Text:荻原梓
YOASOBIが新曲「劇上」を10月2日にリリースした。本作はフジテレビ系水曜ドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』の主題歌として書き下ろされた楽曲。三谷幸喜が脚本を務め、主演は菅田将暉という強力な布陣の同ドラマを彩るこの曲は、YOASOBIにとって初のドラマ主題歌であり、さらにコンポーザーのAyase自身がボーカルでも参加するという、ユニット史においても重要な意味を持つ一曲となっている。
YOASOBIはこれまで“小説を音楽にするユニット”として、物語性を強く打ち出した楽曲を発表してきた。ストリーミング累計再生回数がBillboard JAPANチャート史上初の12億回を突破した「夜に駆ける」や、TVアニメ『【推しの子】』オープニング主題歌として世界中で爆発的なヒットを記録した「アイドル」に見られるように、物語と音楽を融合させた彼らのコンセプトは国内外で高い評価を受けている。
加えてここ数年、YOASOBIが積極的に取り組んでいるのが海外でのライブ活動だ。昨年はロサンゼルスやニューヨークを含む米国の4都市で単独公演を実施。同年末から今年にかけては、日本人アーティストとして最大規模となるアジアでのアリーナツアー【YOASOBI ASIA TOUR 2024-2025“超現実 | cho-genjitsu”】を開催。6月にはイギリスのウェンブリー・アリーナでの単独公演も成功させている。ある意味でJ-POPを背負って立つ存在として、世界に打って出ているのが現在のYOASOBIと言えるだろう。そんな彼らが今作で向き合ったのが“この世界は舞台であって、人間はみな役者である”というテーマだ。
英ウェンブリー・アリーナ公演より
疾走感かつ厚みのあるギターやシンセ、躍動感のあるリズム隊による今作のデジタル・ロック的なサウンド構築は、ライブを重視しているここ数年のYOASOBIの楽曲の方向性と地続きといえるもので、要所で演奏を抜き差しすることで情景を喚起させるアレンジも相まって、曲は音楽的高揚感を伴いながらドラマチックな展開を見せていく。非常に電子的なアプローチでありながら、同時に肉体的でもある見事なバランスの音作りだ。
一方で歌詞は、生きることにうんざりしている主人公の感情の遷移を描き出す。要約すると、救いのない日々に途方に暮れていた主人公は、ある時閑散としたダンスホールに辿り着き、そこで繰り広げられる美しいダンスを見て、自分自身の人生を自問自答する。このままでいいのか、いけないのか。そこで主人公は、自らの生を舞台に立つ役者であると捉えることで前向きな心を取り戻し、決意する――というものだ。
楽曲は中盤で〈もしも世界が/舞台ならば/これも与えられた役回り?〉という印象的な問いを投げかける。世界を“舞台”に喩えて、そこで生きている我々を“役者”に見立てるこのメタ的なモチーフは、古典的とはいえ、普遍的なテーマとして今を生きる私たちにも強く響く。むしろ、誰もが自分自身をコンテンツ化/メディア化してセルフプロデュースできる現代において、このテーマは従来よりも多くの人々の心に突き刺さるはずだ。
〈たとえば 拍手喝采/完成された喜劇に身を賭して/指差され笑われる日々は/悲劇なのか〉
ここには、他者から評価されることに翻弄される現代人の不安が映し出されている。〈野晒しの舞台で〉といった表現にもあるように、他人の目線に晒され、喝采と嘲笑の間で弄ばれる“役者”という存在に、それでもYOASOBIは〈主役を演じ切る命であれ〉と奮い立たせる。その力強いメッセージは、聴き手はもちろんのこと、歌い手自身にも向けられているのだろう。
「劇上」MVより
注目すべきは、YOASOBI初のツインボーカルへの挑戦である。冒頭から耳に飛び込んでくるのが、澄み渡るような美しいikuraのボーカルと、それにやさしく寄り添うようにして歌われるAyaseの歌唱だ。Ayaseはこれまでも自身のソロ活動で歌声を披露してきた。例えば、自身のボカロ楽曲をセルフカバーした「夜撫でるメノウ」や、自身が歌う初のオリジナル曲「飽和」でその才能を発揮。最近ではモバイルゲーム『モンスターハンターNow』とのコラボ曲「From Now!」でも、そのクールでどこか温かみも持ち合わせた美声を披露していた。しかし、YOASOBIとして歌うのはこの「劇上」が初めてとなる。
From Now! / Ayase
時にユニゾンし、時に掛け合いを見せるこのふたりの歌唱は相性抜群で、若者たちの青春を描いた同ドラマの群像劇というスタイルにもフィットする。これまで楽曲ではコンポーザーに徹していたAyase自身もマイクの前に立つ姿を見せたことで、彼自身が楽曲のテーマそのものを体現しているようだし、ふたりで歌うことでYOASOBIというユニット史においても“次のフェーズへ移った”という印象を与えている。
また、今作はMVにAyase、またikuraも実写出演している。MVでふたりが姿を見せるのも初めてで、いわば〈野晒しの舞台〉に自ら身を投じたと言えるだろう。バンド編成でパフォーマンスするYOASOBIを複数のカメラが撮影する“劇中劇”的なこのMVは、人を“役者”に見立てるこの曲のモチーフに通じるものだ。歌詞、歌唱、そして映像に至るまで、この曲は一貫して同じテーマで徹底している。
劇上 / YOASOBI
YOASOBIはこの曲で、たとえ拍手がなくとも、観客に嘲笑されようとも、舞台の上で踊り続けよう、役を演じ切ろうと歌う。〈踊れ dance!〉と聴き手を鼓舞し、〈救いのない日々〉であっても〈主役を演じ切る命であれ〉と力強く訴えかける。それは、まさに今、J-POPの代表としての“役回り”を任された感のあるYOASOBIが、結成6年目にしてより広い世界へとさらに羽ばたいていくことを決意した宣言として受け取れる。J-POPの中心的存在として、日本のみならず海外からも熱い視線が注がれているYOASOBIが、時代の要請に腹を括り、その“役”を全うする覚悟を決めたのだと。この曲は、そのターニングポイント的作品に思えるのだ。