年版によると、24年の国内の絵本の販売金額(推定)は368億円。前年比4.8%増となり、15年の約1.2倍となった。

絵本の推定販売額

出版関係者らの話をまとめると、絵本の売れ行きが好調な理由には以下の3つが挙げられる。

① コロナ禍の「巣ごもり」で家族で過ごす時間が増え、親子が一緒に楽しめる絵本の良さが見直された
② 大人が絵本の良さに気づき、買うようになった
③ 人気が出るにつれ、絵本を手がけていなかった出版社も絵本を制作するなどし、市場自体が拡大した

2023年のベストセラーになった「大ピンチずかん」(©鈴木のりたけ/小学館、左)と、「パンどろぼう」(作・柴田ケイコ KADOKAWA)

2023年のベストセラーになった「大ピンチずかん」(©鈴木のりたけ/小学館、左)と、「パンどろぼう」(作・柴田ケイコ KADOKAWA)

異例の大ヒット絵本 福音館書店「おせち」

そんな絵本人気の秘密を探るべく、絵本のヒット作を次々に世に出している児童書出版大手「福音館書店」(東京)を訪ねた。

今、福音館書店のイチオシは、最新のベストセラー「おせち」(内田有美 文・絵)だ。正月のおせち料理を、写真と見まがう精緻(せいち)なイラストとともに、リズム感のある文章でつづった絵本で、おせち料理の1つ1つに、さまざまな願いが込められていることを紹介する。黒豆は「まめまめしく暮らせるように」、数の子は「子どもがいっぱい生まれるように」……。ハードカバー版は2024年11月に発売され、1年間で約12万5000部が売れた。1万部以上が売れればベストセラーだと言われる絵本業界で、異例の売れ行きだ。

以前から「日本の食文化をきれいな絵で1つずつ伝えたい」と考えていたという、書籍編集部の関根里江さん。書店をぶらりと訪れたある日のこと。書棚にあった雑誌の表紙の絵に目がくぎ付けになった。ケーキのモンブランがおいしそうな栗色に輝いていた。

「この絵、素晴らしい」。おせち料理をテーマにした絵本の構想がぱっと思い浮かんだ。イラストレーターの内田有美さんに相談してみると、内田さんもちょうど、おせちを描いてみたいと思っていたという。そのまま、文とイラストは内田さんが担当することになった。

おせち料理は、地域ごとに様式が異なる。このため、どの地域の人が読んでもあまり違和感がないように、いわば最大公約数的に料理を選んだ。料理も実際に料理研究家に作ってもらって絵のモデルにした。

幼稚園などに向けた月刊絵本シリーズ「こどものとも」の1冊として23年12月に売り出すと、あっという間に評判になり、書店販売分の在庫がなくなったほど。関根さんは「子ども向けに優しくかみくだいて説明する作りにしたことで、大人も簡単に楽しめ、たくさんの大人の人が反応してくれた」と手応えを話す。書店で孫のための絵本を探している途中で、「おせち」を手にした高齢者が「料理の意味を初めて知った」と感心して買っていくケースも多いという。好評を受け、同社は25年10月に英語版も発行した。

「おせち」人気からうかがえるのは、人気の絵本は、大人の心に訴えるものを持っていることだ。絵本は子ども向けに作られるが、実際に買うのはその両親や祖父母。彼らが絵本を手にした時の印象が決め手になるのだ。

福音館書店の「おせち」担当の関根さん(左)と「ぼくは ふね」担当の谷口さん

作家の半生を反映 心にずしりと来る物語

25年に第30回の節目を迎えた「日本絵本賞」。主催は全国学校図書館協議会(SLA)で、毎年、優れた絵本を選定している。今回、最高賞の大賞に選ばれた「ぼくは ふね」(五味太郎作)も、大人の琴線に触れる絵本だ。

海を進む小さな船。嵐に遭い、ヘリコプターで助けられるが、置いてけぼりにされる。「船」は、ある助言にはっと気づく。「あのね きみ みずにうかんですすむことに こだわりすぎているんだよ」……。

子どもが楽しめる船の冒険物語である一方で、人生経験を積んだ大人の心にもずしりと入り込んで来る作品。編集した谷口高浩さんは「五味太郎さんがご自身の集大成のつもりで作った本。五味さんが人生を振り返り、見つめ直したことや考えたことが反映されている」と語る。

谷口さんは、装丁も工夫した。中央付近に穴が空いた黒い「スリーブ」を表紙にかぶせ、表紙の船のイラストが穴を通して見えるようにした。スリーブを左にずらすと、穴には灯台や陸地のイラストが入り、船が航海に出て行ったように見える。日本絵本賞の選考会では、「本のたたずまいがとても良かった」とのうれしい評価を得た。

ロングセラーが多いのも、絵本の大きな特徴だ。

通常の書籍は基本的に新刊が売れる。しかし、絵本はそうではない。子どもは絵本を開くと、「絵」に見入り、何度も何度も繰り返し読む。その分、記憶に深く残る。その子どもが親になった時、かつて夢中になった絵本を、自分の子どもに買い与えるという事情があるからだ。福音館書店でも、「ぐりとぐら」「しょうぼうじどうしゃ じぷた」など、何十年もの間売れ続けているロングセラーがある。

一方、最近の絵本の売れ行きには、やはりSNSの影響が出ているという。「この本がいい」という投稿がSNSで拡散され、急に売れ出すことも多い。「おせち」の爆発的な売れ行きも、SNSでの反響が要因になったと見られている。関根さんと谷口さんは「ありがたいことだが、SNSの反響は予測できない。びっくりすることが多い」と口をそろえた。

絵本のことならおまかせ! 「絵本専門士」の活躍

「絵本専門士」は、ノンフィクション作家の柳田邦男さんや学識者らの提唱を受け、子どもの読書活動を充実させ、豊かな人格を形成させようと、国立青少年教育振興機構(東京)が2014年に設けた民間資格だ。25年現在、全国で717人が絵本専門士として活動している。

「かえるが、ぴょーん!」「こねこが、ぴょーん!」……。

25年9月、東京都荒川区の区立中央図書館で行われた、0~3歳が対象の絵本の「おはなし会」。司書の松尾絵美さんは、絵本「ぴょーん」(まつおかたつひで作、ポプラ社)を手に持ち、楽しそうに読み上げた。紙芝居のように、動物がはねあがる絵が次々に出てくる絵本に、子どもたちも目を輝かせていた。

松尾さんは、図書館司書でありながら、絵本専門士の1期生でもある。

2014年、絵本専門士という新しい資格の講座受講を募集していることを知った。「ボランティア向けの絵本の読み方講座などはあちこちでやっているが、絵本そのものを勉強する機会はあまりないなあ」。2日間の集中講座が5回行われ、絵本の歴史や編集の仕方、絵本の読み聞かせや各種ワークショップの技術など、絵本に関するあらゆることを学ぶ。松尾さんは「絵本は子どもだけのものではなく、大人にも通じるものを持っていることを知った」と振り返る。

1期生は30人。今でも同期同士、絵本に関する情報のやりとりをしている。荒川区内で行う読み聞かせ会の講師を同期の仲間にお願いすることもある。

松尾さんが絵本に感じているのは、絵そのものの芸術性だ。「1ページごとに絵としての作品がある。1枚ずつの集合体として読者に届く」。それぞれの絵の原画の美しさを知り、原画展を開いたこともある。

絵本を手に取る松尾さん

絵本専門士は年々応募者が増えている。現在は年間70人の受講枠があるが、今年度は約1300人の応募があった。倍率は15倍を優に超える「狭き門」だ。オンラインではなく、対面講座による質の高さがうりだが、講座は東京都内でしか開催されておらず、専門士の4割強が首都圏の1都3県に集中してしまっているという課題もある。

絵本の普及活動に関わる人をさらに増やそうと、国立青少年教育振興機構では2019年から、「認定絵本士」という制度も始めた。全国の大学、短期大学、専門学校に、カリキュラムとして絵本を学ぶ講座を設定してもらい、講座を受けた学生を認定絵本士と認めるものだ。児童教育や福祉をカリキュラムに持つ機関を中心に、25年現在、63機関が講座を設定しており、これまでに6000人以上の学生が受講した。

作家と共に絵本を企画し、実際のカラフルな本の形にしていく出版社、楽しそうなコーナーを作って絵本を販売する書店、そして、地域で地道に絵本の普及を進める絵本専門士……。絵本業界は今、川上から川下まで、熱気に満ちあふれている。

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