Text by Yuki Kawasaki
Photo by Hiroki Nishioka
東京発のショーケース & カンファレンスフェスティバル『CUEW』。その第1回目が8月18日(月)から19日(火)にわたり、東京・SHIBUYA FOWS & SHIBUYA XXIにて開催された。
今回のトークセッションにはアジアやヨーロッパ各国から12名のデリゲーツが参加し、2日間で計6つのテーマで知見を共有。音楽フェスのオーガナイズの方法論や海外アーティスト招聘のノウハウ、キュレーションの舞台裏など、さまざまなトピックが話し合われた。
本稿ではDAY2の模様についてお伝えし、各キーパーソンの想像力と知識を紹介する。この日の登壇者が関わるフェスは以下の8つ。
※DAY1のレポートはコチラから
Java Jazz Festival
インドネシアのジャカルタで毎年5月に開催されている世界最大級のジャズフェスティバル。南半球では最大規模を誇ると言われ、今年はJacob CollierやRayeなど世界的に活躍するアーティストを招聘している。今回は同フェスの代表者としてDewi Gontha氏が登壇した。
Maho Rasop
タイのバンコクで開催されるインディー系音楽フェスティバル。昨年11月にはUKのWhite LiesやUSのHippo Campus、韓国のSilica Gelなど各国からエッジの効いたアーティストが集結した。日本からも羊文学や坂本慎太郎らが出演している。
Bangkok Music City
バンコクで開催される国際音楽フェス&カンファレンス。アジア各国のアーティストや業界関係者が集い、音楽とカルチャーの新たな交流を生み出す都市型イベント。日本からも気鋭のアーティストがブッキングされている。今回は『Maho Rasop』『Bangkok Music City』の代表者として、共同主催者のSarun Pinyarat氏が登壇した。
Rio Loco Festival
1995年の初開催以来、コンサート、子ども向けプログラム、ビジュアルアート、DJセットなど様々なコンテンツを展開。フランス・トゥールーズ市内中心部に位置するガロンヌ川沿いの公園「Prairie des Filtres(プレリー・デ・フィルトル)」が中心的プログラムで、今年6月にはDJのCoco EmやRonisiaらカッティングエッジなメンツがラインナップを固めた。同フェスを代表し、キュレーターを務めるVincent Lasserre氏が登壇した。
Vagabond Festival(浪人祭)
2019年に台湾でスタート。2020年に台南・安平に移転して以降、国際的なフェスに成長し、台湾、タイ、日本、韓国、中国、イギリスなどのアーティストが出演してきた。来たる10月17日(金)から行われる同フェスには、日本からThe NovembersやTENDOUJIらが招聘されている。今回のカンファレンスでは、同フェスのプログラムコーディネーターのRanie Chen氏が登壇し、日本の音楽フェスティバル『SYNCHRONICITY』のオーガナイザー・麻生潤氏とトークセッションを行った。
Colours of Ostrava
チェコ最大の国際的な音楽フェスティバル。2002年から毎年7月に行われ、今年はIggy PopやSting、JusticeやThe Chainsmokersなどビッグネームが多数出演した。会場となるのは工業地帯を再利用した文化複合施設「Dolní Vítkovice(ドルニ・ヴィートコヴィツェ)」で、ユニークな空間づくりにも注目されている。登壇者は、同フェスティバルのアーティスティックディレクター兼カルチャープロデューサーを務めるFilip Košťálek氏。
Budapest Ritmo
ハンガリーはブダペストの音楽フェスティバル。今年で10周年を迎え、中東欧では最大級の規模を誇る。各国からルーツミュージックのアーティストを招聘し、多彩なミュージシャンがステージに立つ。登壇者として、ハンガリーおよびその周辺地域を拠点とするワールドミュージックの制作会社「Hangveto(ハンヴェト)」のディレクターであり民族音楽学者のBalázs Weyer氏が参加した。
She Arts Festival
エジプト初、女性アーティストに特化した国際フェスティバル。多様な分野で活躍する女性アーティストを特集し、彼女たちの物語を社会に共有する。プロだけでなく、多くの若手女性アーティストに対して活躍の場を提供している。登壇者は、同フェスの創設者であるNeveen Kenawy氏。.
Java Jazz Festival × Maho Rasopから学ぶアジア戦略
DAY2のセッションはSarun Pinyarat氏、Dewi Gontha氏を迎えてスタート。インドネシアとタイの音楽フェスティバルを運営する2人は、成長著しいアジア諸国のシーンを主軸にトークを繰り広げた。いかに自国のカルチャーを海外に紹介し、また国外のアーティストをどのように招聘し、またオーディエンスを呼び込むのか。フェスティバルのオーガナイズの枠を超え、様々なノウハウが明かされた。
Gontha氏は「自分たちは運が良かった」と切り出す。
「私たちは数年前に『Euronews』(欧州を中心としたニュースを多言語で提供する国際ニュース専門放送局)と提携していました。その関係は5年以上続き、60カ国以上に6つの異なる言語で宣伝することができました。そうして国際的な観客をより多く呼び込むことができたのです」
また、比較的アナログなやり方も重要だと彼女は語る。「例えば、フィリピン人アーティストのグループがいつもフェスティバルに来ています。最初は5人か8人の小さな団体でしたが、今では40人もの大きなグループで来て、友人や家族も連れてきてくれます。通常のSNSやオールドメディア以外のこうした方法で、私たちは海外からのお客さんを呼び込んでいます」
人づてや「リアル」を重要視するマインドセットはDAY1でも要所で語られていた。Pinyarat氏もまた、よりフィジカルなコミュニケーションが大切だという。バンコクのインディ系フェスティバル『Maho Rasop』を主催する彼は、「アーティストにとっての選択肢は、必ずしもフェスだけではない」と語る。
「ローカルのヴェニューに出演するのもとても役立ちます。バンコク市内では最近、新しいヴェニューがかなり増えてきました。COVID以前は東京に比べて非常に少なかったのですが、今では主要なところだけでも10店以上にのぼり、活動の機会が大きく広がっています。フェスからの招待がなくとも、様々な場所でパフォーマンスができます。楽しいですよ」
Gontha氏もこれに続く。
「みなさんはEd Sheeranが数年前にジャカルタに来た際のニュースを読んだかもしれませんが、彼がショーの2日前に地元のとてもシンプルなマーケットにあるレコード店に行ったことも話題になりました。その結果、多くの人がジャカルタに注目しました。こうしたアプローチも有効です。私たちのフェスに来るアーティストも、街のいろんな場所でコンテンツを作っていて、現地にいることを知らせる方法のひとつになっています」
Pinyarat氏はローカルのアーティストが世界的にブレイクした例として、Phum Viphuritの名前を挙げる。日本でもNulbarichやSTUTSとコラボし、来日公演やフェス出演も果たしている彼は、台湾に分水嶺があった。
「彼は現在、国際的に最も知られているタイ人アーティストのひとりですが、全ては2017年に遡ります。彼はデビューアルバム(『Manchild』)をリリースしましたが、タイでは英語でフルアルバムを出すことはあまり一般的でなく、国内では全く成功しませんでした」
「当時は本当に小規模な展開だったんです。しかしその後、彼は台湾の『LUCfest』というショーケースに招待されました。そのライブだけで、多くの人が彼をブッキングしたいと思ったんです。その一度のショーケースが彼の国際的なキャリアを押し上げました。そして同時に、彼のヒットシングル“Lover Boy”(2018年3月発表)の成功。この2つのきっかけで彼は国際的に大きな成功を収めました。そのショーケースは彼の人生を大きく変えたと言えるでしょう」
YouTubeにおける“Lover Boy”の再生回数は本稿執筆時点で1億再生超え。Gontha氏も「ショーケースがブレイクの一助になった例」として、Phum Viphuritを称えた。
「新しい才能が出てきたときに、私たちとしても機会を逃したくないですよね。Phumについては私たちもブッキングを試みたことがあるのですが、その時点で彼はすでに有名になっており、そう簡単に呼べるアーティストではなくなっていたんです。キャリアの初期に関われるかどうかは非常に重要ですよね」
Phum Viphuritはわかりやすい例だが、インディアーティストの活路は海外にもある。今に始まったことではないが、多くのヒントがアジアの多くに散見される。日本と台湾のフェスティバルコラボレーションの可能性については、この後のセッションでも語られている。
中欧最大級のフェスティバルから学ぶヨーロッパ戦略
DAY1に引き続き、チェコ最大の音楽フェスティバル『Colours of Ostrava』からFilip Košťálek氏が登壇。この日はより戦略的な目線で、同フェスの運営についてのノウハウが共有された。
同氏によると、『Colours of Ostrava』はチェコの第3都市であるオストラヴァの市民によって手探りで始まったという。「私たちは今も地元コミュニティとの繋がりを大事にしています。毎年この街のバンドを招待していますし、今年は初めてボランティアもフェスティバルに参加しました。地元の大学とも連携しており、3つの学校と協力して、学生たちが独自に議論をしたり、制作チームや撮影グループの一員として参加したりしています」
「もちろん地域や自治体、そして政府機関との協力も欠かせません。私たちは単なるカルチャーイベントではなく、大きな経済的側面も持つプロジェクトだからです。フェスティバルには約5,000人がスタッフとして関わって働いており、市に大きな価値をもたらしています」
『Colours of Ostrava』は中欧最大の音楽フェスだが、生き残りに関しては必死な思いもあるようだ。Košťálek氏は次のように語る。
「状況はどんどん厳しくなっています。フェスティバルやヘッドライナーショーの数は増え続けていますが、往々にして人々の可処分所得には限りがあります。加えて毎年のように運営コストが上昇しています」
「パンデミック前の私たちのヘッドライナーで最も高価だったのは30万ユーロ(現在のレートで約5,240万円)でしたが、今ではその3倍以上にまで上がっています。それでもチケットの値段はほぼ変わっていません。非常に厳しい状況ですが、もう少し現代的なヘッドライナーを起用したり、商業的な方向にシフトする必要があるのかもしれません。しかし、私たちは自分たちの価値観を守りつつ、十分に興味深い内容を提供できるよう努力しています」
そういった前提が共有されつつ、日本を含むアジアのアーティストがいかにしてヨーロッパで活路を見出すべきかについても話が及んだ。Košťálek氏は韓国のK-POPが大きな成果を上げたことに触れつつ、現在は「アジアには他に何があるのか、どの方向を見るべきか」に興味が移っているという。
そのうえで、彼は「西洋のバンドの真似をしようとするのではなく、自分たちの文化的な独自性を大切にすべきです」と提案した。続けて、「歌詞に依存するアーティストでないなら、押し並べて英語を使う必要もないのではないか」とも述べている。
「結局のところ大事なのは自分らしさ、つまりユニークであることだと思います。あなた自身のユニークさとは何か、それを見つける必要があるのです。それは見た目かもしれませんし、音楽を演奏する独自のやり方かもしれません」
「たとえば、数日前に切腹ピストルズというバンドを見ました。彼らは言葉なしのインスト音楽を演奏していて、私にとってとてもスペシャルに見えました。その理由を考えてみたのですが、まず何よりトラッドである影響が大きいと思います。伝統的な楽器を使っていますが、演奏しているのはおそらくパンクミュージック、あるいは何と呼べばいいのかわからない音楽です。誰も知らないような、まさにそれこそ我々が求めているもので、これまで聴いたことのないものでした」
また、Košťálek氏は「伝統的な音楽や楽器の話をしましたが、アーティストの独自性は必ずしもトラッドな部分に根差す必要はないと思います」とも強調していた。
「重要なのは、『誰かの真似ではない』というところです。そこに根差さなくとも、ユニークなアーティストとして活動することは可能です。間違いなく」
DAY1のトークセッションにて、彼は¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uに言及し、2024年の『Sónar』(スペイン・バルセロナ)のDJセットに大いに魅了されたと明かしている。¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$UのDJスタイルは独自性の塊のようなものだが、今回のトークで彼が伝えたかったことと重なっているようにも感じられた。
日台2大インディ音楽フェスのコラボで創出されたブッキングエクスチェンジの可能性
現在進行形で共同プロジェクトを進めているのが、日本の『SYNCHRONICITY』と台湾の『Vagabond Festival』だ。両者を運営する麻生潤氏とRanie Chen氏が登壇し、DAY2のカンファレンスを締めくくった。
麻生氏は「コロナ前からアジア圏のアーティストを招聘しており、お客さんも15%ぐらいが海外から来てくれています」と以前から国外への視点を持っていたことを明かす。また、コラボレーションのきっかけとして、『SYNCHRONICITY』側の視点から以下のように語った。
「『SYNCHRONICITY』は1回のフェスで大体120組ぐらいの出演者枠を設けています。将来的にはそのうちの1割~2割ぐらいをアジアを含めた海外のアーティストにお願いしたいと考えていて、『Vagabond Festival』にはこちらからブッキングエクスチェンジ企画を持ちかけました」
プロジェクトを打診されたChen氏は、以前から『SYNCHRONICITY』を知っていたという。
「共通の友人から話をもらって、それがきっかけで交流が始まりました。才能あるアーティストに対する価値観が非常に近かったので、それがこのプロジェクトを始める上で最も重要なポイントでした」
そして麻生氏は、今年4月に行われた『SYNCHRONICITY’25』への出演権をかけたオーディションの経緯について明かす。同企画は『Vagabond Festival』と共同で行われ、台湾のシンガーソングライター・柯智棠 Kowenとインディバンドの緩緩 Huan Huanがステージに立った。
今年10月17日(金)〜10月19日(日)に開催される『Vagabond Festival』には、『SYNCHRONICITY』側から日本のアーティストが送り込まれる予定だ。オーディション枠としてラッパーのASOBOiSMとロックバンドの板歯目が選出されている。また、『SYNCHRONICITY’25』出演者の中からTHE NOVEMBERSも『Vagabond Festival』のステージに立つことに。
日本側の選定基準として、麻生氏は「まずライブがいいこと。それと『Vagabond Festival』のカルチャーに合うかどうかは重要だと考えていて、その点も誰かを選ぶ上で影響が大きかったです。結構すんなり決まったんですけど、この2点が主な軸でしたね」と語った。
とりわけ柯智棠 Kowenの抜擢は今回の共同プロジェクトを象徴していた。『SYNCHRONICITY’25』でライブを行った彼は、奥田民生の“さすらい”をカバー。英語に置き換えると「さすらい」は「Vagabond(浪人、放浪者)」となり、両フェスの文脈を紡ぐ最高のパフォーマンスだった。
まだ始まったばかりだが、共同プロジェクトの未来や可能性を大いに感じさせる。Chen氏は同フェスの後日談として以下のように語った。
「実は『SYNCHRONICITY』のライブを終えたあと、いくつか日本のメディアの取材を受けたんです。この活動を通じ、現地の人々に台湾のアーティストを知ってもらおうと考えたからです。将来的には、彼らが日本や韓国で活動の幅を広げられるのをとても楽しみにしています」
また、彼女はさらなるフェスの可能性として、「ライブを披露する場所以上のものになっている」と指摘する。
「『メディア』という概念を考えたときに、今はフェスティバルが最も大きなメディアになっているようにも見えます。だから私たちはアーティストが自分自身を表現できる場所、プラットフォームを提供できると考えています」
麻生氏は次のステップとして、「アーティスト同士が交わる環境を作れたので、次はお客さんたちも同じ状況になるといいなと思っています」と述べる。
「お互いのフェスに行き来するようなきっかけを作りたいです。特に日本から海外のフェスに行く機会ってそう多くないのではと感じます。言葉が違うとなかなかハードルも高いと思うのですが、コミュニケーションの面も含めてこちらで設計できるといいのかなと」
DAY1、DAY2を通じて、いかに有機的な結びつきをデザインするか、その上で非予定調和な出来事を楽しめるかが普遍性を持っているように感じられた。多くの国の音楽シーンが抱える課題はある程度共感できるもので、解決に向けて具体的に考えられそうなトピックも散見されたのが印象的であった。
また、『CUEW』は早くも来年4月に、『SYNCHRONICITY’26』と連携して開催されることが発表された。20年以上の歴史を持つ『SYNCHRONICITY』と手を組み、どのようなプロジェクトが誕生するのか。今後もその動向に注目したい。
【イベント情報】

『SYNCHRONICITY’26』
日程:2026年4月11日(土)、12日(日)
会場:Spotify O-EAST / Spotify O-WEST / Spotify O-nest / duo MUSIC EXCHANGE / clubasia / LOFT9 Shibuya / SHIBUYA CLUB QUATTRO / Veats Shibuya / WWW / WWW X / TOKIO TOKYO 他
主催:SYNCHRONICITY’26実行委員会
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『CUEW Showcase & Conference』
日程:2026年4月9日(木)、10日(金)
主催:CUEW実行委員会







