NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第36回「鸚鵡のけりは鴨」で恋川春町(岡山天音)が“豆腐に頭をぶつけて”息絶え、江戸の出版界は大きな転換点を迎えた。松平定信(井上祐貴)による政治は、蔦屋重三郎(横浜流星)が築き上げてきた創作集団を根こそぎ奪い去ろうとしている。

 しかし、である。蔦重という男は、ただでは転ばない。むしろこの逆境が、新たな才能発掘の好機となりうるかもしれない。最終章で登場する新世代の作家・絵師たちは、寛政の逆風を追い風にも変える布陣と言えるだろう。

山東京伝/北尾政演(古川雄大)

 恋川春町の自害、朋誠堂喜三二(尾美としのり)の断筆、大田南畝(桐谷健太)の絶筆宣言。これまで耕書堂の中核を担ってきた戯作者たちが、まるで申し合わせたかのように表舞台から消えていく。「100年先の江戸を描く」という春町との約束は、もはや叶わない。喜三二の洒脱な作風も、南畝の鋭い風刺も、もう読めない。

 第37回のタイトル「地獄に京伝」から、この空白を埋めるのは山東京伝ということになるのだろうが、果たして彼一人で支えきれるものか。これまで女好きの軽薄な男として描かれてきた京伝だが、北尾政演として浮世絵師の顔も持つ多才な人物である。史実では寛政3年に手鎖50日という重い処罰を受けながらも、その後も精力的に創作を続けた。

 寛政の改革下で、いかに幕府の目を欺きながら面白いものを作るか。その綱渡りこそ、京伝の真骨頂となるはずだ。

曲亭馬琴(津田健次郎)&十返舎一九(井上芳雄)

『べらぼう』くっきー!が北斎、津田健次郎が馬琴役で大河初出演 新キャストに井上芳雄も

毎週日曜に放送されているNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』に井上芳雄、くっきー!、津田健次郎が出演することが発表され…

 そして最終章のキャストとして発表された津田健次郎演じる曲亭馬琴の存在も見逃せない。後に28年かけて『南総里見八犬伝』を書き上げることになる大作家だが、この時期はまだ駆け出しの若手である。

 さらに十返舎一九の登場も控えている。『東海道中膝栗毛』で弥次喜多コンビを生み出し、庶民の旅への憧れを掻き立てることになる一九が、どんな形で蔦重の前に現れるのか。

 黄表紙が風刺として槍玉に上がる一方、物語性の強い馬琴らの「読本」や十返舎一九らの「滑稽本」が台頭していく。政治風刺を避けつつ読者を楽しませる“規制をくぐる工夫”が問われる時代となる。

葛飾北斎(くっきー!)

 絵師陣の顔ぶれも興味深い。最終章の新キャストとして発表されている葛飾北斎は、この時期はまだ勝川春朗と名乗る若手絵師。後に90歳まで絵筆を握り続け、「画狂老人」と自称することになる天才だが、蔦重との出会いがその礎の一部であることは間違いない。

 歌麿(染谷将太)は北斎の絵を見たらどう反応するのか。歌麿vs北斎という、浮世絵界の二大巨頭の競争も期待できそうだ。

東洲斎写楽(?)

 そして何より注目すべきは、東洲斎写楽の登場である。わずか10カ月で約145点の作品を残し、忽然と姿を消した謎の絵師。その正体は今なお浮世絵研究者たちを悩ませる最大のミステリーである。

 これまで唐丸/歌麿が見せた驚異的な模写能力は写楽への伏線なのか、それとも全く別の展開が待っているのか。そもそも「謎の絵師を売り出す」という発想自体が、蔦重の天才的なプロデュース力を示している。顔も名前も明かさない絵師、現代で言えば、覆面アーティストのバンクシーのような存在を、江戸時代に作り出したのだ。

 史実を踏まえれば、式亭三馬や鶴屋南北といった次世代の才能との関わりも描かれる可能性がある。だが重要なのは、誰が登場するかではなく、蔦重がどう彼らを「プロデュース」するかだ。

 思えば蔦重は、最初から「べらぼう」な男だった。吉原の片隅で貸本屋をしていた若者が、江戸で“一流の本屋”にまで成り上がり、そして今、最大の危機を迎えている。だが危機こそがチャンスだと、「もっとべらぼうなもん作ってやるよ」と、蔦重なら笑い飛ばすに違いない。その「べらぼう」な挑戦を最後まで観ていたい。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送/翌週土曜13:05~再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00~放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15~放送/毎週日曜18:00~再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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