松永依織(まつながいおり、敬称略、以下同)といえば、音楽事務所「RIOT MUSIC」のレーベル「無原唱レコード」(旧Blitz Wing)に所属するバーチャルシンガー。彼女は活動5周年を記念し、この9月17日に2ndアルバム「Parallel Vision」をリリースして、9月27日に横浜みなとみらいブロンテにて5周年記念ライブ「𝗗𝗶𝘃𝗲𝗿𝘀𝗶𝘁𝘆」を開催する予定だ(チケット販売ページ)。
5周年というとバーチャルタレントの業界では長い活動期間になるが、彼女はどんな思いでこのライブに臨もうとしているのか。インタビューを敢行した。
「全部が全部想像通りとはいかないが、楽しめた5年間だった」
──松永さんがデビューするきっかけは何だったんでしょう?
松永 バーチャルの世界に行こうと思ったきっかけは、コロナウイルスの流行がきっかけでした。元々、音楽の活動をしていたんですけど、コロナの影響でライブが厳しくなったり、色々制限がたくさんあった中で、バーチャルの世界を知ったんです。いろいろ調べていたらRIOT MUSICを知りまして、オーディションを経てデビューしたという感じです。
──今年でデビュー5年目を迎えますが、ご自身が想像していた活動はできていますでしょうか?
松永 どうでしょう……全部が全部想像通りとはもちろんいかなかったものの、楽しめた5年間だったなと思いますね。
──ご自身が現在、歌手活動・音楽活動をしている中で、憧れていたり、参考にしているミュージシャンさんやシンガーさんはいますか?
松永 これはもう、LiSAさんです。こうして活動する前からLiSAさんがずっと好きで、わたしはデビュー当時から「さいたまスーパーアリーナでライブをしたい」と言っているんですけど、それはLiSAさんのライブに初めて行ったのがさいたまスーパーアリーナだったからなんです。
そこでのライブにすごい感動して、自分も歌を歌っていきたいという夢もできたので。LiSAさんのロックシンガーらしいパフォーマンスもすごく好きで、お客さんと一体になってライブを作り上げている感じもすごく好きなので、結構参考にしたりしてます。
──なるほど。それはまさに憧れ!という感じですね。現在松永さんはロック志向を強めて活動していますが、ロックバンドも以前からお好きだったんでしょうか?
松永 音楽は以前からジャンルを問わず幅広く聴いてきました。ロックを突き詰めてやっていきたいと思ったのは3年前のことで、デビューした当初はそういった方向性をそ定めていたわけではなかったんです。ロックの方向にシフトしようと本格的に決めたのは「Crossed Indentity」や「Awaken Now」をリリースしたタイミングだったかな。なんというか、この曲をリリースしたタイミングで「わたしにはこれだ!」と感じたんです。
──これは今後のお話にもなりそうですが、ご自身の活動のなかで「この人とコラボしてみたい」というミュージシャンやシンガーさんはいらっしゃいますか?
松永 歌となると、夢のまた夢ではありますが、いつかLiSAさんと一緒にに歌えたらいいな……(笑)。作曲家さんだとUNISON SQUARE GARDENの田淵さんに曲を書いていただける……なんて機会をいただけたらとっても嬉しいです。
──これは音楽ではない領域も含まれますが、最近ハマった作品はありますか?
松永 これは最近見に行った「鬼滅の刃」の劇場版ですね。映画館へ見に行ったんですけど大号泣して帰ってきて、その後もう一回本編を見直そうと思って「無限列車編」を見て、そっちでも大号泣して……。そのままその日の歌枠で「鬼滅の刃」の楽曲を色々と歌ったら、めちゃくちゃいい歌が歌えました(笑)
──ということは、上映開始されてからここ1か月ほどで見に行かれたんですね。
松永 そうですね。それこそ「鬼滅の刃」ではLiSAさんやAimerさんも歌われていて、歌枠では歌う機会も多いので、とても馴染み深い作品です。
歌いやすいのは「Awaken Now」
──歌枠や配信の話題になったのでお聞きしたいのですが、以前から松永さんはお酒の話題に事欠かないなと思っていまして、配信のなかでお酒にまつわるエピソードや配信枠もされていますし、コラボ商品も出されています。お酒を好きになったキッカケやエピソードを教えてください。
松永 ちゃんとしたキッカケは覚えていないんですけど、好きになった理由みたいなのはあります。わたしは日常の中だとそんなにテンションが高くなく、人と会話するのも結構緊張しちゃうタイプなんです。人と会話するのに緊張しないように、バーで働き始めて、そこでお酒が好きになったんです。
──そうなんですか? こうしてお話をしていても、なんというか苦手な感じはあまり感じないといいますか……。普通に明るい方なのかなと。
松永 全然そんなことなくて、本当に緊張しちゃうタイプなんですよ。お酒を飲むとコミュニケーションがしやすくなる感じになります(笑)
──なるほど(笑)。今でもご自宅でお酒を作られることはありますか?
松永 あります、簡単なものならつくれます。働いていたときはシェーカーを使って作ってましたよ。
──この瞬間が最高の一杯だと思えるシチュエーションはどういった瞬間でしょうか?
松永 これは結構共感される方が多いと思うんですけど、やっぱりたくさんお仕事とか頑張ったあと、休みに入る前日の夜中に、自分で好きなおつまみを作って飲む瞬間ですね。ひとりで飲むお酒が一番好きです。
──いまポロっとおっしゃいましたけど、おつまみも作られるんですね。
松永 おつまみ作るのももちろん大好きです、よくやってます。
──生まれてこの方、人生でもっともロックだった瞬間ってなんでしょう?
松永 難しい質問ですね……結構真面目に生きてきた人間だったんですよ、自分(笑)。なのでロックだなと思える出来事というとあまりないかも。強いて言えば、こうしてバーチャルなシーンで活動していること、バーチャルシンガーとして活動していることがそうかもしれないです。
──一種の冒険ではありますしね。これまで5年間でさまざまな楽曲を歌ってきましたが、自身のオリジナル曲について、「気持ちよく歌いやすい」と感じる曲、逆に「ちょっと歌うには難しい」と感じる曲、それぞれ挙げていただけますか?
松永 全部歌うのが難しいんですけど、自然と声が乗るのは「Awaken Now」、難しいのは「我儘コンフリクト」「Crazy Rock Girl」になるかなぁ。
──「我儘コンフリクト」は意外です。聞いている側だとそんな印象はまったくないので。
松永 いやいや! 実はこの曲、めちゃくちゃ難しいんですよ。逆に「Awaken Now」が歌いやすいのは、そこまでBPMが速いわけでもなく、キーとしても自分に合っているというのが一番大きいかな。
──レコーディングに向けても練習した上に、その後にもライブなどで歌う場面が結構多いからということですね。
松永 そのとおりです。
──これまでさまざまなライブイベントに出演されていますが、思い出深いライブを一つ上げるなら、どのライブになりますか?
松永 パッと思いついたのが「ナガノアニエラフェスタ」でした。おととしの2023年に出演する予定だったんですけど、出演直前に雷雨が重なってしまって、自分の出演ステージが中止になって出演ができなかったんです。そんななかで昨年の2024年にもう一度話がありまして、1年越しに出演することができたんです。
──2年にまたがるストーリー込みでってことですよね。
松永 そうですね。初めてお話をいただいたときは、出演者の方々を見て「え? なんで私がここに並ぶんんだろう?」っていう不思議な感じがしました。でも、すごくいい機会をいただけて嬉しかったです。
アルバムの表題曲は「Parallel Echoes」
──今回のアルバム「Parallel Vision」を聴かせてもらいました。いろんな側面があるアルバムだなって、まず聞いてて思いまして、1曲目「Drive Me Smile」や2曲目「“超”インフルエンサー→☆」ではポップだったりキュートな一面を出して、3曲目からはロック調の曲が並んでいる。そんな中にあって、ターニングポイントになるのが先行リリースされた「ぐうたらいふ」なんだなと。
松永 ふふ、そうですね。
──そのあとはぐっとエモーショナルな方向にもっていって、いわゆるパワーバラードといわれるような曲がずらりと並ぶ。松永さんのいろんな側面がまとめられた1枚になっていてすごくいい作品でした。
松永 ありがとうございますっ!
──この1年から2年の間にさまざまなリリースや収録があったなかで、松永さんから楽曲に対してアイディアを出してきたんでしょうか?
松永 そうですね。実際にディレクターさんと相談しながら制作してきました。
──アルバムのなかで「ぐうたらいふ」以降の後半でスローテンポな曲やバラード調な曲があり、かなりハッキリとした違いがある1枚にもなってます。
松永 ロックにフォーカスするという話をさっきしましたけど、アルバム後半にもすこしそういったニュアンスはあるんじゃないかなと思います。逆にシングルでロック色が強かったこともあって、序盤の方では今どきっぽいポップな曲もありますし、バラエティある1枚になったんじゃないかとおもいます。
──アルバム名が「Parallel Vision」となっていますが、直訳すると「並行・並列した視点」という意味になります。アルバムのジャケットでは、笑顔と涙を流してうるっとしている表情が描かれていますが、どういったメッセージや意図を込めているのでしょうか。
松永 まずアルバムジャケットは、わたしのほうからああいった構図にしてほしいという風にお話をしたんです。なんというか、鏡と自分が向き合っていて、鏡のなかの自分がちょっと違う表情をしているっていう構図の絵やイラストってあるじゃないですか?そういう構図から鏡か水面というのを出させてもらって、水面の方が採用されました。
収録曲の「Parallel Echoes」がこのアルバムの表題曲になるのですが、この曲は聴く人それぞれの人生の中での出会いや別れにフォーカスしている曲で、そういうイメージも表現できたら良いなと思ってました。明るい表情で出会いを、悲しい表情で別れを、みたいな感じで。
──なるほどです。そもそも、この一枚絵そのものがとてもいいですよね。
松永 本当にそうですね。だからこそ素敵に仕上げていただいて本当に感謝していおります。見る人を引き付けるジャケットに仕上がったんじゃないかなとおもいます。一目みただけで惹かれるジャケットになったんじゃないかなと思います。
──こうしてアルバムを制作・楽曲収録をしていくなかで、ご自身のなかでボーカリストとして成長したという実感はありますか?
松永 あります。新曲を収録しているなかでもそういった実感はあったんですけど、特に「永遠の場所」で成長を感じられましたね。数年前にすでにリリースされていた曲を今回に合わせて新たにアレンジで再収録しました。
当時はすごく難しく感じながら歌っていたんですけど、今回の再収録で歌ってみるとそれがまったく感じられなくて、むしろ歌いやすい曲になってたんです。そこで「あたし、めっちゃ成長したんだな」と実感しましたね。
──他の楽曲でもソウルフルに歌ったり、可愛らしく歌ったりと声色そのものを変えるところから、ファルセット、エッジボイス、ビブラートにフェイクと、1曲の中でもさまざまなボーカルテクニックや歌唱法がかなり混ざっていて、それが11曲も収録されている1枚だなと思いました。その辺の塩梅は松永さんのなかでどのようにとっていましたか? やりすぎなくらいだったのか、普通に歌っていたのでしょうか。
松永 うーん、意識はもちろんしていましたが、やりすぎだとは思ってないですね。その辺は割とナチュラルに歌って、結果こうなったという感じです。
──「さよならじゃなくて、また明日」は松永さんにとって初めて作詞をされた楽曲になりました。初めての作詞はいかがでしたか?
松永 常に新しいことに挑戦しようと自分のなかで思っているし、周りのスタッフさんとも話をするんです。そのなかで今回のアルバムでは作詞をしようという話になったのがキッカケでした。めちゃくちゃ考えたし、すごく悩んだところや難しかったところもありました。ただ、わたしの気持ちを本当に素直に、わたし自身の言葉で書いたので、めちゃくちゃ時間かかったり行き詰まったということはなかったと思います。
──一見するとラブソング的なニュアンスが見える曲ですが、実際にはもっと普遍的でオープンなものかと思いまして。ここで歌われている”君”は、松永さんのリスナーさんやファンのことを指して歌われているのかなと思ったんです。
松永 はい、その通りです。
──これまで応援したファンのことを考えて書かれたと思うんですが、どういう出来事や感情を思い返しながら書きましたか?
松永 実はこの曲は、ライブが終わったあとのわたし自身の気持ちについての歌なんですよ。
──そうなんですか?
松永 はい。ワンマンライブや出演ライブが終わって、自分の家に帰ったあと、みんなの反応をエゴサしながら読んでいるんです。その反応を読んでいる時の気持ちや、特にファンのみんなに対して感じた感情とかを書いたんです。
──当然その日ライブがあった高揚感もありつつ、ある種の寂しさみたいなのも感じつつ見回っていると。
松永 そうですそうです!
──これは他のVTuberさんがやられていることですが、ライブ終わって家に帰ったかと思ったら3~4時間後にすぐに配信しちゃう人もいたりますよね。松永さんはそういう気持ちになったりしませんか?
松永 それこそファーストワンマンライブのときがそうでした。初めてのソロワンマンライブを終えて、もう何にもまとまっていないハイな状態のまま打ち上げ配信だー!っていってやったことがあります(笑)。アドレナリンがすごくでていたせいか「もう最高だった!!」っていう言葉しか出てこなかったんですが、その空間、その一瞬はすごく心地よかったのを覚えてます。
──収録時に気をつけてることやルーティーンにしていることはありますか?
松永 いつも通り、というのを意識しているかもしれないです、張り切りすぎない。ライブの日もそうで、変に張り切ったりすると空回りしたりするので、本当にいつも通り過ごします。
──特になし、ということですよね。ルーティーンを意識したり頼ったりするのは、逆に言えばいつも通りに行うためのおまじないみたいなところがあります。
松永 収録にいく前は家でしっかり声出しをしていったり、おにぎりを選ぶときは油が多いもの、ツナマヨとかを選びますね。
──喉に優しく、ということですね(笑)
松永 そうです(笑)。でもこうして考えても、特にルーティーンみたいなのはないかもです。いつも通りを逆に意識しているのかもしれないですね。
──そうですね。「いつも通り」をしっかりと意識していること、ある程度の自然体を意識を常日頃から意識しているということですもんね。自分が松永さんをしっかりと配信などで見始めたのは2年ほど前なのですが、その当時の松永さんはほぼ毎日のように歌配信をしていて、ここまで毎日歌と向き合って配信もされるのかと驚かされたんです。
松永 あの頃はめちゃくちゃ歌配信していましたね。たぶんそうして普段から歌っていた経験をとおして、「歌っている自分」という瞬間を体得して、普段から色々と気をつけてるからこそ「いつも通りでいい」のかもしれないですね。
──歌配信に関してですが、あの頃の没入感や意識みたいなのは今も続いていますか?
松永 当時の意欲や意識の強さは変わっていないんですけど、ありがたいことに頂くお仕事も増えてきているので、そこも加味して無理しない程度に、あと歌配信ではないちょっと違う配信も混ぜてみるという形になってます。
いつも通りわたしらしく、1年半ぶりの現地ライブを楽しむ!
──9月17日にアルバムがリリースされた10日後には、横浜でデビュー5周年を記念したワンマンライブ「Diversity」が開催されます。意気込みなどをきかせてもらえれば嬉しいです。
松永 これまでずっと夢に見ていた自分のオリジナルソングだけでセットリストを固めたライブになります。これまでのライブではカバーソングとして色々な曲を歌ってきましたが、今回は自分の曲だけでライブをするわけで、そうなるといつものライブとは違う感覚になるんだろうなという予感がしています。それでもまあ、いつも通りわたしらしく、二部制の公演を歌いきれたらな思っています。実は1年半ぶりの現地ライブになりますし、会場との一体感を楽しみにしてます。
──ありがとうございます。ラストに少々ヘビーな質問なのですが、VTuberやバーチャルシンガーという言葉や存在がどんどんと広まっていくなかで、松永依織としてこの流れをどのように捉えていますか?
松永 先頭に立ってリアルとバーチャルの境目や境界線上で活動されている方々に、本当に感謝しています。そんななかでわたしの活動を考えると、他のVTuberさんがボカロやアニソンを歌うことが多いなかで、J-POPやロックアーティストの曲を歌わせてもらっていて、バーチャルシンガーが歌わないような曲も結構歌っています。
でもそういったカバー曲や歌ってみた楽曲からわたしを知って、バーチャルの世界を知っていくようになったという方もいらっしゃって、とてもありがたいことだと実感しています。
──今ご自身のなかで、歌や音楽というのはどういう存在として捉えていますか?
松永 音楽や歌はわたしのすべてですね。歌があったからたくさんの方に出会うことができて、今の人生が送れている。それは自分の歌のおかげだし、歌のおかげでいまのわたしがいる、本当に自分の一部なんだなと思ってます。先程の話にも繋がりますが、歌を歌うことはここ数年の活動もあって当たり前のことになってて、歌うことを止めてしまったら、なんというかわたしは何者なのかわからなくなってしまうくらいで……。
──松永依織が松永依織ではなくなってしまうぐらいの。
松永 うん、そうですね。歌というのはわたしにとってそれくらい大きい存在です。
(TEXT by 草野虹)
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