2025年のコーチェラ・フェスティバルやグラストンベリー・フェスティバルなど世界最大級の音楽フェスに出演する時代の寵児でありながら、イギリス首相からは名指しで非難され、ロンドン警視庁の捜査対象となりテロ容疑で起訴されている稀代のヒップホップトリオ、ニーキャップ(KNEECAP)。2017年に北アイルランドのベルファストで産声を上げたばかりのトリオだが、彼らの数奇な軌跡が早くも映像化。それが日本で8月1日に公開される映画「KNEECAP/ニーキャップ」である。アイルランドで公開されると、アイルランド語映画における初週動員歴代1位の大ヒット。世界中の映画祭で高い評価を受けており、第97回アカデミー賞国際長編映画賞ではアイルランド代表作品としてショートリストにも選出された。

モ・カラ、モウグリ・バップ、DJプロヴィで構成されるニーキャップを演じるのは演技初挑戦の彼ら自身。アイルランド語法制化を求める抗議運動に揺れるベルファストを舞台に、ラップを用いてアイルランド語の復権を目指す駆け出しの自分たちの姿を好演する。メガホンを取ったのはジャーナリスト出身で、本作が長編劇映画デビュー作となるリッチ・ペピアット監督。英語話者のイギリス人監督だが、ライブを見て惚れ込んだニーキャップの結成秘話を映像化するため、自身もアイルランド語を学んだのだという。そんなペピアット監督に、アイルランド語の魅力、世界中のアーティストからの反応、パレスチナへの連帯を示し抑圧を受けるニーキャップの現状についてなど伺った。

「これまでのルールを破りながら楽しむ」

——ニーキャップのキャリアがまだそれほど長くないという点で、この映画は他の音楽伝記映画と大きく異なりますね。

リッチ・ペピアット(以下、ペピアット):まだキャリアの浅いグループの伝記映画をつくることは興味深いチャレンジでしたし、同時に多くの課題もありました。私がニーキャップと出会った当時、彼らはまだレコード会社と契約もしておらず、アルバムもリリースしていなかったんです。本当にどうなるか分からないようなプロジェクトでしたが、この映画が公開される直前のタイミングで彼らのデビューアルバム(※)「Fine Art」(2024)がリリースされヒットしたんですよね。それも本作の追い風になってくれました。本当にさまざまな幸運に恵まれたなと実感しています。

(※)2018年にリリースされた「3CAG」をデビューアルバムとする向きもあるが、「3CAG」はミックステープとしてリリースされており、所属するヘヴンリー・レコーディングスは「Fine Art」をデビューアルバムとして位置付けている。

——冒頭やRRAD(急進派リパブリカン麻薬撲滅団)との戦闘シーンなど、とりわけ前半は暴力的な描写を皮肉りながらも避けているように感じました。それは非暴力の音楽で抗うニーキャップの姿勢に擬えたものだったのでしょうか?

ペピアット:そういう意図はありませんでした。RRADと対決シーンに関して言えば、「対決シーン」の男らしさを皮肉るおかしな表現として早送りを選択したんです。ギャングなどの男たちがどこかの倉庫で対峙して戦うなんて、これまで映画で何度も観たことありますよね。なのでその使い古された定番をどうすれば違うアプローチで描けるかを考えました。その結果、「そこは全部早送りして楽しいシーンにしよう」となったんです。

——ニーキャップとこの映画に通じるのは、横柄な権力に抗いつつもユーモアを常に忘れないことにあると思います。シリアスと笑いのバランスはどのように意識したのでしょうか?

ペピアット:この映画がそのような性質を持つのは、やはりニーキャップの音楽が出発点にあり、道標となってくれたから。彼らの音楽自体が政治性と軽やかなユーモアを持ち合わせていますからね。伝記映画である以上は当然彼らの音楽を使いますし、そのスタイルは映画としても受け継ぎたいと考えていました。その上で意識したのは、脚本の1ページ目からとにかくテンポの良さを重視し、編集も軽快さが出るようにパンパンと切っていったこと。そして実写とアニメを自在に行き来するなど、これまでのルールを破りながら楽しむという彼らの自由な音楽性に倣った映画づくりをしていきました。

——確かにアニメパートをはじめ、本作は映像面も個性的で楽しい作品でした。とりわけ記憶に残っているのが橋上でレンジャーから逃げるリーアムを捉えたロングショット。その前に西部劇の話をしていたこともあり、西部劇的なワンシーンのようにも感じましたが、この映像はどのように思いついたのですか?

ペピアット:私は北アイルランドの首都であるベルファストに住んでいるんですが、私の家と彼らが住んでいた場所を繋いでいるのがあの橋なんです。なので脚本を一緒に書くために彼らの家に向かう際には毎回あの橋を渡る必要がありました。ある日、プロディジーを聴きながら橋を渡っていたら、「この橋には『アラビアのロレンス』のようなショットを再現するのにぴったりな曲線があるじゃないか」と突然閃いたんです。そうして浮かんだ映像に、そのとき聴いていたプロディジーの楽曲「Smack My Bitch Up」が頭の中で完璧に合致して、このシーンを撮りたいと思いました。

ただあの橋はベルファストのメインストリートということもあり、撮影にはとても苦労しましたよ。ただでさえ通行を遮断する許可を取るのが難しいうえ、橋のすぐ下にはオレンジ騎士団の旗を掲げる親英ロイヤリストの暮らす大きな住宅地があったんです。もし彼らにニーキャップの映画を撮影していると知られたら、怒りのままに妨害されることは目に見えていました。なので内密に進めてなんとか通行遮断の許可を取れたんですが、それも日曜の朝6時からのわずかな時間のみ。撮影当日もできる限り短時間で終わらせようと迅速にカメラを回したんです。そのテイクを確認すると、リーアムとレンジャーたちの後ろを一羽の鳥が横切っていました。それを見た瞬間「これだ!完璧なカットを手に入れた!」と思わず叫んだのを覚えています。

——あの鳥はあまりに出来すぎてCGかと思っていました。

ペピアット:本当に幸運でした。あの日は映画の神様が僕らのことを見守ってくれていたんでしょうね。

——ドラッグに溺れる若者たちの青春を描く「トレインスポッティング」へオマージュを捧げるシーンがありましたね。本作もドラッグ描写が満載ですが、その点についてさまざまな反応が寄せられたのでは?

ペピアット:本作におけるドラッグの描写に関してはいろいろな意見があるのは確かです。というのも、バンドのドラッグの使用に対して、劇中で何の顛末も描かれていませんから。映画ではドラッグを使用した結果、リハビリに行ったり何かしらの悪影響やことの顛末が描かれることが多いですが、今回は娯楽でドラッグを使用しても何の問題も生きている人々を描くという判断を下しました。実際ニーキャップは人生を台無しにすることなくドラッグと付き合うことができているので。若者とドラッグの関係をありのまま描きたかったのです。ただ本作は決してドラッグについての映画というわけではなく、ただ単に登場するキャラクターがたまたまドラッグ使用者だったというだけです。

アイルランド語を守る闘争

——ニーキャップが人々を動かすきっかけになる楽曲「Sick In The Head」は本作のオリジナル楽曲ですね。半自伝的作品の重要な役割をオリジナル楽曲に委ねた理由を教えてもらえますか?

ペピアット:撮影の時期はニーキャップがアルバムのレコーディングを進めていたタイミングでもあったんです。音楽制作にも勤しむ彼らと話していたのは「リアルタイムを映し出す伝記映画をつくるのであれば、作中に未発表の新曲を挿入することもアリなのでは」ということ。それで「Sick In The Head」を書き下ろしてもらいました。もともと映画のためだけにつくった曲だったんですが、彼ら自身がとても気に入ったということで、後に発表されるアルバムにも収録されることになったんです。また映画用の楽曲ということで、作品を包括するようなテーマやメッセージ性が込められている……ということはありません。あの曲の強みは抜群にキャッチーであることで、私も大好きなんです。それゆえに作中でも重要な役割を担ってもらいました。

——監督はもともとアイルランド語話者ではありませんが、アイルランド語を学び、アイルランド語にまつわる映画を俯瞰的に撮影した立場から、その言語の魅力について教えてください。

ペピアット:まず監督の立場として、俳優たちがスクリーンで話している言葉を理解し、話せるようになることは実務上重要でした。ただそれ以上に、どうしてこのバンドにとってそれほど言語が大事なのかを理解したかった。話者数の少ない言語を用いて表現者としての人生を歩むこと、それは楽な道どころか茨の道です。それでもその道を選んだ理由を、少しでも知ることができたならと思い彼らの言語を学んでいきました。そうして感じたのはアイルランド語がとても詩的な言語であること。というのもアイルランド語は田舎の農村部に起源を持つ土着語であり、文字ではなく音楽や詩、物語を通して代々口承されてきた言語なんです。そういった言語の背景を知り、私はニーキャップの音楽を、語り手たちによって何千年と行われてきた言語継承の歴史の一部と考えるようになりました。言語を次の世代に伝えていくという語り手の使命を、ニーキャップはラップという現代のスタイルで果たそうとしているのです。

——ニーキャップの姿を見て想起したのは、日本の沖縄という島で、現地の言葉(琉球諸語)を武器に植民地主義に抗うGACHIMAF(ガチマフ)というラッパーでした。パレスチナを支援しているという点も同様です。映画の最後には世界中で言語が消えつつあるという現実も突きつけますが、ニーキャップと同じように現地の言葉で抗おうとする世界中のラッパーやアーティストからも反応が寄せられたのでは?

ペピアット:この映画では衰退させられていくアイルランド語と、その言語にまつわる闘争に焦点を当てることを強く意識していました。ですがその過程で明らかとなったのは、あらゆる国で英語が「覇権言語」となりさまざまな少数言語を駆逐しているということ。つまりこれは世界規模で普遍的な物語だったのです。なので我々はこの映画で生まれる議論の幅をアイルランド語以外にも広げようと考えました。そのために映画の最後に打ち出したのが「40日にひとつ、先住民の言葉は消滅している」というメッセージ。世界中で多くの言語が失われつつあるという恐ろしい現実です。言語と自然環境は似ていて、一度破壊されると二度ともとに戻ることはできません。言語を話す人がいなくなると、その言語を復活させる方法はないのです。

この映画は世界中で成功してくれたので、いろんな国に行く機会に恵まれたのですが、そこであなたの言うようなラッパーやアーティストをはじめ大勢の人が声をかけてくれました。そこでよく言われたのが「自分たちの言語を守ることがいかに大変で、大切かを思い出させてくれたこの映画が大好きです。祖母が話していた言語を話せるようにきちんと学ぼうと思います」ということでした。私たちが今生きている世界は手軽に消費できるコンテンツに溢れていますが、そのなかで私たちのつくった映画が、人々の行動を変え、生活に影響を与え、言語や人間関係を見つめ直す契機となる作品になったことを心から誇らしく思います。

——6月末にグラストンベリー・フェスティバルに出演したニーキャップ及びボブ・ヴィランをキア・スターマー首相が名指しで非難し、警察も彼らを捜査しているということは日本でも報道されていました。この状況をどのように見ていますか?

ペピアット:私がニーキャップを知ったときから彼らは常に論議の的となっていましたし、ベルファストの地方議員からも絶えず圧力を受けていたんです。彼らが人気を博して勢いが増すと、さらに強大な権力者から目をつけられるようになりました。そして今ではイギリスの首相から名指しで批判されているなんて信じられません。5年前の彼らは無名のグループで、ベルファストの小さなパブでラップしているような存在だったんですから。

彼らも高級車やセックス、ドラッグについてラップする道を選んでいたら人生は遥かに楽だったでしょう。しかし彼らは音楽を使って自分たちが直面する重要な社会問題について語り、権力が覆い隠そうとする不都合な真実を暴くことを選びました。ただ彼らの言動が常に正しいというわけではなく、ときに少し行きすぎてしまうこともあります。その場合は私も良き友人として議論することもありますが、彼らは常に世の中を良くしたいという善意を持って行動していることは間違いありません。彼らは自分たちが信じる大義のために闘っているのです。

現在はとりわけパレスチナで行われる大量虐殺について、人々の意識を高めることが名の知られた自分たちの使命だと考えて彼らは動いています。それは50年前、北アイルランドで同じようなことが行われたという背景があってのこと。ニーキャップや彼らが属するコミュニティーの人々は、自分たちの歩んできた歴史からも、似た抑圧に苦しむパレスチナの人々に連帯を示すことが自分たちの責任であると考えているのです。

——音楽業界同様に映画業界においてもパレスチナへの連帯を示すことは忌避されている現場がありますが、本作にはベルファストの人々が掲げるパレスチナ国旗が映し出されていますね。そこに込めた思いをお聞かせください。

ペピアット:ニーキャップが属するベルファストのコミュニティーには、アイルランドの国旗と同じくらいパレスチナの国旗が普通に掲げられています。そこではパレスチナ国旗を掲げることが過激な振る舞いとは誰も思っていません。本作の中でパレスチナ国旗を映すということに政治的な意図があったわけでなく、撮影をしたベルファストの街がそういう街だったというだけ。だからといってアイルランド人がパレスチナの人たちと連帯していることを隠すつもりもありませんでした。

国と文化によって受け止め方が違うため、映画でパレスチナを扱うことに対し問題視する人たちが出てくるのはやむを得ないとは感じています。例えば、アメリカは文化的背景が違うためにパレスチナに対する見方もアイルランドとは異なります。それゆえに議論することさえ難しいですし、映画とは関係ない政治的な話題をどれだけ映画の内容についての話に持ち込むべきかという話もありますよね。あくまでこの映画はイスラエル/パレスチナ問題についてではなく、アイルランド語についての映画なので。でもこのバンドは自分達の知名度を使って、パレスチナで現在起きている大量虐殺について発信することに全力を注いでいる。私もそれを支持したいと思っていますし、アーティストの表現の自由を否定するようなことはしたくないと考えています。

映画「KNEECAP/ニーキャップ」

◾️映画「KNEECAP/ニーキャップ」
8月1日から新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
出演:ニーキャップ(モウグリ・バップ 、モ・カラ、DJプロヴィ)、マイケル・ファスべンダー、シモーヌ・カービー 、ジョシー・ウォーカー
監督・脚本:リッチ・ペピアット
製作:トレバー・バーニー、ジャック・ターリング
撮影:ライアン・カーナハン
音楽:マイケル・“マイキー・J”・アサン
後援:アイルランド大使館
配給:アンプラグド
https://unpfilm.com/kneecap/
2024年/105分/イギリス・アイルランド/原題:KNEECAP/カラー/5.1ch/2.35:1/R18+
© Kneecap Films Limited, Screen Market Research Limited t/a Wildcard and The British Film Institute 2024

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