映画『天国と地獄 Highest 2 Lowest』が、Apple TV+にて独占配信中。本作は、1963年に公開された黒澤明監督の同名作品を、スパイク・リー監督が再解釈した作品。今回は、時代や世代の断絶を鋭く映し出す本作のレビューをお届けする。(文・灸 怜太)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
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黒澤明の傑作をスパイク・リーが再解釈
映画『天国と地獄 Highest 2 Lowest』
画像・映像提供 Apple

 ブラックムービーの旗手と謳われたスパイク・リー監督作にデンゼル・ワシントンが19年ぶり4度目の主演! 製作にA24が入っていて、日本ではApple TV独占配信! と、スペックだけでも気になる要素がたっぷりなのだが、その内容が黒澤明の『天国と地獄』(1963)をベースにした再解釈作ということで、腰の入った映画ファンでも思わず身構えてしまいそうな『天国と地獄 Highest 2 Lowest』。

 しかし、そこで展開するのは王道のサスペンスと普遍的なドラマで、ライトな感覚で観ても充分楽しめる、堂々たるエンタテイメント作に仕上がっている。

 舞台は、スパイク・リー監督のホームといえるニューヨーク。この街の出身で、“業界最高の耳を持つ男”と称されるデヴィッド・キング(デンゼル・ワシントン)は、音楽ビジネスで大成功を遂げ、豪華な高層マンションで、美しい妻パム(イルフェネシュ・ハデラ)と、息子のトレイ(オーブリー・ジョセフ)と暮らしている。音楽業界内での影響力の衰えを感じていたデヴィッドは、その復活を懸けて自身が設立し、成長させたレコード会社の経営権を買い戻そうとしていた。そんなデヴィッドのもとに「息子のトレイを誘拐した」という脅迫電話がかかってくる…。

地下鉄で描かれる名シークエンス
映画『天国と地獄 Highest 2 Lowest』
画像・映像提供 Apple

 冒頭から圧倒されるのは美しいニューヨークの街並みと、朗々と歌い上げられるミュージカル『オクラホマ!』(1943)のナンバー「Oh, What a Beautiful Mornin’」そして、成功者デヴィッド・キングのラグジュアリーで洗練された暮らしぶり。一方で、オフィスに飾られた装飾品や、今はデヴィッドの運転手をしている友人ポール・クリストファー(ジェフリー・ライト)とのやりとりなどから、彼が底辺からの叩き上げで「天国」に登り詰めたことが伺い知れる。

 デヴィッドは名前通り“キング”なキャクターなのだが、それを憑依したかのように演じるデンゼル・ワシントンが圧倒的だ。デンゼルといえば、艶のあるイイ声から繰り出される説教力の高さで観客を圧倒してきたが、そのパワーは健在。クセの強い演技には賛否両論あるかもしれないが、70歳にして脂が乗りきっていることは間違いない。本作では愛する息子が誘拐されたことで、狼狽し、追い詰められていくデンゼルという珍しい姿も観ることができる。

 身代金1750万ドルを要求され、デヴィッドは会社の買収用に集めていた資産を用意しようとするのだが、息子トレイは無事に保護される。しかし、代わりにトレイの親友で、ポールの息子でもあるカイル(イライジャ・ライト)が誘拐されており、犯人はその身代金をデヴィッドに要求してくるのだ。

 この「取り違え誘拐」と、血の繋がっていない青年のために身代金を払うべきかという苦悩は、大元の原作である小説「キングの身代金」(1959年、「87分署シリーズ」の1つ)からのプロットだ。

 黒澤明の『天国と地獄』は、それに独自の脚色を加え、犯人との交渉や身代金受け渡しのパートが描かれていくのだが、本作も大まかな流れは同じ。有名な走る急行電車から身代金の入ったカバンを落とすシークエンスは、ニューヨーク名物の地下鉄&高架線に置き換えられている。その息詰まるサスペンスを、ヤンキースファンの喧騒やサルサのオーケストラであるEddie Palmieri & The Salsa Orchestraの「Puerto Rico」の陽気なリズムが盛り上げるのはスパイク・リー監督ならではの演出だ。

ラップバトルのような説教と応酬
映画『天国と地獄 Highest 2 Lowest』
画像・映像提供 Apple

 結果的に身代金を奪われてしまったデヴィッドは、警察に頼らず、自らの力を使って犯人探しを始める。その目星をつけるキッカケは、音楽業界に長くいたデヴィッドだからこそという説得力があるが、その後に街のヤバいエリアに踏み込んでいく鬼気迫る姿は、もはや『イコライザー』(2014)のロバート・マッコール。

 ようやく犯人とおぼしき人物の家を突き止め、クルマで向かうシーンでかかるのがジェームス・ブラウンの「The Payback」だったり、デヴィッドと犯人が録音スタジオのガラス越しに対峙し、そこで展開するセリフの応酬はもはやラップバトルの様相となるなど、作品のテンションも一気にヒートアップ。

 しかし、この犯人にはそれなりの人生哲学とアティチュードがあり、デヴィッド・キングの説教力が通用しない。

 犯人はローエストな「地獄」の住人であり、現代の若者代表でもある。才能はあっても、その活かし方や成功の仕方がわからない。その動機や関係性は、黒澤版の犯人像をなぞりながらもヒネリを加えてあり、なかなか秀逸な脚色だ。なにが「天国」で、どこが「地獄」なのか。その間には、決して超えられない一線があるのだろうか。

シリアスの中に漂うブラックムービーらしい軽快さ
映画『天国と地獄 Highest 2 Lowest』
画像・映像提供 Apple

 音楽業界は、ストリート出身でも前科者でも、一発ヒットすれば誰もが認めるスターになれるという夢が見られる世界だった。しかし、現実はそんなに簡単ではなく、世界は分断されている。ローエストな者は「地獄」の中では成功できるかもしれないが、決して「天国」には行けないのだ。
 
 黒澤版では、主に貧富の差を「天国と地獄」になぞらえていたが、本作ではそれぞれの界隈や世代間の断絶も「天国と地獄」を示唆しているのかもしれない。スマホばかりイジってSNSの評判を気にしている理想主義の息子や、有名になることがいちばん価値があると言いながらカネしか目的がない犯人など、若い世代の価値観に対する嫌悪も伝わってくる。

 とはいえ本作はそこまでシリアスさもなく、ブラックムービーらしいノリもある。いい音楽と豊かな画面、それに思想と意見がほんのり込められたセリフを噛み締めながら、デンゼル・ワシントンの芸を堪能できる良作だ。

(文・灸 怜太)

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【了】

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