8月に第82回ヴェネチア国際映画祭でお披露目され、9月の第30回釜山国際映画祭では開幕作として上映されたパク・チャヌク監督の『NO OTHER CHOICE(英題)』(2026年3月日本公開)が、韓国で9月24日に劇場公開された。『JSA』(00)でもパク・チャヌクとタッグを組んだイ・ビョンホンが主演を務めたことでも注目を集めている。一方、7月末に公開されたチョ・ジョンソク主演の『ゾンビ娘(原題:좀비딸)』が観客数500万人を超える異例の大ヒットを果たし、“Kゾンビ”の新境地を開拓した。このほか、この秋&夏に韓国で公開された話題作を紹介していこう。
イ・ビョンホン、ソン・イェジンら名優たちが集結!『NO OTHER CHOICE』妻と2人の子どもを抱えるなか、就活に難儀するマンス。彼が取った行動とは?(『NO OTHER CHOICE』)[c]Everett Collection/AFLO
先日の釜山国際映画祭では、『NO OTHER CHOICE』に主演したイ・ビョンホンが開幕式の司会も務めたほか、俳優のトークイベント「アクターズハウス」にも登壇して観客と1時間にわたって対話。1991年にテレビドラマ「アスファルト 我が故郷」でデビューを果たしたイ・ビョンホンは、活動初期はドラマで人気を博していた。そんな彼が本格的に映画に活躍の場を広げるきっかけを作ったのが、パク・チャヌク監督の出世作『JSA』だった。
その2人が久々にタッグを組んだ『NO OTHER CHOICE』は、家族にも仕事にも恵まれて順風満帆に見えた主人公マンス(イ・ビョンホン)が、ある日突然、勤め先の製紙会社を解雇されるところから始まる。マンスは美しい妻ミリ(ソン・イェジン)と育ち盛りの息子と娘を養う一家の主として再就職を目指すが、なかなか報われない。追い詰められた結果、とんでもない計画を実行に移してしまうというブラックコメディだ。
ソン・イェジンが、ビョンホン演じるマンスの妻ミリに扮する(『NO OTHER CHOICE』)[c]Everett Collection/AFLO
本作は、イ・ビョンホンを筆頭とした名優たちの共演が見どころの一つで、再就職のライバルとして登場するのが、パク・ヒスン、イ・ソンミン、チャ・スンウォン。さらにイ・ソンミン演じるボムモの妻の役をヨム・ヘランが扮し、緊張感いっぱいのブラックコメディを盛り立てる。なかでも話題になったのが、韓国の国民的歌手チョー・ヨンピルによる「赤とんぼ」が、セリフが聞こえないほど大音量で流れるなか、ビョンホン、ソンミン、ヘランが取っ組み合いになるシーン。チャヌク監督は「曲に3人の体の動きが合うように編集するのが大変だった」と話していたが、絶妙に曲と絡み合った3人の名演が圧巻のシーンとして仕上がっている。
劇中、マンスが虫歯の痛みを我慢しているのは、歯の治療費も惜しんで再就職のために努力する姿を象徴しているが、これは韓国映画史上最高傑作とも言われるユ・ヒョンモク監督の『誤発弾』(61)のオマージュのようだ。『誤発弾』の主人公も家族を養うため虫歯の痛みを我慢していた。同作は朝鮮戦争の傷跡が残る韓国社会を背景にした映画だったが、では『NO OTHER CHOICE』で描かれる現代の韓国はと言えば、技術の進化によって職を失うアイロニーが背景にある。
イ・ビョンホンが突如会社を解雇されたサラリーマンに扮する『NO OTHER CHOICE』[c]2025 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM ALL RIGHTS RESERVED.
マンスが解雇されたのも、再就職に苦労するのも、製紙会社で機械化が進んで人手が不要になったためだ。機械化やAIの発展による失業という問題は、韓国に限らず全世界で同時に起こっている現実であり、原題である『어쩔수가없다』の直訳は『仕方がない』だが「本当に仕方がないで終わらせていいの?」と投げかけているように感じられた。
