日本、台湾、アメリカ合作映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』(9月12日公開)。ニューヨークで暮らすあるアジア人夫婦が主人公で、息子の誘拐事件をきっかけに、2人の過去や秘めた想い、夫婦が抱えている問題などに対峙していくヒューマンサスペンスだ。

多国籍のキャスト・スタッフが集まった本作で夫婦を演じるのは、西島秀俊と台湾出身の俳優グイ・ルンメイ。MOVIE WALKER PRESSでは、世界に活躍の場を広げる2人にインタビューを実施。話す言葉は違っても、演技を通じてお互いを尊敬し合う、強い信頼関係が見えてきた。

■「(賢治は)異国でフラストレーションをため込みながら、ある意味孤独感を覚えているキャラクター」(西島)

――西島秀俊さん演じる夫の賢治は、ニューヨークの大学で廃墟の研究をする日本人助教授。グイ・ルンメイさんが演じる妻のジェーンは台湾から移住した女性で、人形劇団のアートディレクターとして夢を追いながらも、子育て優先の日々を送っています。ニューヨークで暮らす外国人というそれぞれの役柄を、どのように解釈して演じましたか?

廃墟の研究家だが、大学でのポジションが危うい状況の賢治廃墟の研究家だが、大学でのポジションが危うい状況の賢治 / [c]Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.
西島秀俊(以下、西島)「僕の役は、ニューヨークに来てまだ数年で、これからもう少し研究が評価されれば教授になることができるかもしれないが、あと1年くらいが勝負だというタイムリミットが迫っている。ジェーンと出会い、結婚して、もちろん愛で結ばれてはいますが、文化や言語の違いからすれ違いみたいなものも感じていて、異国でフラストレーションをため込みながら、ある意味孤独感を覚えているキャラクターだととらえていました」

ある日、ジェーンの店に強盗グループが押し入る事件が発生ある日、ジェーンの店に強盗グループが押し入る事件が発生 / [c]Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.
グイ・ルンメイ(以下、ルンメイ)「ジェーンは、両親がニューヨークで小さなお店をやっているという女性です。監督に設定を確認したら、中学生くらいの時にアメリカに移住し、ニューヨークで育ったということだったので、実際、若いころにアメリカに移住した友人たちに、どんな感じだったのかと聞いてみました。皆さんが言うには、やはり言葉の問題などもあり、学校でなにかしら差別を受けたり、馴染めなかったり、どこかで孤独を感じていたそうです。そういう環境の中で、ジェーンもまた、いろいろな問題を乗り越えて、未来に向けて努力していくという彼女の性格が形成されていったのだと理解して演じました」

――夫婦の在り方や愛の形、自分は何者なのかというアイデンティティの迷いのような、人間が生きていくうえで大きなテーマをいくつか扱っている作品だと思いました。脚本を読んだ際に、特に心を掴まれたところは?‎

一見賢治は育児に協力的だが、実はジェーンは不満を募らせていた一見賢治は育児に協力的だが、実はジェーンは不満を募らせていた / [c]Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.
西島「賢治は、自分は父親として、家族のために頑張っていると思っていたけれど、突然息子が誘拐されたことで、実は父親になりきれていなかったことに気づきます。そして本当の父親になっていく。この“どうやって本当の父親になるか”ということを描いているところに惹かれました」

ルンメイ「私が脚本を読んだ時に感じたのは、2人はお互い、それが自分の愛し方だと思っている方法で相手を愛しているということです。でも、それが合っているとは限らない。言葉の壁もあって、スムーズにコミュニケーションが取れないうちに問題が大きくなっていくのですが、2人にとって一番の問題は、お互い自分の視点でしか物事を見ていないこと。子どもが誘拐されて初めて、一番大事なものに気づきます。私は、そこに惹かれました」

■「現場では余計なことに邪魔されることなく、役に没頭できます」(ルンメイ)

――ニューヨークでの撮影は、日本とも台湾とも環境が違うと思います。印象的だった違いがあれば教えてください。

『藍色夏恋』にてデビューし、国際映画界で活躍し続けるグイ・ルンメイ『藍色夏恋』にてデビューし、国際映画界で活躍し続けるグイ・ルンメイ / 撮影/興梠真穂 ヘア/Nelson Kuo メイク/YAO CHUNMEI スタイリスト/Fang Chi Lun、Quenti Lu
ルンメイ「国際共同製作の作品は撮影前の準備が綿密で、今回も脚本の推敲をはじめ、監督や各部門とのコミュニケーションに時間をかけることができました。ニューヨークでの撮影は労働時間の制約があるため、現場に着くとすべて準備万端の状態で、全員が1分1秒を惜しんで仕事に没頭していました。私はあのような仕事の仕方がとても好きです。現場では余計なことに邪魔されることなく、役に没頭できます。そのおかげで、感情表現もより真摯なものになったと思います。台湾では、現場でいろいろ議論して、この場面はどういう意味?どう撮影する?照明はどうすればいい?など時間をかけて作っていくことが多いですね」

西島「日本の撮影現場に比べるとより制約があり、きっちりと撮影時間が決まっていたため、休みを取りながら撮影に臨めた一方で、もしかしたら監督は、もっとカットを撮りたかったけれど、減らした部分があったのではないかなと思います」

――撮影期間中、西島さんはニューヨークから、おいしそうなスイーツなどを召し上がっている写真をInstagramに投稿されていましたね。映画はシリアスですが、撮影現場は和やかな雰囲気だったのかなと想像します。

セリフの9割が英語という本作に挑んだ西島秀俊セリフの9割が英語という本作に挑んだ西島秀俊 / 撮影/興梠真穂 ヘアメイク/亀田雅 スタイリスト/オクトシヒロ
西島「カメラマンの佐々木(靖之)さんと照明のチャド(・ドハティ)さんが、お互いに信頼し、尊敬し合って仕事をしている様子が周囲にも伝わってきていました。そんな2人の素晴らしい連携もあって、現場の雰囲気はとてもよかったです。確かに、僕は休日は時々外出してニューヨークを楽しんでいましたが、ルンメイさんはすべての時間を役に費やしていましたよね。すみません(苦笑)」

ルンメイ「羨ましい…(笑)。いえいえ、西島さんはすごい俳優さんですから!」

■「自分自身を完全に開放し、現場でお互いの間に生まれるものを大切に演じることができた」(ルンメイ)

――共演してみて、相手に引き出してもらったと思う“自分の知らなかった一面”はありますか?

ジェーンの父が護身用に調達していた銃を、賢治の車のトランクに隠すジェーンの父が護身用に調達していた銃を、賢治の車のトランクに隠す / [c]Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.
西島「ルンメイさんは、演技だからといって嘘をつかない人なんです。簡単に自分の信じているものを手放さない。演出に対しては全力で応えるけれども、演技だからと簡単に一線を越えることはない。僕にとって改めて “自分が理想とする演技”を考えるきっかけになりました。そういう演技を目の前で見せてもらい、とても影響を受けましたし、これからの自分の演技も変わっていくだろうと感じています」

――西島さんが、かつて「こういう演技をしたい」と目指していた形だったということでしょうか?

西島「そうですね。 理想形として目指していた形があっても、いろいろ経験してきたなかで、それが受け入れられない状況もありました。“別の正解もある”と自分のなかで納得することでやってきたところがあったと思うのですが、もう一度、“本当に自分がやりたかったこと”を考えさせられるような演技を目の前で見ることができて、刺激を受けました」

西島秀俊が自分にとって理想の演技について語る西島秀俊が自分にとって理想の演技について語る / 撮影/興梠真穂 ヘアメイク/亀田雅 スタイリスト/オクトシヒロ
ルンメイ「私こそ、西島さんの声の表現や演技、様々な表現方法から、テイクごとに異なる感覚を受け取りました。どんな演技をしても西島さんが受け止めてくれましたし、“その瞬間に感じたことが正しい”と励ましていただきました。

以前の私は役作りで考えすぎる傾向があったのですが、今回は経験豊富な西島さんとの共演なので、自分自身を完全に開放し、現場でお互いの間に生まれるものを大切に演じることができたと思います。この方法を試してみて、私自身、驚くことが多かったですね。今後出演する作品にこの方法が適しているかどうかはわかりませんが、今回は西島さんが大きな木のようにそこにいてくださったおかげで、私はその下で楽しく遊ぶことができたと感謝しています」

グイ・ルンメイは今回の共演に感激グイ・ルンメイは今回の共演に感激 / 撮影/興梠真穂 ヘア/Nelson Kuo メイク/YAO CHUNMEI スタイリスト/Fang Chi Lun、Quenti Lu
■「変化を積極的に受け止めて前向きに進んでいこうと思っています」(西島)

――本作は、ニューヨークの街や幾度となく登場する廃墟の雰囲気、こだわりを感じる効果音など、ぜひ映画館で観て、感じてほしい映画だと思います。動画配信プラットフォームで映画やドラマを観る人が増えたことで、視聴者が様々な国の作品や文化に触れ、本作のような国際共同製作の作品が生まれやすくなる土壌ができる一方、映画館好きとしては、やはり寂しさも感じます。映画を観る環境について、日頃からどのような考えをお持ちですか?

【写真を見る】ナチュラルな笑顔が映える!西島秀俊とグイ・ルンメイを夜の屋上で撮りおろし【写真を見る】ナチュラルな笑顔が映える!西島秀俊とグイ・ルンメイを夜の屋上で撮りおろし / 撮影/興梠真穂 ヘアメイク(西島)/亀田雅 スタイリスト(西島)/オクトシヒロ ヘア(ルンメイ)/Nelson Kuo メイク(ルンメイ)/YAO CHUNMEI スタイリスト(ルンメイ)/Fang Chi Lun、Quenti Lu
西島「音がなかった時代から白黒になりカラーになり…映画はそうやってどんどん変化しているので、そのなかで当然失われるものもあります。でも、そういうことも前向きに受け止めようと、若い頃に決めたんです。僕はフィルムでの撮影をぎりぎり経験している世代で、デジタルに変わった時も、やはり環境が大きく変わりました。配信もいまはまだ過渡期で、この先どうなっていくのかわかりませんが、変化を積極的に受け止めて前向きに進んでいこうと思っています。それでも、映画は生き延びていくと思っているんです。僕自身は、映画館でも配信でも、どちらでも映画を観ています。配信にないものはDVDやBlu-rayを買いますし、あらゆる方法で観ています」

ルンメイ「私も西島さんと同じ意見です。フィルムの時代を懐かしむ人は多いですが、時代は前に進み続け、メディアも変化しています。動画配信プラットフォームにも、徐々に適応していくべきですよね。とはいえ私自身も、映画館で2、3時間、完全に映画に没頭して過ごす体験は非常に貴重だと感じています。忙しい日々のなか、映画館から出ると、まるで雨に洗われたような清々しさを感じることがあるんです。そういう時間や感覚を大切にしながらも、新しいメディアにもオープンな気持ちで向き合いたいと思っています」
『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』は9月12日(金)公開『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』は9月12日(金)公開 / [c]Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

取材・文/新田理恵

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