
菅野美穂(ヘアメイク:布野夕貴/スタイリスト:遠藤和己)、赤楚衛二(スタイリスト:Taichi Sumura)
「このホラーがすごい!2024年版」で第1位を獲得するなど、大きな話題を呼んだホラー小説を映画化した「近畿地方のある場所について」。都市伝説、怪談、UMA、オカルトなどなど、あらゆる“コワい”が凝縮されている本作で“快演”かつ“怪演”を披露しているのが、菅野美穂&赤楚衛二だ。
4年ぶりの共演で挑んだのは、“ある場所”へと迫っていくオカルトライター&雑誌編集者の“コンビ”。劇中ではありとあらゆる“怪奇”におののき、その一方で観客の背筋を凍らせるような姿も披露している。本インタビューでは、作品の思いから撮影現場の裏話、さらに“怖い”という感覚を深掘りしてもらった。(取材・文/映画.com編集部 岡田寛司 撮影/間庭裕基)
【「近畿地方のある場所について」あらすじ・概要】
(C)2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
背筋氏によるホラー小説「近畿地方のある場所について」を、「貞子VS伽椰子」「サユリ」の白石晃士監督が映画化。
オカルト雑誌の編集長が行方不明になった。彼が消息を絶つ直前まで調べていたのは、幼女失踪事件や中学生の集団ヒステリー事件、都市伝説、心霊スポットでの動画配信騒動など、過去の未解決事件や怪現象の数々だった。同雑誌の編集部員・小沢悠生(赤楚)はオカルトライターの瀬野千紘(菅野)とともに彼の行方を捜すうちに、それらの謎がすべて“近畿地方のある場所”につながっていることに気づく。真相を確かめようと、2人は何かに導かれるようにその場所へと向かうが、そこは決して見つけてはならない禁断の場所だった。
●背筋的“現実感”×白石晃士監督流“フィクション”で生まれた“怖さ”について
――原作小説は、フィクションとノンフィクションの“狭間”に位置するような作品です。本作ではその物語を“映画”として落とし込んでいますが、まずは脚本を読んだ際の感想を教えて頂けますか?
菅野:背筋さんの原作は淡々としたトーンで事実が並べられているが故の“真実の重さ”“怖さ”のようなものを感じていました。映画版の脚本には、そこに白石監督の世界観が組み合わさっています。背筋さんが紡いだ“現実感”と、白石監督らしい“フィクション”――それぞれの持ち味が組み合わさった時に「一体どんな変化が生まれるのかな?」と興味津々な気持ちで読ませていただきました。
――原作は“読み手を巻き込んでくる”タイプで“読んではいけないものを読んでいる”といった特徴も。映画化では“見てはいけないものを見てしまっている”という側面が強まり、そこがひとつの面白みにもなっています。
菅野:西洋のホラーは、かつて生きていた人が死んでもなお向かってくるという怖さがあると思います。その一方で、日本のホラーは“背筋がぞくり”。たとえば、日本のホラーならではの恐怖は、何も言わない女の人が遠くからこっちを見てる……“それだけ”で怖くなる。
本読みの時に「この違いってなんでしょうね?」と白石監督にお尋ねしたことを覚えているんですが、やっぱり死生観の違いがあるんだろうなと。日本は火葬文化、肉体は無くなっても“感情”は残る。一方、西洋は土葬文化ですから、生きていた人の魂が抜けた状態で、そこに肉体があって――その肉体が襲いかかってくるという怖さがあります。
でも、白石監督は本作でそのような“物理的な怖さ”も狙っていたような気がしています。
私はゾンビよりも、こちらをじっと見ている女性の方が怖いタイプです。その点についても意見を求めてみたら、白石監督は「両方、元々は人ですから――自分と近しい存在なので怖くはない。それよりも『なぜ存在しているのかわからない』『なぜ襲いかかってくるのかわからない』ようなものの方が“怖い”」と仰っていて。ずっとホラーに取り組んでこられた白石監督だからこその“答え”だなと思いました。
――赤楚さんはいかがでしょうか?
赤楚:いわゆる“読み物”から映像になったわけですが、特に白石監督らしさが多く追加されているという印象でした。エンタメ的な面白さにもきちんと振っているというか……。
●最優先すべきは“観客が怖がること”
――白石監督との“仕事”はいかがでしたか?
菅野:ホラーをやり尽くしていらっしゃるからこそ“わかりやすさ”を控えていたような……「もっと(感情を)抑えてください」と言われることが多かったと思います。「お客さんが怖がるためにはリアクションが大きすぎる」「キャラクターよりも、観客の方に怖がってもらうのが一番良い」なんてことも言っていたよね?
赤楚:言ってましたね。リアクションが大きすぎると、見ている方が“冷めてしまう”と。
菅野:いわゆる等身大の役の場合は、“共感してもらう”ためにリアリティを考えて演技をしたりするんです。でも、今回は怖がらせるために、もう少し数学的な感覚というか……沈黙、沈黙、沈黙からのリアクション。流れは脚本で共有されていましたが、そういう“リズム”が監督の頭の中にあるんだろうなと現場で思っていました。
赤楚:僕もそれは感じていました。ドアの開け方だけでも“違い”があるんです。
菅野:その開け方では“ホラーにはならない”ということだと思うんです。ホラーのプロだからこそわかる“何か”という点がとても興味深かったです。
(C)2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
(C)2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
赤楚:後半に登場する“運転シーン”は、特に白石監督ならではだなと思います。僕たちは白石監督が“見えてる世界”を体現する役割というか……とにかく演出のひとつひとつがすごく面白い。しかも演出をつける時は実演してくれるんですよ。白石監督、芝居もめちゃくちゃお上手なんです(笑)。
手の動き1つにもこだわりがありましたし、そこを一緒になって探っていきます。常に本気、そして一生懸命なので、モノ作りに対して“本当にピュアな人”だなと思いました。エネルギーも凄まじくて、一緒にいると感化されちゃいますよね。
菅野:脚本はちょうど100ページで終わっているんです。だから、白石監督の中では「ここからは中盤」「ここからクライマックスが始まる」といった明確な数式のようなものがあったはず。逆に言えば、どこか美しさを感じるほどの完成形でないと、人を怖がらせるというのは成立しないのかもしれません。
●赤楚衛二、お祓いでとんでもない事態に 印象的な劇中映像も明かす
――ちなみに、こういう作品では“リアルな怪奇現象”がつきものですが、何かありましたか?
菅野:後半に登場するトンネルは、実際に心霊スポットとしても有名みたいです。私は霊感が全くないので何もわからなかったんですが、現場にいた男の子が「緑の人がいる」って……。あとは、タオルが一定のスピードでずっと揺れていたそうです。
赤楚:僕の場合、衣装合わせのタイミングで撮影が既にスタートしていたんですが、その時に「もう怪奇現象が起きています」と言われて。映像がまったく撮れておらず、画面が真っ暗だった時もあったそうです。その状況を受けて、個別でお祓いに行かせてもらったんですが……神主さんが祝詞を読み上げている時に急に咳き込んで、声が出なくなってしまって――あぁ、もう終わったなって(笑)。
菅野:ちょっと縁起が悪い感じはしちゃうよね……。
赤楚:でも、撮影中、菅野さんが清めの塩をくださったんです。それがあったから何も起きなかったのかもしれません。
(C)2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
――ちなみに、劇中には数々のビデオ映像が登場します。どれも不気味なものばかりですが、特に印象に残っている映像はどのようなものでしょうか?
菅野:やっぱり“見たら死ぬ映像”。あの映像には、有無を言わさぬ力強さがありますよね。
赤楚:僕も“見たら死ぬ映像”は気持ち悪かったですけど、動画配信者“凸劇ヒトバシラ”の「首吊り屋敷」潜入映像も怖かったですね……。実はあの映像、かなり“リアル”な雰囲気が徹底されていますが、かなり脚本に忠実なんです。
菅野:ドキュメンタリータッチ……なんだけど、しっかり「活字通り」という部分が凄いよね。この映画のドキュメンタリータッチのパートは、自分にものすごく近い距離感で訴えてくる“怖さ”があるんです。
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●瀬野千紘の相反する要素について
――菅野さんは、かつては「富江」「催眠」といった作品にも出演されていますが、オカルトといった括りでは、個人的には「特命リサーチ200X」の印象が強いです。近年では本作のようなストレートなホラー作品に出演される機会はなかなかなかったかと思いますが、そもそもこのようなジャンルはお好きでしょうか?
菅野:好きです! でも、今はやっぱりまだまだ子どもに手がかかって、なかなか映像作品を見る余裕がないです。以前に見た作品で印象的だったのは「女優霊」ですね。当時はビデオテープで鑑賞していましたが、見終わった後に“デッキからテープを取り出す”ことにも特別な怖さがあったような気がしています。あとは、その場にいるかのような恐怖が味わえた「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」。鑑賞時の“衝撃”というのは、いまだに覚えています。
――本作で特に好きだったのは、千紘が“バールのようなもの”で祠を破壊するシーンです。並々ならぬ狂気と、異様な爽快感が組み合わさった光景でした。
菅野:(笑)。千紘の狂気的な一面を感じますよね。“叩き壊す”といった肉食的な一面と、その真逆に位置するような静かな恐ろしさもあって……今まで演じてきたキャラクターとは異なるような、相反する要素をもっていました。
――怪異に対して“フィジカル”に立ち向かっていく感じも、白石作品ならではというか……。“車でぶち当たっていく”なんて想像つかないですよね。
赤楚:そうそう、車でも“いける”のかと(笑)。僕は全編を通して千紘の“頼もしさ”を感じていましたが、同時に違和感もあって。その違和感は言語化できない“些細なもの”だったんですが、完成版を見た時にはそれがしっかりと感じられるのが面白かったです。
菅野:この匙加減が、ホラーをやり込んできた白石監督ならではだなと思います。2回目を最後まで鑑賞して、ようやく「この時はこんなことを考えていたんだろうな」と気づくほどのニュアンス。私だったら「もうちょっと見せちゃおうかな」と踏みとどまれないかも。
――では、少しだけ作品から離れますが、おふたりが“最も怖いもの”はなんでしょうか?
菅野:私はなんだかんだいって“人”なのかな。妬み、嫉み……人が抱く“負の感情”が1番怖いなと思います。発信の仕方では人を傷つけたり、人生を変えてしまう可能性だって秘めていますから。
赤楚:僕はいまだにお化けは怖いです。でも、心霊スポットでの撮影は、訪れるまでは怖かったんですが、行ってみると白石作品ならではの現場の雰囲気、それと菅野さんの存在もあって、とにかく“生のエネルギー”が強すぎて――怪異が絶対に出てこれない空気感なんだろうなと思っていました。
(C)2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
――撮影現場は、作品のテイストとは異なって“明るかった”んですね。
赤楚:めちゃくちゃ明るかったですよ!ホラーを撮っていることを忘れてしまうほど。
菅野:ほのぼの系だったよね。そういえば心霊スポットで撮影していた時に、ちょうど学校の先生からメールが届いて、一体何事かと……霊よりもそっちの方が“怖かった”(笑)。
赤楚:(笑)。あ! それと怖いものが、まだありました。虫です。虫がダメです。想像の範疇を超えてくるところが苦手で……。動かないと思ったら、急に飛んできたり――(遠い目で)そんな季節がそろそろやってきますね。
一同:爆笑