9月8日付のオリコン週間文庫ランキング(集計期間:2025年8月25日(月)〜2025年8月31日(日)/オリコン調べ)の第1位・第2位は吉田修一の『国宝 上 青春篇』『国宝 下 花道編』(朝日文庫)がランクインした。これで『国宝』は五週連続で第1位・第2位を独占したことになる。

 『国宝』は現在、吉沢亮・横浜流星主演の実写映画が公開中。8月18日時点で配給元である東宝が興行収入105億円を突破したことを発表するなど、異例のヒットを飛ばしている。実写映画の興行収入が100億円を突破するのは、『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年公開、173.5億円)以来、22年ぶりとのこと。(参考:記録連発の『鬼滅』と『国宝』 実は「夏の二強」ではなく「夏の一強」である理由|Real Sound|リアルサウンド 映画部)また、第98回米国アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品にも同作は決定している。

吉田修一『愛蔵版 国宝 (上) 青春篇』(朝日新聞出版)

 こうした映画のヒットを受ける形で原作本も大きく売り上げを伸ばしている。9月8日発表のオリコン資料によれば上・下巻を合計した累計売上部数は105.9万部。2021年9月の発売から約4年で100万部を突破することとなった。さらに朝日新聞出版ではこの大ヒットを受けて、「国宝」という題字を箔押しした特装の愛蔵版を9月5日に緊急発売することを決定している。

 『国宝』は2017年から2018年にかけて朝日新聞に連載され、2018年9月に単行本刊行された吉田修一による長編小説で、芸術選奨文部科学大臣賞と中央公論文芸賞を受賞している。主人公の立花喜久雄は長崎の任侠一家に生まれたが、ある事件をきっかけに長崎を出て大阪の歌舞伎役者・花井半二郎のもとに身を置く。そこで半二郎の実子である大垣俊介と出会い、ともに女形の役者としての研鑽を積むことになる。

 歌舞伎を題材にした小説はジャンルを問わずこれまでも多く書かれてきたが、『国宝』という作品における最大の特徴は、立花喜久雄という人間の成長を大河形式で描いた教養小説の側面を持っていることだろう。前述の通り喜久雄の出自は極道の一家にある。芸事へ真っすぐ打ち込みたいという彼の思いとは裏腹に、周囲の血筋への拘りがそれを歪めてしまう場面が時おり作中で描かれるのだ。そうした主人公の苦闘の人生を、お坊ちゃま気質の俊介との友情なども交えながら辿っていく成長小説としての読み応えが本書にはある。

 加えて『国宝』には様々なメディアとの関わりから伝統芸能の有り方を見つめ直す風俗小説としての一面も持ち合わせている。本書は1964年、つまり昭和の東京五輪開催の年から幕を開ける。高度経済成長期を迎え、テレビが発達して芸能の需要が変化していく様子とともに、喜久雄のいる歌舞伎界も他メディアからの影響を大きく受けざるを得ない姿が描かれていく。本書はそうした芸能そのものの有り様の移り変わりを辿る小説としても鑑賞することが出来るだろう。

 これまで吉田修一作品の映像化といえば、2010年に妻夫木聡・深津絵里主演で公開された『悪人』を思い出す人は多いだろう。(監督は『国宝』と同じ李相日)『悪人』は犯罪小説の要素も色濃いストレートノベルだったが、『国宝』は友情や恋などを織り交ぜた教養小説であり、戦後の伝統芸能が辿った道を振り返る芸能小説であり、ひとりの人間の人生を追う大河小説であり、と大衆小説として多面的な魅力を持った作品になっている。映画の成功に伴う原作小説のヒットを機に、作家としての吉田修一の多面性により多くの読者が気付くことを願う。

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