米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。
90年代初頭にジャズとヒップホップを融合させたサウンドで革新をもたらしたディゲブル・プラネッツの一員としてシーンに登場したレディーバグ・メッカ。社会的テーマに切り込むリアルかつ詩的なリリックは、当時のヒップホップ界において異彩を放ち、その芸術性が高い作品は今なお多くの音楽ファンに影響を与え続けている。2025年8月に【SUMMER SONIC】出演とビルボードライブ東京&大阪での単独公演を控える中、当時のヒップホップ・シーンで自身の声を守ること、そして女性であることが導いた表現のかたちについてメール・インタビューで語ってくれた。(Interview:Mariko O. l Photo:Bruce Talamon)
女性であることが導いた
表現のかたち
――あなたの歌詞やパフォーマンスからは、常に力強さと知性が伺えます。これまでラッパー、そしてアーティストとして活動する中で、「女性であること」はどのような影響を与えてきましたか?
レディーバグ・メッカ:「女性であること」は、私のレンズであり、鼓動そのもので、世界をどう生きるか、自分の芸術をどう表現するかを常に形づくってきました。とくに私たちを定義づけ、制限しようとしてきた空間の中で女性として生きるということは、しっかりと地に足をつけながらも、流動的でいるという繊細なバランスを身につけることだと思います。
私の声は、母のささやき、姉妹や姪たちの笑い声、そして何世代にもわたって受け継がれてきた知恵から成る“遺産”なのです。それは、私自身の物語を、私という個人を超えたもっと大きな何かと結びつけてくれます。ヒップホップは、私の内にすでにあるものであるレジリエンス(回復力)、直感、育む力と挑む力を拡張し、表現する場を与えてくれました。
時間をかけて気づいたのは、「強さ」とは必ずしも大きな声をあげたり、力で押し通したりすることではないということ。むしろ、世の中が自分の“崩壊”を期待している時にこそ、やわらかく、着実にあり続けるという静かな強さこそが本物の強さなのかもしれません。だからこそ、私のライムは、瞑想であり、祈りであり、抗議でもある。ひとつひとつのヴァースは、スペースを取り戻す行為であり、私自身のストーリーを語り、世界があまり耳を傾けようとしない女性たちの声を讃える行為でもあります。
――90年代初頭にディゲブル・プラネッツとして活動を始めた当時、ヒップホップは(現在も多少そうですが)男性が支配する世界でした。そのような環境の中で、女性として直面したチャレンジや偏見はありましたか?
レディーバグ・メッカ:90年代のヒップホップ・シーンは、エネルギーに満ちあふれていて同時に非常に競争的でもありました。とくにその空間を支配していた男性たちの間では、そういう空気がより一層強かったように思います。
私は女性として、スキルを求められているにもかかわらず、自分の存在が“コントロールされるべきもの”あるいは“制限されるべきもの”のように扱われる場面にしばしば直面しました。私がもたらすものを歓迎してくれる一方で、同時にその“輝き”を抑え込もうとする。まるで私の存在が彼ら自身の光を脅かすかのように。そうした矛盾した態度も少なくなかった。そのような状況では、自分の価値を証明すると同時に、自分の声を守るために、倍の努力が必要でした。自分だけの視点を貢献することと、それをさりげなく軽視しようとする力に抵抗することとの間で、常に駆け引きを強いられていたように思います。そうした経験を通じて、私は自己認識を鋭くし、「自分の力を握って離さない」という姿勢を学びました。たとえその空間が、自分のような存在を育むために設計されていなかったとしても。
同時に強調したいのは、当時のヒップホップ界には支援や連帯の場も存在していたということです。私の声を理解し、称えてくれた男性たちもいましたし、私の表現を心から歓迎してくれたコミュニティもありました。そうした壁と絆の両方を経験することで、私は制限を“表現のチャンス”に変える術を身につけ、それが私のキャリアを形成しただけでなく、「そもそも自分のためには作られていなかった空間に生き、どう再定義するか」ということへの深い理解にもつながっていったのです。
――当時を振り返ってみて、ご自身が「女性であること」がアーティストとしてのキャリアにおいて有利に働いた瞬間や、それによって開かれた創造的な道はありましたか?
レディーバグ・メッカ:女性であることは、鋭さのある空間にやわらかさを、構造の中に直感を、そして語りを深める“脆さ”を持ち込むことを可能にしてくれました。私の声が際立ったのは、当時のヒップホップにおける支配的なトーンと対照的だったからです。90年代のシーンは、競争心や虚勢が大きな原動力になっていました。でも私は、マイクに向かうとき、強さと内省を融合させたアプローチをとることができました。それによって、違った形のインパクトが生まれたと思います。リスナーも、そのバランスを感じ取ってくれていたのではないでしょうか。
創造面では、「女性であること」が私をより繊細にし、感情のテクスチャーや物語の層の深さに対して敏感にしてくれました。それがなければ見過ごされてしまうような要素にも目が向けられるようになったんです。個人的なことと社会的・政治的なことを絡めて表現し、そして、ヴァースのひとつひとつを、リスナーが「考えながら、同時に感じることができる空間」に変えていく。その“二面性”、つまり複数のエネルギーを同時に宿す力こそが、私にとってアーティストとしての最大の武器になりました。
他人の期待に流されず、
自分のリズムを信じる
――多くのファンが、あなたをヒップホップ界におけるパイオニアの一人だと考えています。全ての女性を“代表”しているような重責を感じたことはありましたか?
レディーバグ・メッカ:私が強く感じてきたのは、「女性の仲間たちを支え、その視点を深く理解すること」の必要性と光栄さです。「すべての女性の声を代弁しよう」とするのではなく、耳を傾け、つながり、周囲にある物語のためにスペースを持つという姿勢にフォーカスしてきました。この“聴くこと”と“支えること”を実践することで、私は世界中の女性たちを結びつける共通の“糸”を、より繊細に感じ取れるようになったのだと思います。たとえ私たちの経験がそれぞれ違っていたとしても、そこには確かに共鳴するリズム、響き合う感覚があると思うんです。身近な女性たちの声を敬うことで、結果的に世界中の女性たちの声とも自然と共鳴できるようになりました。その“交換”の中に、私は普遍的な鼓動を感じます。
ヒップホップの世界で自分のシスターたちを支えることは、私が自分ひとりでは決して到達できない集合的なエネルギーに触れることを可能にしてくれました。それは、私の音楽だけでなく、この世界の中での私の在り方そのものを形づくる波動でもあるんです。
――世間や音楽業界からの期待によって、自分のイメージを「やわらかく」または「強く」見せなければならないというプレッシャーを感じたことはありましたか?そういった中で、どうやって“本当の自分”を守ってきましたか?
レディーバグ・メッカ:自分をまだ模索しながら形作っている途中の存在であったとしても、自分以外の何者かになるようなプレッシャーを感じたことはありませんでした。私のアーティストとしての根幹には、「誰かの期待に合わせて自分を変えるのではなく、自分自身を進化させる」という意識が常にあります。
もちろん、業界は時に、「ここではもっとソフトに」「ここではもっとハードに」といった期待を押しつけてきます。でも私は、そういったプレッシャーを自分の内側に取り込まないようにしてきました。なぜなら、私が集中していたのは自分の声を尊重すること、そして自分が生み出しているものの真実に誠実であることだったからです。
たとえ自分自身の輪郭がまだ曖昧で、成長の途中にいると感じる瞬間があったとしても、私はその“過程”に身をゆだねました。無理に抗うことなく、自然なリズムと成長の流れを信じることで、“本当の自分”を見失わずにいられたのです。
――MC ライト、ローリン・ヒル、クイーン・ラティファ、ミッシー・エリオット、ニッキー・ミナージュなど、ご自身と並んでゲームチェンジャーだと感じる女性MCやラッパーはいますか?彼女たちのアートやパーソナリティのどういった点に共鳴しますか?
レディーバグ・メッカ:米ブルックリン・フォートグリーン出身のジョーデン・コックス(Jourden Cox)という若い女性アーティストがとても好きです。彼女の声には、伝統と革新の両方が根づいていて、リリックには社会的意識、パーソナルな視点、そして豊かなメロディー要素が込められています。彼女のモットーは「みんなと違っていよう(stay different)」であり、カリブ音楽、ネオソウル、ヒップホップといった複数の音楽的世界を一つの進化するアイデンティティとして見事に融合させています。
ライブハウスとフェス、
どちらも魂に響くものになる
Photo: Derek Brad
――8月のビルボードライブ公演 や【SUMMER SONIC】でのステージでは、どんなパフォーマンスを届けてくれる予定でしょうか?
レディーバグ・メッカ:没入感とダイナミズムにあふれた音楽体験をお届けするつもりです。会場ごとにそれぞれ異なる雰囲気がありますが、たとえばライブハウスでは親密で温かい空気感、フェスではより広がりのあるエネルギーが感じられるでしょう。でも、一貫して大切にしているのは、卓越したミュージシャンシップ、私たちの楽曲の創造的な再解釈、そして即興的なスピリットです。その瞬間ごとにしか生まれない、唯一無二のライブ体験を楽しんでもらえると思います。
――今回の来日で、特に楽しみにしていることはありますか?
レディーバグ・メッカ:私が最も楽しみにしているのは、日常の中にある美しさや、意図ある行為に身を浸すことです。意味をたくさん含んだ小さな瞬間に心を開き、それが私自身の視点を変えてくれるような体験を大切にしたいと思っています。
私が惹かれるのは、日本に存在する「古さ」と「新しさ」の共存です。過去を敬いながら未来を受け入れるというそのバランスは、私自身、そして表現者としての私の生き方にも深く共鳴します。また、路地裏で迷ってみたり、人と自然に出会ってつながったりすることも、すごく楽しみにしています。この旅は、私にとって創作のインスピレーションであると同時に、個人としての成長でもあり、歴史や美、そして可能性に満ちた場所に身を置けるという、かけがえのない時間になると思います。
――最後に、日本のファンへのメッセージをお願いします。
レディーバグ・メッカ:日本の大切なファンの皆さんへ。こうして長い年月を経て、再び皆さんのもとに戻ってこられることは、まるでずっと静かに待っていてくれた夢の中に戻るような感覚です。最後にお会いしたのは90年代でしたが、消えることのなかったメロディのように、その記憶はずっと私の心の中に息づいていました。この再会には詩のような美しさがあります。過去と現在がひとつの瞬間に重なり合い、音楽が時を越えて私たちを再びつなぐのです。その絆をずっと紡いでくれて感謝しています。絶えず続く愛に、そしてこれから一緒に紡いでいく新しい思い出にアリガトウゴザイマス。
ディゲブル・プラネッツ
【グラミー賞】を受賞した「Rebirth Of Slick (Cool Like Dat)」で1993年にデビューした、Ishmael “Butterfly” Butler、Craig “Doodlebug” Irving、Mary Ann “Ladybug Mecca” Vieiraからなるトリオ。デビュー・アルバム『Reachin’ (A New Refutation of Time and Space)』では、都市生活のリアルなど、深い社会的テーマに切り込む内容が評価され、RIAAゴールド認定もされるなど商業的にも成功。続くセカンド・アルバム『Blowout Comb』では、ブラック・リベレーションをテーマに掲げたスピリチュアルかつ芸術的な作品を展開し、後のヒップホップ世代やアフロフューチャリズムにも多大な影響を与えた。2000年代以降はそれぞれソロ活動を展開しながらも、2015年にグループとして再始動。以降は世界各地でライブを重ね、2017年にはライブ・アルバム『Digable Planets Live』をリリース。生演奏によるダイナミックなパフォーマンスと、洗練されたステージングで再評価の声が高まり続けている。
公演情報
【DIGABLE PLANETS Japan Tour 2025】
2025年8月15日(金)
東京・ビルボードライブ東京
1st stage open 16:30 start 17:30 / 2nd stage open 19:30 start 20:30
詳細はこちら
2025年8月16日(土)
千葉・ZOZOマリンスタジアム&幕張メッセ
Billboard Live & JUJU’s BEACH PARTY @ SUMMER SONIC
詳細はこちら
2025年8月19日(火)
大阪・ビルボードライブ大阪
1st stage open 16:30 start 17:30 / 2nd stage open 19:30 start 20:30
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