『正欲』(新潮社)、『生殖記』(小学館)を経て、2025年に作家生活15周年を迎える朝井リョウさん。9月には最新作『イン・ザ・メガチャーチ』(日本経済新聞出版)を上梓します。その作品の魅力を伝えるため、ひと足先に全国の書店員を対象にした説明会を日経BPで開催(7月24日)しました。そこで朝井さんが語った創作のきっかけ、作品と併せて読むとより楽しめるのではと感じる本について紹介します。
朝井リョウ(あさい・りょう)
作家
1989年、岐阜県生まれ。
2009年、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。『何者』で直木賞、『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞、『正欲』で柴田錬三郎賞を受賞。ほかの著作に『スター』『そして誰もゆとらなくなった』『生殖記』など多数。
作家生活15年目の節目に
7月24日、朝井リョウさんの最新作『
イン・ザ・メガチャーチ
』発売(9月発売予定)に先駆けて、全国の書店向けにオンラインとリアルのハイブリッドで説明会が開催された。
プルーフ(試し刷り段階の見本)を読んだ全国の書店からは続々と感想が届き、説明会では、書店員からの質問に朝井さん自身が答える形で、作家生活15年の節目に書き上げた本作の制作裏話などを披露してくれた。
『イン・ザ・メガチャーチ』は2020年に着想を得て、23年から日本経済新聞夕刊にて連載を開始。同じ時期に他紙で『生殖記』を連載していたこともあり、「2紙の連載がかぶっている期間は原稿のストックが1日に5枚ずつ減っていて、気が気じゃなかった」「こうして2作品とも無事に刊行することができて本当にうれしい」という執筆秘話も明かされた。
『イン・ザ・メガチャーチ』の舞台は、ファンが好きな対象を熱烈に応援することで成長を続けている“ファンダム経済”。その仕掛けを構築する側、深くのめり込む側、かつてのめり込んでいた側という三つの視点で描くことで、“今の時代、人を動かすものは何なのか”という問いが浮かび上がる長編小説だ。朝井さんの作家生活15周年記念作品であり、今後、作品の内容と符号する形で様々な宣伝展開が予定されている。
朝井さんは、「勝手に共鳴を感じている」ということで、説明会中、2冊の本を紹介した。
何かを信じることの意味を問われた
まず、1冊目は角田光代さんの『
方舟を燃やす
』。この本の主人公は、戦後すぐに生まれた不三子と1967年に生まれた飛馬。不三子は戦後の復興期、飛馬はノストラダムスの大予言やコックリさんといった昭和のオカルトブームの中で育った。昭和から平成にかけ、異なる価値観の中で生きてきた2人が新型コロナウイルス禍の子ども食堂で出会い、「信じる」とは何かを問い直す物語だ。
印象的だったのは、不三子の母親に関する描写です。彼女は戦時中のある経験を通して、間違った方向に人を導くということに嫌悪感や恐怖心を抱いています。その結果、自分から何かを発信する、何かを人に伝えるということを一切しなくなった。
何か行動を起こす際、『絶対に間違わない』ということはほぼ不可能です。『二度と間違わないように、何もしない』という生き方をどう捉えるべきなのか。私自身、小説という形である種の煽動を行える立場なので、いろいろなことを考えながら読んだ一冊でした」
人を動かす言葉の力の“使い途”
『学生を戦地へ送るには――田辺元「悪魔の京大講義」を読む』佐藤優著、新潮社
続いて、朝井さんが挙げたのは『
学生を戦地へ送るには――田辺元「悪魔の京大講義」を読む
』。こちらは京都大学教授であり、哲学者である田辺元が日米開戦前夜に行った講義がもととなっている一冊。それを佐藤優さんが2泊3日のセミナーで取り上げ、なぜ京大生たちが学徒出陣で死地に赴くことになったのかを解き明かしている。
言い換えれば、いわゆる偏差値の高い人々に対して、どのように説けば戦争へのやる気を起こさせることができるのか、という読み方もできるわけです。
しかもこの本で描かれているのは、侵略戦争への煽動なんです。防衛戦争であれば、そんなに大きな理由がなくとも奮起する人は多いと思います。自国が危ないとなれば、自国を守るために判断基準や思考を変えていく人も少なくないでしょう。だけど侵略戦争に関してはそうはいきません。ただ、それでも君たちは戦争に参加するべきなのだと、田辺元は様々な解釈を語るのです。
『イン・ザ・メガチャーチ』の帯には、“事実と解釈、連帯と暴走”という言葉があります。この本からはまさに、解釈が事実を上回り、連帯を超えて暴走が生まれる瞬間を感じ取ることができます。
この本は8年ぐらい前に発売され、当時も印象深かったのですが、今回も執筆中に何度も思い返した一冊です」
裏テーマは、“おじさんの男友達”問題
そして朝井さんは、「本当はもう一冊紹介したかったけれど、適切なものが思い浮かばなかった」と語る。実は『イン・ザ・メガチャーチ』の裏テーマは、“社会人の友達”問題。あえて乱暴な表現をするならば、“おじさんの男友達問題”だ。そこで「おじさん同士の友情」をテーマにした本を探し続けてきたものの、コレと思えるものが見つからなかったのだという。
「四、五十代の男性が、同じく四、五十代との男性との交流で癒やしや救いを得るような小説を探したのですが、見つからなくて。空気的に一番近いのは多分江國香織さんの『間宮兄弟』なんですけど、こちらは兄弟ですしね。もしかしたら“おじさんの男友達問題”ってこれまで全然小説のテーマになってこなかったのかも、と思いました」
ファンダム経済を舞台とした『イン・ザ・メガチャーチ』は、その世界と重なる形でのプロモーションを展開する予定だという。この日公開されたのは、発売日までの宣伝展開が1枚の画像にまとめられた「コンテンツスケジュール」(下記)。その他、購入者特典のティザー動画も公開された。また、この日ニット帽をかぶって登壇した理由もプロモーションに関係しているそう。本作を読み始める前から、ぜひ『イン・ザ・メガチャーチ』の世界を堪能してほしい。
文/三浦香代子 構成/幸田華子(第1編集部)、長野洋子(日経BOOKプラス) 写真/稲垣純也