
(元吉 烈:映像作家・フォトグラファー)
2020年、世界は激動の時期だった。ロックダウンで家に籠もった私たちはスマホでSNSをスワイプし続け、その小さな画面から世界のすべてが見えると勘違いした。その一方で、外出時にはマスク着用が義務づけられ、現実の人間の表情を半分も見ることはできなかった。
コロナ前、在米日本人の間では「マスクをしていると感染症を疑われるから、しない方がいい」という話が笑い話として広がっていたが、アメリカでは実際に感染症拡大によりマスクを着用する事態になった。
マスクをすることに強い抵抗感があったアメリカでは、マスク義務に対しての賛成・反対で世論が二分され、それが政治問題になった。
7月から全米公開になったアリ・アスター監督の最新作「エディントン」は、マスクをする、しないで大げんかになった2020年5月下旬を舞台にしている。
*以下、映画のネタバレがありますので、気になる方はご注意ください。
本作の舞台となるのは、アメリカ・ニューメキシコ州にあるエディントンという架空の町。冒頭、主人公であるエディントンの保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)がパトロールをしていると、隣町の保安官とすれ違う。
*保安官は警察の代わりに治安維持、逮捕、裁判所命令の執行などを担当する法執行官。
彼らはジョーに対して、勤務中にはマスクをするのが義務だと指摘するが、ジョーは「今いる地点はエディントンなのでそのルールはない」といちゃもんをつける。マスク義務は州単位で発令されているので、どこの町にいようが義務はあると隣町の保安官は反論するが、ジョーは従おうとはしない。

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冒頭の問答に続いて、ジョーが向かうのは浮浪者が室内に押し入ろうとしているバー。ここにいるのはジョーの天敵であり現職町長のテッド(ペドロ・パスカル)。
テッドはバーを締め切って、進行中のAI企業のデータセンター誘致計画でいくら儲かるかの密談をしているのだが、到着したジョーがバーは持ち帰り以外の営業が禁止されていると指摘すると、テッドは「町政が行われるところには人が集まってよいという法律があるのを知らないのか?」と反論し、さっさとドアを打ち破って中に入ろうとしている浮浪者を追い払うように促す。
テッドは穏やかな話し方に似合わず、なかなかにずる賢い町長のようだ。
翌日、ジョーがパトロールをしていると、マスク着用を拒否したことで、スーパーマーケットへの入店を認められない喘息持ちの高齢者がもめている現場を通りかかる。
ジョーも終始、喘息薬を吸引しているほどの喘息持ちで、弱者を切り捨てるような分断された状態にある市民たちの連帯を取り戻すため、(そして現町長のテッドに一泡吹かせるため)、「私たちは自分たちの心に自由を取り戻さなければいけない」と涙ながらに訴えながら、来る町長選への立候補をSNSで表明する。