『時をかける少女』(06)、『サマーウォーズ』(09)、『おおかみこどもの雨と雪』(12)、『バケモノの子』(15)、『未来のミライ』(18)、そして『竜とそばかすの姫』(21)。これまでに国内外の数々の賞に輝き、日本のみならず世界中の観客を魅了し続けているアニメーション映画監督、細田守。そんな細田監督が“生きる”という壮大なテーマに挑んだ最新作『果てしなきスカーレット』が11月21日(金)に公開される。
MOVIE WALKER PRESSでは、スタジオ地図の作品の魅力をA〜Zのキーワードからひも解き、細田監督のこだわりと哲学に迫る連載を5回にわたりお届けする。第1回では細田作品の世界観を象徴するアクションや入道雲、第2回では家族や成長、ヒロインの姿をテーマに取り上げてきた本連載。第3回となる今回は、騎士やロケーション、師弟関係など、物語を支える舞台と人物の関係に迫る。この連載を読みながら、『果てしなきスカーレット』の公開を心待ちにしてほしい。
■K…Knight【騎士】
≪死者の国≫で目を覚ました『果てしなきスカーレット』の王女スカーレットは、現代の日本からやってきた心優しい看護師の青年・聖に支えられながら旅を続ける。聖は恰好こそ看護師の制服を着ているが、役割としては主君や困っている人々を献身的に助けようとする中世の騎士のようだ。
心優しい看護師の聖はスカーレットと共に≪死者の国≫で旅をする(『果てしなきスカーレット』) / [c]2025 スタジオ地図
そう考えると、剣を持つ戦士という狭義だけではなく、自分なりに誰かを守ろうとする騎士的なキャラクターが、細田守作品にはよく登場することに気づく。
真琴の学校に転校生としてやってきた千昭(『時をかける少女』) / [c]「時をかける少女」製作委員会 2006
『時をかける少女』の未来から来た転校生の男子高校生・間宮千昭は、まるで紺野真琴の盾のように、タイムリープを繰り返す彼女を必死に守ろうとする。『サマーウォーズ』の健二は内気な少年だが数学の天才で、剣ではなく頭脳で戦う者。夏希や陣内家、そして世界を守るために自らの力を振り絞る。『バケモノの子』の九太は熊徹の弟子として修行し、バケモノ界と人間界の架け橋となる。渋谷の図書館で出会った女子高生・楓を守る場面も。
修行した九太が楓を守る(『バケモノの子』) / [c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS
さらに広げて考察すれば、『竜とそばかすの姫』で主人公のすずが父親に虐待されている恵と知の兄弟を助けにいく行為など、同様の精神が作品群の要所に込められていることがわかる。自分の身を挺して誰かを守る…この愛と勇気こそが、細田守ワールドの中で特別に尊いものとされる至上の美徳なのかもしれない。
すずが父親から虐待される少年たちを救うために奔走する(『竜とそばかすの姫』) / [c]2021スタジオ地図
■L…Location【ロケーション】
生活空間のリアリティを大切にする細田守作品にとって、綿密なロケーションは世界観の要となるものだ。
長野県上田市を舞台にした『サマーウォーズ』 / [c]2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS
『サマーウォーズ』の舞台は長野県上田市。『おおかみこどもの雨と雪』では東京都国立市をモデルにした街での小さなアパート暮らしから、細田監督自身の故郷である富山県上市町をモデルにした自然豊かな田舎生活へと移動する。『バケモノの子』の人間界の舞台は文化や情報の目まぐるしい変化を反映し、常に多様な人々が行き交う渋谷。『未来のミライ』の舞台は神奈川県横浜市の磯子区と金沢区。くんちゃんがお父さんと一緒に自転車の練習をした場所は、根岸森林公園がモデル(ただし実際の同公園は自転車禁止)。『竜とそばかすの姫』の舞台は高知県。浅尾沈下橋や仁淀川、安居渓谷、高知市内の鏡川、JR伊野駅などが風景のモデルになっている。
すずの通学路として登場する川のモデルは高知市にある「鏡川」(『竜とそばかすの姫』) / [c]2021スタジオ地図
これらすべてがファンにとっては大切な舞台のモデル。写実的に描出された数々の都市空間や土地は、細田守作品の主人公のひとつと呼べるだろう。
■M…Master and Pupil【師弟関係】
『サマーウォーズ』では少年・佳主馬が祖父の陣内万助を“師匠”と呼び、少林寺拳法を習っていた。『おおかみこどもの雨と雪』では、雨が老アカギツネの“先生”に山の中で生きる術を教わる。『バケモノの子』では熊徹と九太の師弟関係が疑似的な“父と息子”の親密さに発展していく。
強さを求め、嫌々ながらも熊徹の弟子となった九太(『バケモノの子』) / [c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS
こういった師弟関係は細田守作品の中にしばしば登場するモチーフだ。親あるいは血縁にこだわらず、若き後続を育てる存在。これはFamily【家族】についての考察に関連したサブテーマと規定できるかもしれない。
■N…No Shadow【影なし作画】
『果てしなきスカーレット』の壮大でリアルな風景も見どころの一つ / [c]2025 スタジオ地図
キャラクター自体に影をつけず、リアルな風景の中で人物をシンプルに際立たせる細田守作品の特徴的な演出法。もともとは細田監督の古くからの盟友であり、現・スタジオ地図所属のアニメーター、山下高明の案だった。山下は劇場版『デジモンアドベンチャー』(99)、『おおかみこどもの雨と雪』、『バケモノの子』、『竜とそばかすの姫』、『果てしなきスカーレット』など多くの細田作品で作画監督を務めている。
キャラクターの存在感を際立たせるこの手法は、構図にも通じる。実写で言うところのカメラアイを振り回さず、同ポジションのカットを積み重ねていく演出など、細田作品では万人向けの”観やすさ”が丁寧に志向されている。
■O…<OZ>【オズ】
世界中の人々が集い、楽しむことができるインターネット上の仮想世界、<OZ>(『サマーウォーズ』) / [c]2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS
『サマーウォーズ』に登場したインターネットを介してアクセスできる仮想空間。<OZ>のデザインで細田監督と初タッグを組んだセットデザイナーの上條安里は、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』でも美術設定を担当し、『竜とそばかすの姫』では再び物語の舞台であるインターネット仮想空間である<U>をデザインした。ちなみに細田監督がインターネットを題材に作品を手掛けた作品には、インターネット黎明期のネットを舞台に描いた『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(00)もある。
<U>では、「As(アズ)」と呼ばれる自分の分身を作り、まったく別の人生を生きることができる(『竜とそばかすの姫』) / [c]2021スタジオ地図
文/森直人
