コロナ禍の日本の映画興行を救ったのはアニメーション作品のメガヒットと並んで、嵐やBTSのコンサート映画に代表されるODS(非映画デジタルコンテンツ)だったが、その時代を経て、今ではさらに多様なODS作品が日常的に映画館でかかるようになっている。ただ、発声可能な応援上映や特別な公演のライブ配信上映など、いわゆるファンダム需要を見込んだ上映は話題になりやすいが、会場や席などに左右されやすいライブ会場とは違う映画館という空間ならではの安定した音響環境のメリットを活かして、音楽とじっくりと向き合うタイプの作品との相性の良さについては、あまり語られる機会がない。

劇場版「JAZZ NOT ONLY JAZZ」/劇場予告30秒【WOWOW】

 一部劇場ではDolby Atmosで上映されている、現在公開中の劇場版 『JAZZ NOT ONLY JAZZ』は、そんな「音楽とじっくり向き合う」には打ってつけの、ODS上映の新しい可能性に気づかせてくれる作品だ。米津玄師、星野源、常田大希らのレコーディングにも参加、今やジャズシーンのみならず、日本の音楽シーンはこのプレイヤーを中心に回っているんじゃないかと思える“裏番”的存在の石若駿による7人組のバンド、The Shun Ishiwaka Septetが、豪華ゲストを招いて展開する一夜だけの夢のようなスペシャルセッション、JAZZ NOT ONLY JAZZ。つい先日も、2回目となるJAZZ NOT ONLY JAZZ IIが開催。ロバート・グラスパー、椎名林檎、岡村靖幸、中村佳穂らとの奇跡のセッションを目撃したオーディエンスの感嘆の声がソーシャルメディアを賑わせていたのを目にした人も多いだろう。 本作、劇場版『JAZZ NOT ONLY JAZZ』は、その発端となった、2024年6月21日にNHKホールで開催された初回のJAZZ NOT ONLY JAZZの全貌を1本の映画として堪能できる作品だ。

アイナ・ジ・エンド

 The Shun Ishiwaka Septetと共にステージに登場するのは、「革命道中 – On The Way」でJポップ・アーティストとして2025年最大級のグローバルヒットを記録中のアイナ・ジ・エンド(ゲストとして唯一の2年連続出演アーティスト。この時に披露された岡村靖幸プロデュース曲「私の真心」は結果的に今年の岡村靖幸登場の予告にもなった)、最初のゲストとしていきなり名曲「エイリアンズ」を披露する堀込泰行、持ち前の躍動感に満ちたステージに加えて出演全アーティストがステージに登場してのラスト曲「接吻」もリードした田島貴男(Original Love)、その田島貴男のステージにもゲストとして登場したラッパーのPUNPEE、学生時代から愛聴していた石若にとって念願の初共演となった大橋トリオ。そして、映画『BLUE GIANT』のサウンドトラックでのコラボレーションを経て、ステージ上では初めて石若との共演が実現した世界的ジャズピアニストの上原ひろみ。

上原ひろみ

 JAZZ NOT ONLY JAZZ、つまり「ジャズはジャズだけではない」という企画のタイトル通り、各ゲストの持ち曲がこの日だけのアレンジや即興によってステージで展開されていく様子は、音楽的なスリルと驚きに溢れたものだが、それと同時に、The Shun Ishiwaka Septetの演奏をバックに歌うことができるゲストの喜びが、大きなスクリーンに映し出されたその表情や一挙手一投足から手に取るよう伝わってくる劇場版『JAZZ NOT ONLY JAZZ』。しかし、上原ひろみとの約25分に及ぶセッションは、The Shun Ishiwaka Septetの各メンバーの緊張ぶりも相まって、まるで映画のクライマックスシーンが延々と続くかのような手に汗握るもの。そして、最後に到達する圧倒的な狂騒状態は、一本の映画のエンディングと呼ぶに相応しいカタルシスを与えてくれる。

石若駿

 本作の制作を手がけたWOWOWは、これまでの実績だけでなくその作品クオリティにおいてライブエンターテインメントの映像化に定評があるが、本作ではその経験とスキルをフルに活かして、通常のコンサート映画にありがちなボーカリスト中心のカメラワークではなく、各プレイヤーの細やかな所作を克明に記録している。中でも、ステージの天井に設置されたカメラから見下ろした石若のドラム演奏の凄まじさと繊細さは、全ドラマー、及びドラマー志望者にとって垂涎の映像体験と言えるだろう。いや、そうしたプレイヤー目線だけじゃなく、これまで自分が椎名林檎やくるりのライブで実際に体験してきた石若のプレイの特別さの「何が特別だったのか」、その謎が少しだけわかった気がした。

■公開情報
劇場版『JAZZ NOT ONLY JAZZ』
全国公開中
出演:アイナ・ジ・エンド、上原ひろみ、大橋トリオ、田島貴男(Original Love)、PUNPEE、堀込泰行(50音順)
バンドメンバー:The Shun Ishiwaka Septet(Dr. 石若駿、Gt. 西田修大、Gt. 細井徳太郎、Ba. マーティ・ホロベック、Sax. 松丸契、Tp. 山田丈造、P. 渡辺翔太)
製作・配給:WOWOW
チケット料金:3,500円(税込)均一
©WOWOW
公式サイト:jnoj.jp/film

Write A Comment

Pin