
入り口正面にあるメインの平台中央付近に展示する(リブロ汐留シオサイト店)
本はリスキリングの手がかりになる。NIKKEIリスキリングでは、ビジネス街の書店をめぐりながら、その時々のその街の売れ筋本をウオッチし、本探し・本選びの材料を提供していく。
今回は、定点観測しているリブロ汐留シオサイト店だ。9月に入ってビジネス書の売れゆきはやや鈍っているという。話題の新刊が乏しく、息の長い売れ筋がベストセラー上位に顔を出す状況だ。そんな中、書店員が注目するのは、楽天球団や電子決済サービス、ペイペイの立ち上げをなし遂げた起業家で元ヤフー(現LINEヤフー)社長の小澤隆生氏の半生を追った評伝だった。
評伝作家が関心寄せた魅力
その本は北康利『小澤隆生 起業の地図』(日経BP)。著者の北氏は銀行や証券会社勤務の後、独立した作家で、これまで福沢諭吉、渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫といった歴史的な経済人の評伝を書いてきた。今回は「起業を目指す若者のための”アニキ・アネキ的先輩”を書いてみたいと思った」として小澤隆生氏に焦点を当てた。
小澤氏を取り上げた本は、今年すでにもう1冊出ている。『小澤隆生 凡人の事業論』(ダイヤモンド社)がそれで、本欄でも3月に〈凡人が成功するための方法論とは 元ヤフー社長が語る事業づくりの要諦〉の記事で取り上げた。そちらの著者は経済誌の記者経験が長いビジネスノンフィクション作家・編集者の蛯谷敏氏。企業人を追いかける物書きの琴線に触れる魅力が、小澤氏という起業家にはあるようだ。
小澤氏へのインタビューを軸に、その事業論を説き明かした蛯谷氏の本とは異なり、本書は評伝作家らしく、本人への取材や周辺取材を重ねて小澤氏のビジネス人生にストーリー仕立てで迫っていく。大学卒業から最初の起業、その楽天への売却までが第1章、楽天での球団立ち上げが第2章、楽天を辞め、起業や起業家育成にいそしんだ時代が第3章、ペイペイ立ち上げ以降が第4章という、ほぼ時系列に沿った構成だ。
友達を増やして笑って生きていく
著者が注目するのは、「友達を増やして笑って生きていく延長にこそ起業があるんです」という言葉に象徴される、自己犠牲や狂気を伴わない自然体の起業姿勢だ。加えて楽天の三木谷浩史氏に9年、ソフトバンクの孫正義氏に11年仕えたサラリーマンとしてのキャリアにも目をとめる。その両方で成果を出した小澤氏の生き方を通して、多様なビジネスライフを考えることができると著者は言う。
小澤氏の仕事や物事に対する姿勢や考え方の基本は、同氏の愛称にちなんだ「おざーんの法則」として冒頭のカラーページに続いて見開きで18項目が掲げられている。「センターピンを見極めよう」「最初の打ち出し角度を大事にしよう」といった、小澤氏を語るとき必ず出てくる法則がシンプルな言葉で並んでいる。
こうした言葉が本文の具体的なシーンでも随所にちりばめられ、エピソードを通じて小澤氏の考え方がより実感を持って感じ取れる仕掛けだ。苦しいこともあるが、起業や起業家支援を次々に楽しんでいく小澤氏の姿からは、起業を志す人ならたくさんの勇気をもらうことができるだろう。
「入ってきたばかりで、まだ動きは出ていないが、周囲に大手IT企業も多いのでこれからの売れゆきに期待している」と、店舗リーダーの河又美予さんは話す。
『会社四季報業界地図』が26年版刊行で首位に
それでは先週のランキングを見ていこう。
1位は定番の業界研究ムック。8月下旬に最新の2026年版が入荷し、トップの売れゆきが続いている。2位は5月刊の教育系ユーチューバーによる図形問題の本。一見難解に見えるのに気持ちよく解ける問題を集めており、算数や数学の学び直しをしたい大人にも人気になっているという。
同数の3位に3冊。1冊は、本欄5月の記事〈「持続可能なメディア」の5条件とは 海外・地方・雑誌…多様な動きを精力取材〉で紹介したメディア論の新書。ほか2冊は、株式投資術がテーマのマネー本と、1999年に邦訳が出たロングセラーで、物事を上手に論理立てて述べるテクニックを伝授する本が入った。『小澤隆生 起業の地図』はランク外だった。
(水柿武志)