文筆家の塩谷 舞さんの住まいを訪ね、これまでの人生で静かに思考を育み、心に定着していった本の話を教えてもらった。塩谷さんの暮らしの本棚と、読書の時間の見つけ方はこちらから。ここでは、塩谷さんが選ぶ、知的好奇心を満たす”聴く”本を、塩谷さんのコメントと合わせて紹介します。

1冊目:日本人の思考様式を分析して考察を重ねる。
『伝統と現代』
著 山本七平 ナレーター 山本七平
ことのは出版

日本人の精神構造や文化を深く掘り下げた、評論家の山本七平。「伝統と現代」は1998年に開催された〈文藝春秋〉の文化講演会をまとめたもの。〈Audible〉には〈文藝春秋〉主催の講演音声が揃っている。「江戸時代の文化習俗などを穏やかに、ユーモアを交えた口調で語っています。現代の感覚からすると古く感じる価値観も多々ありますが、過去を知ることで現代を知ることもできる側面がある。リアルタイムで参加するよりも味わい深いかもしれません」

2冊目:砂糖という食材を通して歴史を大摑みする。
『砂糖の世界史』
著 川北 稔 ナレーター 田中健大
Audible Studios

砂糖という身近な食材をめぐり、政治や経済、産業、人々の暮らしといった、中世から近代まで時代の流れを丁寧にひもとく。「『砂糖のあるところに奴隷あり』と言われるようにプランテーションで大規模に生産された砂糖の歴史の背景には、黒人貿易と密接な関係があり、そういった残酷な歴史の一端を知ることができる。加えて、ヨーロッパで長らく薔薇の花の砂糖漬けが解熱剤として重宝されていたなど、新たな知識を得られます」

3冊目:"物語を語る"という行為について。
『職業としての小説家』
著 村上春樹 ナレーター 小澤征悦
Audible Studios

小説を書くということ、作家としての気構えや必要な素養、オリジナルの文体をアナログな作業を繰り返して獲得するまでの道のりなど、村上春樹が小説家になるまでの足取りを克明に語り尽くす。「講演原稿のようなスタンスで喋るように書いた、と書かれていることもあり、耳で聴くのに最適な一冊。私はエッセイストですが、逆立ちしても、小説家にはなれないな……とも感じました。一人の大成したクリエイターの仕事論としても楽しめる内容だと思います」

4冊目:明治時代の東京に思いを馳せる。
『三四郎』
著 夏目漱石 ナレーター 佐々木 健
パンローリング

1908年に朝日新聞に連載され、翌年書籍化された作品。熊本の高等学校を卒業し、東京帝国大学に合格した主人公の三四郎が、都会の女性との出会いや周囲の人々との交流を通して、成長していく物語。「昨年、三四郎池の周りを歩いたときに『三四郎、読んだことなかったな』と思い、ありがたく再生しました。私は文京区に暮らしているのですが、その周辺が舞台ということもあって、当時の景色を思い浮かべながら聴くのも面白かったです」

5冊目: 極めて豪華なナレーションを堪能する。
『源氏物語 瀬戸内寂聴訳 第1巻』
著 紫式部 瀬戸内寂聴 ナレーター 三田佳子 中村橋之助 山本郁子 他
IVC

生まれつき美しさと才能に恵まれた男性、光源氏と数々の女性たちの華やかな恋愛模様を描いた物語。全五十四帖ある。「光源氏の女性関係には、それは不同意性交等罪なのでは……と現代人的なツッコミが入ってしまうわけで。そうした男性の物語を紙の本で能動的に読み進めていくのは、少し疲れてしまうことも。けれど、音声の場合は自動的に物語が進んでいくので、良い意味で受動的に楽しめます。時折、差し込まれる管弦や虫の音も風情があります」

6冊目:茶道からひもとかれる、日本や東洋の思想。
『茶の本』
著 岡倉天心 ナレーター 大橋俊夫
パンローリング

日本美術を世界に広めた先覚的な指導者である岡倉天心。東京美術学校の開校や美術科の育成など、伝統美術の再定義と復興に貢献した。本作は、英語で執筆した茶の中にある神髄を、西洋人にもわかるように伝えた『The Book of Tea』の和訳。「『東洋文化とは何か?』という前提がわかりやすく書かれている。すっかり欧米化されて久しい現代日本人にとっては、当時の日本の立ち位置も再確認しながら、文化の足元にあるものをわかりやすく学べます」

文筆家・塩谷 舞さんの暮らしの本棚と、読書の時間の見つけ方も、合わせてご覧ください


塩谷 舞文筆家

1988年大阪府生まれ。note「視点」を更新中。著書『ここじゃない世界に行きたかった』『小さな声の向こうに』(ともに文藝春秋)は〈Audible〉で体験できる。

photo : Koji Honda text : Seika Yajima

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