【日本映画の名作徹底解説】「映画本来の面白さ満載!」黒澤明の傑作時代劇『用心棒』の魅力に迫る!

このチャンネルではこれまでにも『七人の侍』や『天国と地獄』、『生きる』といった黒澤明監督の傑作をご紹介してきましたが、今回は視聴者の方からのご要望も多く、黒澤作品の中でも一際人気の高い娯楽時代劇の傑作、『用心棒』の魅力に迫りたいと思います。黒澤が、とにかく映画本来の楽しさを追求したという傑作はどのように誕生し、何が今も世界中の観客を魅了し続けているのでしょうか。

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映画本来の面白さが爆発する傑作時代撃 用人の魅力に迫る。 このチャンネルではこれまでにも7人の侍 や天国と地獄生きるといった黒沢明監督の 傑作をご紹介してきましたが今回は視聴者 の方からのご要望も多く黒沢作品の中でも 一は人気の高い娯楽時代劇の索作用人の 魅力に迫りたいと思います。黒沢が とにかく映画本来の楽しさを追求したと いう傑作はどのように誕生し、何が今も 世界中の観客を魅了し続けているの でしょうか?それでは早速見ていき ましょう。是非最後までご覧ください。 黒沢明20作目の作品用人は1961年に 公開されるや国内外で大ヒットしました。 これから3年後の1964年にはセルジオ レオーネ監督によるイタリア映画荒野の 用人棒が公開され捜到事件として騒がれ ましたがこの作品は本場のアメリカ西武劇 をしいでマカロニウエスタンの人気に火を つけ主演のクリントイーストウッドを一躍 世界のスターに押し上げることになりまし た。後に1990年5月第43回甘祭で夢 がオープニング上映されることになり、 そこに招かれた黒沢明が大歓成の中レッド カーペットを歩いているとタキシードに身 を包み長心の黒沢よりさらに頭1つ大きな 人物が黒沢に近寄りいきなり黒沢の肩を 抱き寄せて法にキスをしました。その人物 こそ今や世界の映画市場に残る名雄で 名監督でもあるクリントイーストウッド その人でした。顔を好調させ尊敬する黒沢 に会えた喜びを全身で表した彼は黒沢に こう伝えました。あなたなくして私の今日 はありません。それから2年後の1992 年、彼は自らの主演監督で1人の元が悪徳 保安感とその手下の暴力団を町から一掃 する許されざるものを発表しました。全体 の流れや最後の保安感との血闘が用人棒と 酷似しているこの作品はその年の アカデミー作品賞や監督賞に輝きました。 また用人棒を見た海外の映画ファンの熱狂 ぶりは凄まじかったと言います。劇作家の 井上はオーストラリアに住んでいた頃、 用人が映画館で上映されたのを見た時、 興奮した観客がA社に駆け合ってA社を 中止させ、もう1度そのシーンを再上映さ せるという光景を何度も見たそうです。 このように世界の映画界に大きな影響を 及ぼし、また世界中の映画ファンから熱狂 的に受け入れられた用人がどのようにして 生まれ、なぜ人はこの作品にそれほど見せ られるのか、その魅力の秘密を探っていき たいと思います。 空風吹きサぶ小さな宿の宿に1人の風房の 浪人がやってくる。そこではトばの元締め であるまの目の生命一家と西米の弟文で 乙女相続に不満を持って独立した牛一家と の構想によって殺戮が繰り返され、2人は それぞれ町の有力者である主の多え門と 作り坂屋の特門を後ろ建てにして高層は 泥沼し町はゴーストタウンと貸していた目 の前にあるクワ畑を見てク畑30郎もう すぐ四十郎だがなと名乗る浪人は薄汚れた 門つき墓姿で武将髭を生やし一問なしで飯 や金を無慮に要求するおよそ侍らしくない 侍だがうちには正義感を姫め憲望術数に たけさらに無敵の腕を持つ剣の達人。 そんな男が数々の危機をその策略で くぐり抜けながら2組のヤザを壊滅させる ために大活躍する。 代表作生きる7人の侍と思いテーマが続き 、その流れのラストであり、戦後10年の 節めに水爆の恐怖を訴えた生き物の記録を 取り終えた黒沢は一気に解放され、 待ちかねたように時代劇部作を発表しまし た。それが雲の須条、どん底、そして隠し での三悪人でした。しかしいつもの癖で撃 の楽しい映画を撮ろうと始めたものの、 黒沢は奥にある人間を捉えようとして南中 を極めた結果、1本として映画の楽しさを 追求する余裕はなくなりました。その上で の三悪人で制作費を使い果たしたため、 東方側は給与の策で黒沢プロの設立を 持ちかけます。こうして1959年黒沢 プロダクションが設立され、黒沢は自ら 制作にも携わることになりました。黒沢は 黒沢プロの第1回作品として正解の闇で あるお食事事件に挑んだ悪いやつほどよく 眠るを作りました。黒沢はこう言ってい ます。黒さは黒ができたら早速儲けのため の写真を作ったなどと言われるのも尺でね 、1番難しいものに取り組んでやろうと 思った正解を揺がす大食事件が起こっても 課長クラスの小物の自殺でうやむやになり 権力の中数には操作の手が及ばないという 状況に黒沢はあえてメスを入れました。 しかし実際に存在する権力にストレートに 迫るわけにいかず、黒沢にとっては極めて 南重な撮影になり、さらに赤字も出して しまいます。ここに至ってようやく黒沢に 徹底的に映画の楽しさだけを追求した作品 を作るという、今まで果たそうとして 果たせなかった長年の念願を果たす時が来 ました。ここには黒沢プロ社長として ヒットを飛ばしたいという思いもありまし た。映画を愛する黒沢にはこのような思い がありました。いろんな国の人が理解し 合うためには映画が1番いいんですよ。 スクリーンの上で日本人がある問題を抱え て泣いたり笑ったり苦しんだりしている わけでしょう。それを見ると外国人も一緒 に泣いたり笑ったりしてお互いに理解して いくわけです。だから僕は映画というのは 世界の広場みたいなものだと思っているん です。映画の楽しさ、面白さを思い切り 出したものにしたかったと黒沢が語るよう に用人坊は初めから理屈抜きの娯楽映画と することを念頭に置いて作られました。 黒沢は用人棒について後にこのように語っ ています。用人棒はむしろある意味では奇 です。大体こんなバカな話はない。 ともかくある意味でめちゃくちゃなんだ。 ドラマだって分析していったら穴だらけ でしょう。それをただ一気に面白がらせて おしまいまで見せてしまう。その徹底的な 楽しさだけを追求していく作品。それも また映画なのだと思いました。1960年 10月、黒沢は両人のシナリオを書くため に、熱海の旅館に共同執筆者の菊島流像と しました。菊島流は野良犬の以来共同執筆 者の1人として黒沢を助けてきた脚本家 でした。理屈を考え出すと作品全体が崩れ てしまうため我を忘れたような気持ちで 作ることで活動大写真のような作品を狙っ たという黒沢はシナリオ執筆でも面白がっ てノりに乗り彼らは収支会長に シナリオ作りを進め18日間で完成させ ます。同じ口園で執筆された7人の侍の シナリオが45日間にも及ぶまさに身を 削るような苦しみの中から生まれたのとは 対象的でした。江戸キの幕府の政治力が地 に落ち、諸国にバトの群れが現れた時代。 2大勢力のヤザ集団が縄張り争いをする 魔ノ目の宿に現れた1人の浪人。この浪人 が町に一悶着を起こし、そしてこの町を 去る。この荒野の血闘や支援に見られる ような典型的な西武劇のパターンを投集し た用人棒は黒沢が敬愛するジョンフォード への遺系の念も見て取れます。そして本作 では悪玉のヤザが最終的には1人残らず 殲滅させられます。悪いやよく眠るでは お食の大物を追い詰めながらあと1歩の ところで逆襲され正義感に燃えた主人公が 残殺されるという悲劇にせざるを得ません でした。黒沢はその無念を時代劇であり空 の物語でもある用人で悪玉のヤザを容赦 なく徹底的に叩きつすことで晴らしたと 言えるでしょう。 順調に進んだシナリオ執筆でしたが、 そんな中でも最も苦労したのが主人公の 浪人3重老の性格付けとその言動でした。 用人の設定はダシールハメットの ハードボエルド小説地の収穫を元にして おり、黒沢と菊島はその中に主人公の 破天候な人物像を造形しました。黒沢が 極端にドライでハードボイルドの男が主人 公の話というようにこの主人公は侍だが 全く侍らしくなく主観の意思もまるでなく 一切の束縛を嫌い修を無視して生きる 自由人として描かれます。そんな主人公に 黒沢は無敵の県の達人としての能力を与え 悪や不正を激しく憎む正義感を持たせまし た。同人の無類の面白さはこの主人公の 片破りな性格とその性格から発せられる 破天候な行動の面白さにあると言えます。 オープニングクレジットでカメラはクワ畑 の中を歩いていく三十郎の後ろ姿を追い ますが黒沢は観客をこの30郎と一緒に 行動させようとしました。観客が30郎と の一体感を強めれば、観客は30郎が直面 する様々な危険な場面に自分たちも 立ち合い三十郎が有利な時は胸の救思いを し、絶対絶明の状況に置かれた時には肝を 何度も冷やすというように主人公と一緒に スリルとサスペンスを味わい、それが映画 の醍醐みになっています。黒沢はこう言っ ています。この映画では観客はいつも三船 俊郎の主人公と一緒に行動する。または 考えるという風に取ってみたんです。 例えば戦争を批判する映画があるとします ね。結局は観客は安全な場所にいるという のが訴える力を弱めていると思うんです。 菊島もその苦労をこう語っています。全身 を通じて主人公に顔を出させ、つまり主人 公の見た事件の積み重ねということを特色 とし、また屈伸してみましたが、この場合 真の目の祝の地図は根本になることだった ので、何度もこの架空の宿場の地図は 書き換えました。十郎の唯一の居場所に なるゴンジーの居酒屋が宿場町の中ほどに 設置されているのもその問をあげれば町 全体が見渡せるようにするためであり道の 向こう側に日の宮を立てたのも俯瞰で宿場 全体が見えるようにするためでした。この ように三十郎が宿場町で起こることを一部 支住見ることができるようにするために 苦心の末の工夫がありました。 さらに物語をより面白くするために黒沢は 30にとって強力なライバルの宇之助を 廃しました。刀を持てば無敵の強さを誇る 三十郎ですが、30郎の1人下では面白み がない。30郎に勝さるとも劣らない ライバルを登場させることで物語は一気に 緊張感を高めます。宇之助の存在によって 容易に手出しができなくなった三十郎は 様々な戦術を凝らすことになり、それに よってストーリーに厚みが増したのです。 この宇之助役は当初三橋達也が予定されて いました。前作悪いやよく眠るでお食の 現凶である岩江団副総祭の息子達役で見を 抜擢しそのドライナ現代青年ぶりを黒沢は 気に入っていました。三橋は衣装合わせ までしましたが、三橋にとっての御人で ある東方獣役の藤本ネと黒沢との圧歴から 藤本に義を立てた三橋が交板したのです。 そこで黒沢は俳優出身で小林正監督の人間 の条件に主演して一躍注目を集めていた中 達也を抜擢しました。課題はまだ無名の 新人であった7年前に7人の侍で街道を 生きかう侍の1人としてほんの2秒間だけ エキストラ出演していますがこの時の撮影 でただ歩くだけのシーンなのに何度となく 黒沢からNGを出され続け半日も屈辱感を 味わった中台はこれからいい俳優になって 絶対黒沢組には出ないぞと心に決めたそう です。そのため黒沢から異人の出演以来が 来た時には中台はずっとそれを断ってい ましたが、最終的には黒沢の根期に負けて 仕方なく出演したと言います。しかし結果 的には彼の演じた神殿の大之助はバフラー に拳銃というその独特のスタイルと中代の 持つ怪しい魅力が相まって三船演じる三十 郎の公的種として強烈な印象を残しこれ 以降つ木三十郎天国と地獄者乱といった 後期黒沢作品に欠かせない存在になって いきました。黒沢は三十郎と宇之助を 際立って対象的に描きました。日本雑誌の 剣剛である三十郎と懐にピストルを忍ば せる宇之助薄汚いモス墓の三十郎と 江戸帰りらしい縦島の池なき流しの之助と いう具合にそして首の長い中台に首の辺り が寂しそうだねといった黒沢は スコットランド製のタータンチェックの 赤いマフラーを任せました。これに違和感 を持った新聞記者があの時代にそういう ものがあったんですかと質問すると黒沢は こう答えたと言います。宇之助は横浜 あたりにいたんだよ。持っていたって 不思議はない。しかしいい紛争というもの は現れただけでその役のキャラクターが 図っと分かるというものだ。時代交渉だけ にしがみついてちゃだめなんだよ。 縄張り争いをする2人のヤザのドには かつては流星を誇ったものの我が子可愛さ に息子に後めを継がせようとして縄張り 争いの現凶を作り、今は落ちのまの目の 聖米にサイレント時代からのダイスターで 戦後は個性派の脇役として活躍した川津 生郎。かつては西米の1の古分だったが、 後目争いで逆月きを返して半期をひ返し、 今は生命をしぐいの神殿の牛とに戦前 ボードビルグループ呆れたボーイズで人気 を拍し、悪いやよく眠る以降黒沢作品の 常連にもなるサザ級を据えました。なお、 ヤザの親分には後に天国と地獄で暴と呼ば れる田口部長刑事役を務めた石山健次郎に 黒沢は出演交渉をしましたが、石山の仕事 の都合で涙を飲んだと言います。石山の 親分も見てみたかった気がします。生の 強欲な尿房りは雲の素情どん底で見事な 演技を見せた大女優の山鈴が演じました。 雲のスの夫をそかして上司を奪い取る猛集 の女、あじどん底の嫉妬に狂って妹いじめ をする矢主の妻に続く強欲な悪女役に山田 はこう言っていたと言います。悪が強く 悪女に近い女がお好きだったみたいですね 。悪が強くないと女は使いたくないって 感じで黒沢監督のイメージでは私は悪女 だったんでしょうね。また何と言っても 強烈な印象を残すのが牛兄弟の猪きを演じ た加藤大輔でしょう。猪きはごじ曰く少し 足りねえが割れ出したら手がつけられねえ という男で加藤は太く繋がった眉とかけた 前歯。そしてたどたどしいセリフで少し 足りない男を見事に演じています。彼の 一挙種一等に笑いの希爆剤が仕掛けられ 殺伐とした物語の中で重要なコメディ リリーフ役になっています。加藤大輔は7 人の侍で志村孝志演じる官兵の忠実な部下 七八七八郎寺を演じていますが七郎寺と 猪吉を演じける加藤の演技の幅の広さには 驚きしかありません。ヤザではありません が生命一家に雇われる本魔先生も笑いを 誘います。演じたのは黒沢明の監督 デビュー作姿三郎で主人公の三史郎我が 青春に悔いなしで主人公の兄弟ロ下竜地 そして各人での三悪人では三船俊郎を 演じる主人公部6ロ太の公的種所兵を演じ た藤田スむです。ここでは序盤の生命一家 と牛一家の出入りの際に昼逃げする老人を ひ評と演じていました。戦前から多くの 映画で主役を張り、戦後も重厚な脇役を 演じることの多かった藤田が、このような 情けない役を演じたのも意外があって 面白いです。またヤザの古分や無職人たち も気性を高めています。黒沢作品には グロテスクで異様な人たちが多く登場し ますが、特に相撲は見るからに虚感でその 動作が簡なためにどこかの抜けた感じに なるため黒沢は好んで使いました。7人の 侍ではきちん宿で爆地をする民速の関竹し どん底では藤田山そして本作では牛の古分 の間抜きに2mを超える大男の羅門スゴ郎 を起用しています。なお藤田山と羅門は 大雲相撲引退後共にプロレスに転候して おり2mを超える羅シ門と170cmに 満たない小柄な藤田山はデコボココンビで 人気を集めました。黒沢はヤザの古分たち 、1人1人の紛争や衣装も自ら楽しんで デザインしました。冒頭で三十郎に 切り捨てられる3人の教情持ちの1人は 髪の毛を半分そり落としていますが、これ はロシアのル系者の格好でロシア軍学を 愛した黒沢らしいとも言えるでしょう。 なおこの教情持ちを演じたのは後に人気 テレビ時代劇水戸校門で風車の社を演じて 人気を拍した中谷一郎です。また30に腕 を切り落とされるの目の6は歌詞としても 活躍し後に遠くへ行きたいの大ヒットで 一躍人気者となったジェリー藤男でした。 さらに俺だってよいずれさらし首だ。自慢 じゃねえが悪いことでやってねえことは1 つもねえんだとすごむ表情持ちを演じた 大橋踏文は特殊技術専門の造形家でもあり 冒頭で犬が加えて走る切られた手首は 古道具係かりの浜村光一に依頼されて大橋 が作ったものです。精米一家は女老屋です がこの女老の中にもその独特の風貌で記憶 に残る人がいます。要望のオリンが30論 をモてなすために女老たちに踊りを披露さ せますが、その後ろでお林しを演奏する 女郎の1人は後に天国と地獄の終盤で酒場 で山崎演じる犯人にヘロインを渡す女とし て出演し、ノンクレジット強烈な印象を 残した岩崎と子です。なおこの踊りを眺め ている三十郎の何とも言えない表情も笑い を誘います。 その他頑固が人に熱く次第に三十郎の唯一 の理解者として彼を助ける居酒屋の ゴンジーには当のエ治郎その隣の間屋に 渡辺淳生の後ろとなる木ト也の多財門に 藤原蒲牛一家の後ろとなる高食な作り坂屋 の特門には志村孝志と黒沢作品連の名雄 たちが脇を固めます。そんな中でも出職な のは沢村を演じるバンタのハ助でしょう。 町の治安を守るはずのバンタの役割を まるで放棄し、権力や強いものにいつも すり寄って生きるハ助の腰が軽くて人の 機嫌取りに全身でる姿を悲劇役者の沢村が 実に軽妙に演じて加藤を大捨て演じ類の 騎士と共に観客の笑いを誘います。 同人の魅力はそのストーリーテリングの匠 さにもあります。冒頭のタイトルバック からあのテーマ曲に乗せてクワ畑の中を 歩く主人公の後ろ姿をカメラは追います。 主人公の浪人は手垢で変色したような 門つきと折り目がほとんど消えた墓間を着 て体が痒いのか首筋を描いたり背筋をくね ながら歩いていきます。そして道端の同人 のところで足を止め、落ちていた棒を 放り上げ、それが刺す方向にまた歩き出し ます。この描写から観客は主人公がどう いう人物なのかを理解します。この主人公 の仕草は黒沢から浪人は風呂にも入らず、 体が痒いに違いない。それを表現するよう に注文された三船が考えたものだそうです 。公演の中達也は三船さんというのはそう いう動きを作り出す天才だったですねと 語っています。そしてしばらく歩くと浪人 の目の前で百勝親子の喧嘩に出くわします 。ヤザに憧れる子がれとそれを必死で 止めようとする親父。その短いやり取り から老人の行きつく先の宿場町のただなら ぬ状況が感じ取れます。そして宿場町に足 を踏み入れた浪人の目の前を人間の手首を 加えた野良犬が走り去ります。ここで一気 にこの宿場町がどんな場所なのかを観客は 悟ります。その後町の真ん中に位置する 居酒屋の塔を叩き主人のゴンジーが中に 浪人を招き入れます。そしてゴンジーは この宿町の状況をごく自然な流れで詳しく 話して聞かせます。オープニングからこの 居酒屋のシーンの終わりまでの約15分で 黒沢はこの宿場町の置かれた状況を全て 説明し観客にインプットします。黒沢は こう言います。映画というのは残説明す べきものじゃないですから説明すべき ところは思い切って説明しちゃわなきゃ だめだ。まずそれをやっちゃおう。その 代わりそれが終わったら全然説明なしでお 客を楽しませるように取っていきたい。 このストーリーテリングの手法は前作悪い やつほどよく眠るの冒頭の結婚疲労炎の シーン。そして後の赤ひで安本に医師の 津川が幼情を案内するシーンなどでも見 られます。ここで観客は状況を全て理解 することでこれから始まる物語に思う存分 没頭できるのです。 撮影は1961年1月14日から4月16 日まで行われました。タイトルバックは 甲府市でロケーション撮影され、ま目の宿 は東方撮影所の農場オープンと呼ばれた オープンセットで取られました。この オープンセットではヤザの喧嘩を派手に 描くため時代交渉を無視して道幅を江戸 時代のそれより倍以上広く取りました。 民家のセットでは通りに面した表だけで なく建物の内部も黒びしてすりった階段や 手垢でテラテラ光った柱なども再現し、 総費用は当時の通常映画が2本できる くらいの額である3000万円を超えたと 言います。しかしそれでも飽きたらない 黒沢は平坦すぎる道に満足せず世田谷谷の 正常消防所の消防車を数同員して1日中 放水しそれによって日差しの下の余だれの くぼみや道路の真ん中の膨らみ無数の石コ がゴロゴロ現れ宿町の生活感を見事に表現 しました。そしてそのセットには大量の砂 が巻かれ背のプロペラ一期を含む6台の 扇風機を総して突風を起こし西武劇のよう に空っが吹き砂埃りが舞う光景を作りまし た。しかしセットが完成しても黒沢は撮影 しようとしませんでした。黒沢はまの目の 宿がどういうところかを最初に観客に一発 で分からせるアイデアはないかと支案して いたのでした。女監督たちにもアイデアを 求め、当時新マ女監督だったデメ正は4つ 辻に切り捨てられたヤザたちの死体が 折り重なり、30郎が近づくとカラスの 群れが飛び立つというアイデアを出しまし た。それに対して黒沢はそういう文学的な ものじゃなくもっと即物的に観客の心を 一瞬でギュっと捕まえるものが欲しいんだ と言いました。そんな中1人でオープン セットを歩いていた黒沢はあるものを見て 思わずドキッとします。これは撮影現場に 落ちていた軍手を一瞬だけ人間の手首と 見間違えたのでした。それがヒントとなっ て冒頭で野良犬が人間の手首を加えて 走り去るシーンが生まれました。この シーンについて黒沢はこう語っています。 アルマの目の宿ってどんなめちゃくちゃな 街かということをね、出した三十郎が歩い ていくでしょう。すると向こうから来た犬 とすれ違うんですよ。犬もちょっと 立ち止まってみるんですよね。自然にあれ がすごく面白いんだ。作は望遠レンズを 駆使したダイナミックな映像でも確信を もたらしました。撮影は大英から招かれた 宮川が担当し、撮影女手に斎藤高尾、 セカンド撮影女手に木村大作がついてい ますが、望遠レンズを多様した撮影によっ て盾の迫力やスピードが効果的に移し出さ れました。撮影は宮側がメインでしたが、 7人の侍でも威力を発揮したマルチカム 方式で斎藤がサブとしてもう1台のカメラ を担当しました。黒沢は宮川が撮影した分 だけで映画ができるからお前は好きなよう にやれと斎藤に言い斎藤はその言葉に従っ て500mmの望遠レンズを使って自由に かつ大胆に撮影しました。結果として完成 した作品には斎藤の撮影が多く使用され ました。また冒頭の人の手首を加えて 野良犬が走ってくるシーンの撮影では望遠 レンズでその手首にピントを合わせ続ける ことは至難の技でしたがそれを女子の木村 大作は見事にやり遂げ黒沢もその会峡を 手放しで勝賛しました。木村は当時をこう 語っています。犬のことだからこっちの 注文は聞きゃしないし応援で盾にやって くるんだから難しかったですね。当時は 木測をすごく勉強したんです。少しでも空 時間があるとスタジオの空地にカメラを 持っていき仲間を歩かせては距離感を体で 覚えました。木村は後に発行打さ、駅、 ステーション、ほっぽ屋などを担当し名 カメラマンとして直をはせることになり ます。 本作では縦にも確信がもたらされました。 黒沢はそれまでの東映時代劇に代表される ような歌的な立ち回りではなく、リアルな 盾を追求しました。黒沢はこう言ってい ます。今までのちゃん腹を見てると着ら れるのを待ってるみたいに呑キでしょう。 とにかく一ぺ本式の立ち回りやってみよう じゃないかというのがこの時ですよね。 そこで黒沢は7人の侍の時に休党男との 真剣勝負を指導した杉の吉尾市犯に再び 権技の指導を依頼しました。黒沢から一瞬 の勝負で決まる抜きのイメージを伝えられ た杉野は三船にカト新ী龍坂冬打ち切りと いう危険の早技を伝授します。三船はこの 危険を学ぶために杉野の道場に日産し現場 で使えるようにするため体で覚え込んで いきました。縦市のクゼ流も暴力的で ああ々しい盾を取り入れます。本作で30 郎は1人につき2回切っていますが、これ は黒沢が1度切ったぐらいではとどめをさ せないと考えたためでした。この凄まじい 盾は冒頭で牛の手下の教情持ちたちを一瞬 で切り捨てる場面。中盤で納布兵の妻。 おいを助け出すために見張をまた琢間に 皆殺しにする場面。として隠しっていた 包丁を投げて宇助の拳銃を叩き落とし、 牛ラ一家の12人のヤザたちを一気に 切り伏せるラストシーンで存分に見られ ます。それまでの時代劇の盾では敵の方 から襲いかかってくるため主人公は ほとんど動き回ることはなくそれによって 方としての様子日が守られます。しかし 本作の盾では主人公自らが動き走り回り ながら切り倒します。そのため主役には 波々ならぬ体力と身体能力が必要になり ます。毎日バーベルを上げて鍛え上げ、 日本人離れした筋骨流の肉体を持つ三船は 尋常でないスピードで走り回り刀を振り まくります。普通事故を防ぐため縦では 切る側と切られる側は何らかの合図を かわした後で切り合います。しかし三船は 目が合わないやつから切っていこうと 段取りから離れてアドリブで切りかかり ました。しかも通常の盾の撮影では刀は空 を切りますが、三船は思い切り相手に刀を 叩きつけないと気が済まなかったそうです 。立ち回りの相手役は高減しています。刀 を当てに来るんです。体に当てた反動を 利用して別の敵を切る。耳ズバレが消え なかった。また縫いを救い出す場面につい て脱い役の司さ要はこのように語ってい ます。一気に6人切り捨てた三船さんの 洗い息。あんなに荒い息遣いがあるのかと 思うほどみ船さんは肩を大きく上下させ ながら洗い息をして立ち尽くして呼吸を 整えていらっしゃるミフネさんは命がけで 演技をしていらっしゃるとその時そう思い ました。また本作は刀の残殺音が初めて 取り入れられたことでも有名です。人を 切ればやっぱり音がするものだろうなと 考えた黒沢が高果担当の皆縄一郎に相談し たのがきっかけで生まれたものでした。は 色々な肉を切って試しましたが、牛や豚は 肉が柔らかくて骨らしい感じが出ず、最終 的に鶏肉に割り箸を突きさし、それを切っ たり叩いたりして音を作り出しました。 映画本来の面白さを追求した本作は 狙い通り大ヒットを記録し、第35回 キネマ順方ベスト10で日本映画第2位に 選ばれました。またその後も1989年に 文芸春珠が発表した大アンケートによる 日本映画ベスト150では17位1999 年にキネマ順法が発表したオールタイム ベスト100本映画編で19位2009年 に同士が発表したオールタイムベスト映画 遺産200日本映画編で23位にランク インするなど今でも高い人気を誇ってい ます。また本作は海外での評価も非常に 高く2005年にタイム氏が発表した史上 最高の映画100本に選出され、2008 年にイギリスの映画雑誌エンパイアが発表 した歴代最高の映画500本でも95位に ランクイン、さらに黒沢を敬愛している ことでも有名な名称フランシスフォード コッポラは2012年にイギリスの映画 雑誌サイト&サウンドが発表した史上最高 の映画ベスト10の監投票で本作をベスト 映画の1本に投票しています。特に三船が 演じた三十郎の魅力は海外で熱狂的に 受け入れられ、1980年代のアメリカの 人気テレビサタデーナイトライブでは映画 ブルースブラザーズでも知られる コメディアンのジョンベルー氏が用人ボの リフネ俊郎のモノマネで人気を拍しました 。またキ馬革命の英雄チェッゲバ原バ原も 用人に大きな勘明を受け畑三十郎 の格好までするほどのファンだったと言い ます。リメイクではありませんが ケビンコスナー主演のボディガードでは 主人公たちが映画館で見る作品として本作 が登場し1シーンがそのまま使われてい ます。またこの中でケビンコスが演じる 主人公は用人を62回見たというセリフも 出てきます。老人のアメリカ公開時の映画 が同じボディガードだったこともあり、他 にも劇中で本作を含む黒沢作品への おマージュが見られます。本作公開の3年 後に本作を元に荒野の用人が制作された ことはすでに述べましたが、その後も 1996年に完全なリメイク版として ウォルターヒル監督ブルースイリス主演で ラストマンスタンディングが作られました 。またこの作品は1998年11月15日 に日曜劇場でテレビ放送されていますが、 この放送の解説は黒沢の障害の友であった 映画解説者淀川長春によるもので彼の市の 前日の11月10日に収録され病気の影響 でかれた声ながらさよならさよなら さよならの名調子による彼の最後の解説 作品となりました。アメリカ映画を愛し、 敬愛するジョンフォードの西武撃に大きな 影響を受けた黒沢はその恩返しの意味も 込めて西武劇をしぐ7人の侍を作り、 そしてこの用人も多分に西武劇の影響を 受けて作られました。そしてそれをまた ハリウッドをはじめとした外国の監督たち がリメイクしたり、その影響を受けた作品 を作り続けています。ティガの映画人が 互いに影響し合い、より良い映画を目指す そうした国際的な交流の意義を誰よりも 黒沢は重視していました。その意味で用人 は十分にその役割を果たしたと言える でしょう。 さて、本日の動画はいかがでしたでしょう か?私たちにとって皆様からの温かい コメントや高評価は何よりの励みとなって おります。是非ともご感想やご意見をお 聞かせいただけると幸いです。

1 Comment

  1. 三船が、仲代のピストルに対し包丁を仲代の腕をめがけて刺すシーンはおもろかったです。
    あと、三船を助けた東野を、ラストで刀一撃で、縛られていたロープから救ってやるどんでん返しのラストも良かった。
    佐藤さんの映画音楽も良く、娯楽作品として楽しめます。
    東野を救ったラストシーンのトリックが面白い。どうやってこのトリック作ったか、映画のマジックですね。

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