オーストラリア・シドニーから登場したポップ・デュオ、ロイエル・オーティスが2024年2月にリリースした前作『PRATTS & PAIN』でやってみせたのは、単なるインディ・ロックの更新ではなかったはずだ。ザ・ドラムスとトゥー・ドア・シネマ・クラブの間を駆け抜けるような、ポップさとセンチメンタルさを湛えた疾走的ギター・ポップ、潔いまでのヴェルヴェット・アンダーグラウンド流のスラッカー的な脱力感、あるいはMGMTを彷彿とさせるドリーミーな残響といった要素を、まるでおもちゃ箱をひっくり返すかのように無秩序に混ぜ合わせ、そのまま “グローバル・インディ” として広範にリスナーの最大公約数を射抜いてしまうという、近年では稀にも思える奇跡的な瞬間だった。「全インディ・ファン必聴!」と展開される太文字のポップは、大型量販店でよく見かける常套句でもあるが、彼らほどそのフレーズに相応しいバンドもいないとさえ思えた。エッジを備えつつも、気軽に踊れるようなポップさを同居させる勘の良さは、世界中のプレイリストに違和感なく並び、多くのリスナーのフェイヴァリットとなった。グラストンベリー・フェスティヴァルやプリマヴェーラ・サウンドなどの大型フェスティヴァルへの出演さえも当然なことながら、この夏のフジロック出演は、旬なアーティストのベスト過ぎるタイミングでの来日となったことに心から感謝したい。

 『PRATTS & PAIN』の魅力は、ここまで挙げたアーティストだけにとどまらず、もっと多くの参照点を飲み込みながら、それを散らかしたまま生き生きと提示してしまう奔放さにあった。ストリーミング世代の新騎手として、彼らの嗅覚とセンスを武器にロックの面白さを誰にでも伝えてしまうパンチラインをナチュラルに放っていた。

 この1、2年間で飛ぶ鳥を落とす勢いで高まった注目度。その状況下で2025年8月にリリースされた2ndアルバム『hickey』はどうだろうか? 実際のところ、今作品では、テーム・インパラやトロ・イ・モワを彷彿とさせるモダン・ディスコ調の楽曲が多く、その艶やかさと快楽性は、彼らの長所でもあるノスタルジックでセンチメンタルな側面が強化された。そうした楽曲群のひとつでもある “come on home” では、ジャングルのジョシュ・ロイド・ワトソンとリディア・キットーをコラボレーターに迎えていることも納得だ。

 そうした成熟の一方で、私がこれまで惹かれていた冒険心や偶発性は今作で少し影を潜めている。例えば、初期の代表曲 “I Wanna Dance With You”や前作『PRATTS & PAIN』収録の “Fried Rice” が顕著なように、荒削りでありながらも心を掴むメロディの中には、偶発性とポップ・センスのせめぎ合いがもたらすエモーショナルを掻き立てるような高次元の音楽的快楽があったはずだ。“i hate this tune” や “car” のようなアップビートな楽曲も、もう一歩突き抜けるところまでは行かず、整った印象のまま収束しているように感じる。とはいえ、今作でハッと思わせる瞬間も確かにあり、“who’s your boyfriend”では、イントロから漂うジョイ・ディヴィジョン “Love Will Tear Us Apart” の影を彼らなりのポップな色合いに塗り替える手捌きはお見事で、遊び心と参照のねじれがもたらすポテンシャルを今も潜めていることを確信させてくれた。

 つまり、彼らが今後どう進化していくのか、それでも楽しみであることは間違いない。もっとやさぐれて、もっと無鉄砲で、もっとピュアネスが暴走していたあの感じにも期待したい。結局のところ、私は今も彼らにドキドキしているのだ。

村田タケル

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