道徳欠如の未来に悪寒

 「やい、おやじ。だれがこの世に生んでくれと頼んだんだ」。『未来いそっぷ』には、こんな少年のセリフから始まる『少年と両親』という短編がある。主人公は17歳、成人になりかけの時期だ。「俺は頼んじゃいない、そっちが勝手にやったことだろう」と、理不尽な不満を両親にぶつける。気弱な両親は終始しどろもどろな態度で何も言い返さない。少年はお金を無心する。悲しいかな、人間は自分の産んだ子が育った頃には自分たちの腕力を超えてしまうことがある。それが守ってくれる存在なら安心だが、反発されると手に負えない。「金くれなきゃ、強盗してくる」。少年は親を脅す。まさにどん詰まり。家族というのは切っても切り離せない。

 昨今のニュースが私の頭をよぎる。子どもが親を、親が子どもを。陰惨な気持ちになる。

 少年はなおも暴れる。だが物語の事態はここで一転、家に役人らしき集団が乗り込んでくる。両親は迎え入れた役人に「約束の日より早くないですか?」と問う。役人は両親に言う。「予告すると困ったごたごたが起こりかねますので。契約の期限がまいりました。臓器は余すところなく活用します。若く健康なことはまことに貴重です」。事務的に話す役人は臓器流通機構という非合法の組織の人間で、少年を生んでくれと頼んだのはこの組織だった。徐々に事態を理解し始めた少年は悲痛な表情へと変化する。涙を浮かべて命乞いをするが、役人は暴れる少年に麻酔薬を打つ。両親はその様を傍観し、役人は少年を運んでいく。

 話の締めくくりは役人が両親に放つセリフで終わる。「いいお知らせです、最近臓器の相場が上がりました。かなりの額になりますよ。いい投資をなさいました。あなたたちの老後は、やすらかなものとなりましょう」。

 もちろん、この話はフィクションである。こんな組織はあり得ない。私はこの締めくくりのセリフを読んで、背中にヒヤリと悪寒が走った。2025年の現代、医療の発達で平均寿命が伸びている。友人と会うとしきりに話す話題は老後の資金についてだ。医療の研究が進むことは良いことだが、長生きするとお金がもたない。腕力や知力が落ちた貧乏な老人を延命して野に放し、何になるんだろう。倫理的な観点で言うと長生きは尊いのかもしれないが、生かされた本人は幸せなのだろうか。私は漠然とした不安をずっと抱えているがゆえ、この話に出てくる夫婦の動機が分からないでもない。だから冷や汗が出るのだ。

 時代が進み、人間が200歳まで生きる世界になったと仮定しよう。この夫婦と同じ行動を起こすだろうか。もしかしたら、起こすかもしれない。文明の進化に対し私たちは不可抗力で、その中で生きる人類は己を守ることをするだろう。そうしたら道徳は置き去りにするかもしれない。文明はこれからも進んでいく。この物語の少年は不憫だが、身近な題材で、文明の過度な発達の際に起こり得る道徳の欠如の可能性を描いた傑作であると私は思う。

(星 新一 著、新潮文庫 刊、税込737円)

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アニメーション監督 木下 麦 氏

選者:アニメーション監督 木下 麦(きのした ばく)
21年にオリジナルTVアニメ『オッドタクシー』で監督デビュー。10月10日に初監督映画『ホウセンカ』が公開。

 濱口桂一郎さん、大矢博子さん、そして多彩なゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”に是非…。

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