長崎の被爆を題材に、独特の視点を貫く「新しい原爆映画」が生まれた。被爆者の救護に奔走しながら、生と死を見つめて成長する看護学生を描いた『長崎―閃光(せんこう)の影で―』。歴史的な惨事をリアルに伝えながら、映画表現として追求したものは何か、松本准平監督に聞いた。
「核兵器の使用は長崎を最後に」。これは人類共通の決意でなくてはならないはずだ。しかし被爆から80年を迎えようとする今、世界各地で紛争が勃発し、核兵器は削減が停滞するどころか使用の脅威さえ高まっている状況にある。そんな中、『長崎―閃光の影で―』の制作は、切迫した危機感をもって進められた。松本監督はこう振り返る。
「戦後80年に向けて、という意識は特になかったです。企画が動き出したのは2019年末。すぐコロナ禍に入ってしまい、撮影の時期がなかなか定まりませんでした。そのうち22年2月にロシアのウクライナ侵攻が始まって、核兵器の使用について言及があり、これはもう絶対に早く撮らなければいけないと。アクセルをもう1段上げて、23年10月に撮影にこぎ着けました」
映画『長崎―閃光の影で―』の松本准平監督(撮影:ニッポンドットコム)
プロデューサーは原爆が投下される前日の長崎を舞台にした『TOMORROW 明日』(88/黒木和雄監督)の鍋島壽夫氏。今回は被爆直後の長崎を描きたいという思いがあった。鍋島氏が知人に持ちかけられた企画は、被爆者の救護に当たった看護師たちの手記(『閃光の影で―原爆被爆者救護 赤十字看護婦の手記―』、1980年)を基にした物語。それをどう脚色するかは、プロデューサーから指名を受けた松本監督に自由な裁量が委ねられた。
「僕が長崎の被爆3世だということで声を掛けていただいた。方向性は監督におまかせと言われました。プレッシャーはもちろんありますが、作り手としては自由を与えてもらえるのはありがたい。責任をもって仕事を果たしたいという思いでしたね」
『TOMORROW 明日』に出演した南果歩も登場 ©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
被爆の瞬間をどう描くか
主人公は17歳のスミ(菊池日菜子)。大阪の赤十字看護学校に通っていたが、空襲による休校で長崎に帰省していたことで被爆してしまう。学友のアツ子(小野花梨)やミサヲ(川床明日香)と共に負傷者の救護に駆り出され、約1カ月にわたって過酷な任務に携わる。
「1人の視点では原爆の実相は語りきれない。被爆の瞬間を描く上でも、3人は必要でした。爆心地の外、やや近いところ、少し外れたところ、この3地点を押さえておかないと、描くのが難しいのではないかと考えました」
スミ(菊池日菜子)は長崎市街から離れた祖母の家に向かうバスの中で被爆する ©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
何より監督の頭を悩ませたのは「8月9日午前11時2分」をどう描くかだった。爆心地周辺を襲った爆風と熱線のすさまじさが映像によって再現不可能なのは言うまでもない。
「そこはやはり“逃げる”しかないんですよね。今回は主人公が爆心地から離れた場所でバスに乗っていた設定にして、被爆の瞬間はそこで描く。物語の中心はその直後から動き出す。それならやれるのではないかと。そういう“計算”は必要でした」
ミサヲ(川床明日香)は父(萩原聖人)と教会のミサに参列した帰りに被爆した ©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
リアリティーとフィクションの間
原爆の恐ろしさを伝えることが重要なテーマであるのは間違いないが、そこに集中し過ぎては映画として成り立たない。
「被爆の瞬間から爆心地付近をリアリズムで描けるのであればそうしたい。でも予算には限りがあります。いろいろと制限がある中で、最大限の効果を上げるには、映すところと映さないところを精査しなくてはならない。それを一連の流れで見せるとすると、当然フィクションの力が必要になってきます」
アツ子(小野花梨)は被爆の瞬間、赤十字長崎支部での実習を志願し、婦長(水崎綾女)の指導を受けていた ©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
手記に書かれた看護師たちの体験は、3人の看護学生に投影する形でさまざまな場面に織り込まれた。別々の場所で被爆した3人は、翌日に救護所で再会し、救護班の一員としてあふれかえる負傷者の応急処置に追われることになる。観客は彼女らと共に、被爆者の苦悶を目撃し、凄惨(せいさん)な最期を見届けていく。
撮影現場では「指示を出さない」
「3人から離れて別の視点を持ってくることは、映画の作劇として力が弱まると判断したので、 カメラは常に3人に寄り添う形にしました」
出演者には、撮影前の約1カ月間をかけたワークショップで、原爆と自分の役に向き合ってもらった。本番では演技に細かい指示を出すことはなかったという。撮影は「長回し」を多用し、基本的にシーンをほぼ「一発」で撮る手法を貫いた。
「現場に入ったら、役者にはまず台本を持って、感情を出さずに棒読みしてもらう。それを何回かやって動きが決まったら、テストせずにいきなり本番に入る。それを長回しで撮る。ほぼ1回でOKを出して、そのシーンの撮影は終わり。これをずっとやりたかったんです」
瀕死(ひんし)の被爆者から水がほしいと懇願されるが…… ©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
この作品の特徴を成す画面の美しさも、いわゆる「原爆映画」のイメージとは一線を画している。
「それは撮影監督の灰原隆裕さんと、照明の川井稔さんの力によるところが大きいと思います。カメラをどうするかは事前に何度も話をした上で、灰原さんにおまかせした。僕は現場でモニターをのぞかないんです。役者の演技を見るだけなので。“段取り”(本番前の動きの確認)が終わったら、どこからどう撮るかを灰原さんに聞いて、OK、それでやろうと」
題材が重く、暗いからといって、画面のトーンをそれに合わせるような「小手先」の技は使いたくないという強い意志がある。
「自然な形で映ればいいなと思っていました。演出上で過度なことをやりたくないというのが僕の基本的な姿勢だと思います。演技に関してもそうです。ここでちょっと“ため”を作ってくれとか、そこはもう少し抑揚をつけてとか、そういうのはいらないと思っています」
ショックな出来事に呆然(ぼうぜん)とするスミ(左)をミサヲが慰める ©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
原爆を描く新しい視点
物語は、被爆の惨状だけでなく、極限状態にある人間の姿を生々しく伝えてくる。単純な「ナイチンゲール神話」にしなかったところに、重層的な人間ドラマを多く手掛けてきた松本監督の作家性が垣間見える。
「僕はドストエフスキーが大好きなんです。ある人物がモノローグでワーッと語って、それに対して別の人物が自分のモノローグを語る。それがポリフォニーになってものすごい時空を生む」
ドストエフスキーの影響が如実に表れた例として監督が挙げたのは、物語が後半に差し掛かる被爆17日目の場面だ。
3人が他の救護所を回って負傷者を搬送するためリヤカーを引いて歩く。軍国教育の影響を受け、強い信念を抱いて看護師を志したアツ子だったが、救護活動に対する徒労感と米国への憎悪をまくし立てる。これに敬虔(けいけん)なカトリック教徒のミサヲが「ゆるし」の大切さを説いて反論する。素直で心優しいスミは2人の言い争いにおろおろするだけだったが、一度は恋人と逃げようとした優柔不断さをアツ子になじられてしまう。
「僕がやりたかったのは、登場人物が抱えているものを露出させることでした。映画として、ストーリーを追って展開していくこと、あるシーンが物語を引っ張っていくことはもちろん重要ですが、人物が自分の心をさらけ出す瞬間を大事にしたい。その中で見えてくるものは倫理的な何かじゃないと思うんですよね。特にこういう状況では、誰もがそれぞれの思いを抱えているはずなので」
極限の状況で被爆者の処置に追われる医療従事者たちの揺れ動く感情が描かれる ©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
劇中で被爆者たちから聞こえてくるのは、非人道的な殺りく兵器を用いた米国への憎悪だけではない。その状況を招いた日本国家に対する恨みもある。また、原爆の犠牲者が日本人に限らず、朝鮮人差別があったことも当時の証言に忠実に描き出されている。
こうして松本監督の作劇術は、倫理を超えた特異な地平をひらいて見せる。出来事を淡々と見せていくからこそ、スクリーンを通して観客それぞれが自分なりの思いをめぐらすことになる。それゆえ、いくら監督自身に戦争反対を訴えたい思いがあっても、安易にメッセージを打ち出すのは慎むのだ。
「実は脚本段階では、戦争への嫌悪を表すセリフがもう少しあったんです。でも編集の段階で、それを切ったり、言い換えたりしました。僕自身の考えが如実に入り込んだ言葉は、邪魔になるんじゃないかなと。それよりも役の人物だったら、どんな言葉を口にするかを考えた。被爆者たちを描いているわけですから、戦争や原爆に反対なのは自然と色濃く出る。セリフに託すのはなるべく少なくして、それ以外のものに語らせようと思いました」
本作の制作時期と重なるようにして、盲ろうの大学教授・福島智氏とその母の半生を描いた『桜色の風が咲く』(22)、歌舞伎町を舞台にゲイと女子大生とホストの三角関係を描いた『車軸』(23)と、タイプのまったく異なる作品に取り組んできた。
「僕は決して真面目一辺倒の人間ではありませんから、“いい話”ばかり撮るのは自分らしくないと思っていて。自分の“作家性”とは何か、意識した時期もありましたが、今は特に考えず、引き受けた仕事に真摯に取り組むだけです。ただ、作品の中に自分とのつながりを見いだしたいとは常に思っています。今回も、長崎出身で、祖父が被爆者だった自分に何ができるかを考えました。原爆投下で何が起こったか、もっと深く知る必要があります。それがこれからの世界について、平和について考えることにつながると思います」
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
出演:
菊池 日菜子
小野 花梨 川床 明日香
水崎 綾女 渡辺 大 田中 偉登
呉城 久美 坂ノ上 茜 田畑 志真 松尾 百華 KAKAZU
加藤 雅也 有森 也実 萩原 聖人 利重 剛 / 池田 秀一 山下 フジヱ
南 果歩 美輪 明宏(語り)
原案:「閃光の影で―原爆被爆者救護 赤十字看護婦の手記―」(日本赤十字社長崎県支部)
監督:松本 准平
脚本:松本 准平 保木本 佳子
主題歌:「クスノキ ―閃光の影で―」(アミューズ/Polydor Records)
作詞・作曲:福山 雅治 編曲:福山 雅治/井上 鑑 歌唱:スミ(菊池 日菜子)/アツ子(小野 花梨)/ミサヲ(川床 明日香)
配給:アークエンタテインメント
製作年:2025年
製作国:日本
上映時間:109分
公式サイト:nagasaki-senkou-movie.jp/
8月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか 全国公開
予告編
バナー写真:映画『長崎―閃光の影で―』被爆者の救護に献身した看護学生を演じた菊池日菜子(右)、小野花梨(左)、川床明日香 ©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会