PROFILE: 西島秀俊/俳優

PROFILE: (にしじま・ひでとし)大学在学中より俳優活動を始め、1992年に本格デビュー。以降、「ニンゲン合格」(1999/黒沢清監督)、「Dolls ドールズ」(2002/北野武監督)、「CUT」(11/アミール・ナデリ監督)などに出演し、さまざまな賞を受賞。2021年公開の濱口竜介監督による主演映画「ドライブ・マイ・カー」は、米アカデミー賞で日本映画初となる作品賞を含む4部門にノミネートされ、最優秀国際長編映画賞を受賞。自身も全米映画批評家協会賞主演男優賞などに輝く。近年では、映画「首」(23/北野武監督)、「スオミの話をしよう」(24/三谷幸喜監督)、A24制作のAppleTV+「Sunny」(24/ルーシー・チェルニアク監督)およびPrime Video「人間標本」(25年12月19日配信開始/廣木隆一監督)など、国内外の作品に出演し活躍中。

隣にいる愛する人のことを、本当に「知っている」と言えるだろうか?

9月12日公開の映画「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」は、息子の誘拐事件をきっかけにある秘密が浮き彫りになり、崩壊へと向かっていく夫婦を描いた日・台・米合作のヒューマン・サスペンスである。生々しい暴力を描いた「ディストラクション・ベイビーズ」(2016)や「宮本から君へ」(19)が高く評価された真利子哲也監督が、新境地となる本作の舞台に選んだのはアメリカ・ニューヨーク。そこで大学の助教授として働く日本人・賢治を演じたのは、「ドライブ・マイ・カー」で世界中から脚光を浴び、A24製作シリーズ「Sunny」に出演するなど国内外で活躍する西島秀俊。そしてその妻・ジェーン役を「薄氷の殺人」(14)などで知られる台湾出身の俳優、グイ・ルンメイが務める。

台詞の9割が英語という難役に挑戦した西島に、英語で演じることの難しさや、ニューヨークでの撮影の経験、本作が提示するこれまでの真利子監督作品との違いについてなど語ってもらった。

賢治というキャラクターを
どう演じたのか?

——西島さんは「ディストラクション・ベイビーズ」に感銘を受けたと仰っていましたが、初めて真利子監督の作品に参加された感想から伺えますか?

西島秀俊(以下、西島):理屈を超えたところで映画を撮る方、という印象がありました。人間の奥深くに隠されているものを表現する、そんな真利子監督の作品に出演したいと思い、今回参加させて頂きました。実際撮影に入ると、直感的に撮るのと同時に冷静に現場を見ているところがあると思いました。海外の撮影ということで時間の制限もありますし、日本人のスタッフだけで構成されている場合よりコミュニケーションもはるかに難しかったはずです。それでも監督は冷静に判断して、僕が見ている限り日々の撮影をトラブルなくスムーズに最後まで進めていました。直感的だけれども冷静でもあるという両面性が魅力的な監督だと思いましたし、それは脚本にも反映されていると感じています。ご一緒できて本当にうれしかったです。

——公式インタビューで脚本に対する印象を聞かれた際に「日常が壊される瞬間が描かれている点に興味を持った」というお話をされていましたね。そういった日常が徐々に壊れていく物語のどのあたりに面白さを感じたのでしょうか?

西島:最初は家の片付けのことで言い合いになったり、家族と暮らしていると誰にでもあるような些細なことからスタートするんです。そういったことが積み重なりフラストレーションが溜まっていく中で、誘拐事件が起きて大きな亀裂が生じてしまう。その過程に面白みを感じました。そして本作のように日常というものは簡単に壊れてしまうということを、僕たちはこの10年ほどの間で震災やパンデミックなどを通して何度か体験してきていますよね。「日常が壊れるかも」とずっと考えて生きているわけではありませんが、そういう出来事を身をもって体験したことがこの物語に興味を惹かれる理由の一つなのかもしれません。

——賢治というキャラクターを演じる上で意識したのはどのようなことでしょうか?

西島:目を向けないようにしている問題や秘密を抱えている夫婦が、息子の誘拐事件をきっかけに問題に向き合わざるを得なくなる……というのが本作の物語です。でも問題や秘密というものは、どの家族や夫婦にもあると思います。主人公である賢治はニューヨークに住んでいたり、過去の震災に囚われていたりと少し特殊な面もあるキャラクターですが、それでも彼が抱える問題には、誰しもが抱えるものが含まれています。観客の皆さんにも共感していただけるキャラクターになってほしいという思いを常に持って演じていました。

——震災を経験して、今ではニューヨークで移民の助教授としてままならない生活をする賢治の内面を分析したのでしょうか?

西島:阪神淡路大震災や東日本大震災、そしてパンデミックもそうですが、直接被害に遭われた方もそうでない方もみなさん傷を負っていますよね。賢治は震災から無事生き延びることができた。でもそのことに対して罪悪感のようなものを抱いてしまっている。そういう心の傷を内面に秘めていて、だからこそ廃墟というものに魅せられている。そんなキャラクターであると思っています。

——台詞の9割が英語という役は西島さんにとってもかなりチャレンジングだったのではないかと思います。

西島:賢治は研究が評価され、大学の助教授としてニューヨークに住んでいるというキャラクターです。なので英語がネイティブのように堪能でなくても良かったのですが、それでも僕にとってはハードルが高い役ではありました。その中でルンメイさんとご一緒できたのは本当に幸運でした。最初にオンラインで本読みをしましたが、そのときから素晴らしかったです。演技も人間性も素晴らしい方で、彼女が目の前ですごく自然な演技をしてくれたことが僕にとって大きな助けとなりました。

——言葉の発し方、感情の出し方など演技のアプローチも変わってくると思うのですが、英語での演技でどのようなことを意識しているのか教えてください。

西島:言葉が持つ力というのはあるので、言語が違えば演技にも影響を与えるとは思います。ただ、僕自身は言語ごとのアプローチよりも、やはり役柄の内面を深く掘っていくことに注力していきたいと願っています。そのことが結果的に言語に関係なく、発するセリフが感情を帯びることにつながると思っています。なので「英語だからこういう表現をしよう」ということは意識していないです。

本作の根底に潜む暴力性

——真利子監督の映画では身体的な暴力が描かれることが多いですが、本作では肉体的ではない暴力が描かれますよね。

西島:個人的にも「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」は、今までの真利子監督の作品とは肌触りが違うと感じています。賢治が肉体的な暴力ではなく、無理解や、誘拐のような外からの突発的な出来事にさらされることによって日常が暴力的に壊されてしまう。そして、それらのことにより、その人が置かれる状況や関係性までもが変わっていく様子が描かれています。それはとても面白い変化だと思いましたし、僕自身興味深かったです。

——肉体的な暴力が描かれずとも、「暴力や崩壊の予感」は序盤から強く感じました。

西島:賢治たちは文化の違いやブルックリンという土地柄、彼らが移民であることなどさまざまな要素が絡み合って今の状況に置かれています。そこで自分が大切にしているものが、大切な人にさえも全く理解されない「無理解」が生じる。たとえばルンメイさんが演じるジェーンは、生きていくために必要なものが「今は必要ないでしょ?」と家族に言われてしまいます。そういった現状と全く折り合いがついておらず、いつか状況が破綻するかもしれないという予感は序盤から込められていると思います。それはもしかしたら現代社会が抱える問題と直結しているのかもしれません。

——そういった他者に対する「理解していなさ」がタイトルの「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」にも込められていると思うのですが、西島さんはこのタイトルをどのように解釈しましたか?

西島:この「Stranger」には、きっとさまざまな意味が込められていると思います。その一つは家族のように最も身近だけれど、分からない存在のことです。よく知っていると思っている相手のことを実は全く分かっていなかったということは現実にもよくありますよね。それが何かの拍子で露呈すると人はすごく動揺して互いにぶつかり合ってしまう。この映画のように、現実でも人は実際のところ分かり合えていない。僕は「Stranger」をそのように捉えましたし、この物語にピッタリなタイトルだと思います。

車と演技

——「ドライブ・マイ・カー」に続き、本作でも車の運転が非常に印象的でした。賢治が運転するのは絶えず異音がする古い車ですが、本作で「車」が果たす役割についてどう考えますか?

西島:いろいろなものを象徴しているのではないでしょうか。異音がずっと鳴っていて、どこか悲鳴のようにも聞こえます。廃車寸前という部分は、賢治が廃墟に取り憑かれていることともどこかリンクしていますし。車の中というは、不思議な空間なんです。全員が進行方向を向いていて、人と人が向き合うことがないからかもしれませんが、普段話さないことも車の中だと話せたりしますよね。とてもプライベートな空間であると同時にそれが移動している、というのは他の空間とは違います。だからこそ本作でも思わぬ感情がぶつかったり、とんでもないことが起きたりもする。とても特別な場所だと思います。

——車を運転しているシーンは身体的な動きが制限されますが、そこで意識している演技のアプローチはあるのでしょうか?

西島:実際に運転しながら演技をすることは基本的にあまりないんです。多くの現場では牽引して、運転しているように見せることが一般的ですが、僕は映画でもドラマでも「実際に運転してください」と言われることが多いです。本作でもたくさん運転しました。「(カメラマンの)佐々木(靖之)さんが移動しながらいろいろ撮りますから」と言われて、ブルックリンからマンハッタンをずっと走っていました。周りに注意して運転しながら演技をしなければいけないので、それはやはり演技に影響を与えると思います。運転中は普段とどこか違う意識状態にあるということが、車内だと普段話さないことがふと出てしまう、ということにもつながっているのではないかと思います。

——車の多いニューヨークで実際運転するのはかなり大変だったのでは?

西島:正直なところ、僕も最初「ニューヨークでは運転したくないな……」と思っていました(笑)。ただ実際運転してみたら大丈夫でした。マンハッタンの中心地だと渋滞などもあって大変だったとは思いますが、基本的にはブルックリンの辺りを走っていたので。

——確かに「これぞニューヨーク」という場所ではなく、あくまで人々が暮らす街としてのニューヨークを描いた作品だと思います。クーパーユニオンのグレートホールや廃墟となった劇場など印象的なロケーションがいくつもありましたが、とりわけ印象に残っている場所はありますか?

西島:廃墟もそうですが、個人的には賢治の義理の両親が住んでいる古いチャイナタウンもとても印象深いです。ニューヨークのロケと聞くとみなさんマンハッタンをイメージされると思いますが、今作で映るのはブルックリンやクイーンズといった場所。「これからアメリカでチャンスを掴むために頑張ろう」という人たちが大勢住んでいる場所で撮影ができたのは幸運でした。この作品にふさわしいロケーションだと思います。

海外スタッフとの撮影

——西島さんはAppleTV+ドラマ「Sunny」でハリウッドデビューを果たし、「Enemies(原題)」にも出演予定と聞いております。A24、ハリウッドチームでの撮影の経験で今回活かしたことはありましたか?

西島:「Sunny」に関しては監督やショーランナー、メインスタッフがアメリカから来日して日本人スタッフと一緒に撮影しましたし、「Enemies(原題)」は僕の出番は多くはないのですが、全てアメリカで撮影されていました。一方「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」はアメリカで撮影していますが、日本人監督でスタッフはいろいろな国の混合チームでした。現場ごとに毎回パターンが違うので、特に「この経験を活かせた」というものはないかもしれません。

——おっしゃる通りスタッフに関しては日本、アメリカ、フランスなどかなり国際色豊かですよね。そのような現場での撮影はいかがでしたか?

西島:とりわけカメラマンの佐々木さんと照明のチャド(・ドハティ)さんの連携が素晴らしかったです。

——佐々木さんは「ディストラクション・ベイビーズ」の撮影監督でもありますね。

西島:はい。本当に素晴らしいカメラマンで、とても無口な方なんですが、チャドさんをはじめアメリカのスタッフが佐々木さんのことをとても尊敬していました。現場で感じるものがあったのだと思います。例えばカメラのミリ数や絞りを伝えるとみんなすぐ理解して動く。とても雰囲気が良く、少人数でしたが対応力も機動力もあるチームでした。スムーズに撮影が進む素晴らしい現場だったと思います。

——また日本×台湾×米国合作の本作のように日本も参加する国際共同製作の作品も徐々に増えつつありますね。そういった製作方法の利点をどのように考えますか?

西島:日本国内でも面白いインディペンデント映画がたくさん出てきていますし、その流れがより良い方向へ進んでいってほしいと思っています。一方で、予算の都合などでなかなか実現できないこともあるのではないでしょうか。本作のように海外へ企画を出して、それに海外からも出資する人が出る…‥というやり方がより普及していけば、日本でもそういった映画がつくりやすくなるかもしれません。加えて国際共同製作をする作品が増えることで、日本映画の素晴らしさがもっと海外に広がることにもつながっていけばと思います。

——最後に、本作を撮った経験を踏まえ、西島さん自身がコミュニケーションをする上で大切にしていることを教えてもらえますか?

西島:大切にしているのは、正直であることです。正直に語る言葉は力があるし、他者に対してもきちんと伝わると思っています。逆に良い感じに見られようと言葉を装ったりするとうまく伝わりません。海外の方とお仕事をしていくなかで、そのことをより一層感じました。なので今回ご一緒した共演者やスタッフの方々に対しても、できる限り正直かつストレートにコミュニケーションを取ることを意識していました。

PHOTOS:MAYUMI HOSOKURA
STYLING:TOSHIHIRO OKU
HAIR & MAKEUP:MASA KAMEDA

「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」

◾️「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」
9月12日 TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー
出演: 西島秀俊 グイ・ルンメイ
監督・脚本:真利子哲也
撮影:佐々木靖之
編集:マチュー・ラクロー
録音:金地宏晃
美術:ソニア・フォルターツ
照明:チャド・ドハティ
人形劇指導:ブレア・トーマス
音楽:ジム・オルーク
配給:東映
https://d-stranger.jp/

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