フランスの国立音楽センターが21年に行なった調査によれば、すべての楽曲ストリーミング再生のうち約1~3%が不正なものだった。一方、Beatdappの推定ではその割合は約10%に上る。ヘイドックによれば、自社の顧客のなかには常時17~25%の再生が不正だと判定されるところもあり、50%に達する場合さえあるという。

ヘイドックの考えでは、楽曲生成AIはこうした不正行為に「ターボをかけており」、スミスが用いたとされる手口は特に最先端というわけではない。「もっと巧妙な知能犯なら、身柄引き渡し条約のない国のビーチでぬくぬくと計画を実行するでしょう」とヘイドックは言う。

スミスに最も多くのロイヤリティを支払ってしまったストリーミングサービスがどこなのかは明らかになっていない。各社とも、自社の不正検知体制が機能しなかったと認めたくはないからだろう。

業界最大手の Spotify は、自社の不正対策システムによってスミスの不正行為は検出されたと主張している。「当社の予防措置が機能し、スミスが Spotify から得たロイヤリティは総額1,000万ドル(約15億円)になるところが約60,000ドル(約900万円)にとどまりました」と、同社の広報担当ローラ・ベイティは述べる。

Apple、YouTube Music、Tidal は取材に応じず、Amazonもスミスに関する質問への回答を拒んだ。配信代行業者およびストリーミングプラットフォームは、AIによる不正をAIによる高度な検出システムで迎え撃つAI合戦を繰り拡げつつある。

しかし一部の業界専門家は、本質的な問題はストリーミングサービスのロイヤリティ支払い構造そのものにあり、それを抜本的に見直さなければ不正は防げないと指摘する。

最大で60年の懲役刑

音楽業界の一部では、スミスは必ずしも悪者とはみなされていない。ストリーミングサービス、そして言うまでもなくレコード会社が自分たちから利益を搾取していると非難するアーティストは多く、スミスの元顧客であるゴールディ・ロックスによると、スミスのことを現代のロビン・フッドのように見る人もいるという。

また、彼をそんな搾取的なシステムを逆手に取った男、つまり詐欺まみれの環境があるからこそ自然に生まれた存在だとする声もある。結局のところ、ペイオラ[編註:ラジオ局やDJが金を受け取って特定の楽曲を放送すること]の慣習を始めたのはラジオ業界であるし、Spotifyも大量生産された個性のない楽曲を人気プレイリストにねじ込んでいる。

この業界では、自然発生的な人気と金で買われた観客との境界線は昔から曖昧だった。19世紀のフランスでも、オペラ座を満席にして拍手を送る「クラッカー」が雇われていた。

現在、スミスは保釈中だ。スミスの弁護士ノエル・ティンは声明でこう述べている。「マイク・スミスは成功した作曲家であり、音楽アーティストであり、献身的な夫であり6人の子をもつ父親です。今後、法廷で起訴内容に対し適切な主張を行なうつもりです」。

裁判はニューヨーク南部地区連邦地方裁判所で行なわれる予定で、審理を担当するジョン・コルトル判事は、Internet Archiveが敗訴した判決や、暗号資産取引所Binanceに対する現在進行中の訴訟など、重要なテック関連裁判を手がけてきた人物だ。

有罪となれば、スミスには最大で60年の懲役刑が科される可能性がある。いかなる判決が下るにせよ、スミスはすでに音楽業界の伝説に仲間入りを果たしたと言える。政府はスミスを、AI時代が詐欺師たちに与えた恩恵を象徴する存在として描いている。いまや誰でもボタンを数回クリックするだけで曲を生み出せてしまう。だが、聴衆のいない空虚な楽曲で財を築くことはできるだろうか? それができたスミスのしたことは、ある角度から見れば犯罪かもしれないが、別の角度から見れば新たなアートと言えるだろう。

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